特集 日中関係の現場で本当は何が起きているのか
尖閣諸島、南西諸島列島線、西太平洋——日中の最前線と将来への道

香田 洋二【Profile】

[2014.05.12] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية | Русский |

尖閣諸島をめぐる日中対立が続くが、安全保障上の懸念は南西諸島全域にも潜む。この日中最前線の現状と関係改善への方策を海上自衛隊元幹部の香田洋二氏が論じる。

近年、中国の急速な海軍力増強および強硬な海洋進出が、アジア太平洋地域の安定に対する深刻な懸念となっている。国連海洋法条約などの国際規範を逸脱した中国の主張が原点となっている南シナ海における諸問題とともに、尖閣諸島をめぐって東シナ海において先鋭化した日中間の摩擦は、地域の深刻な問題となっている。

中国の「力による現状変更」戦略

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中国はこのような「力による現状変更」の試みを支える戦略として、中国近海や西太平洋から米軍を遠ざけようとする「接近阻止・領域使用拒否」(A2/AD=anti-access and area denial)を打ち出している。(※1) 一方、米国も外交・国防戦略の「リバランス(再均衡)」に代表されるアジア太平洋重視政策によってこれに対応している。このような情勢下、日中関係は両国の立場の相違および両国民意識の先鋭化などの「負の要因」により、冷え切った関係を改善する決め手を見いだせずにいる。

尖閣諸島海域での中国の挑発的な活動に加え、近年急増している中国人民解放軍海・空軍部隊によるわが国の南西諸島を越えた西太平洋への進出と演習実施もまた、地域安全保障上の重大な関心事となっている。このような情況下で、両国の不十分な相互理解や誤解に起因する海上自衛隊と中国海軍間の予期しない交戦が起こる危険性が懸念されている。だが日中間の不測事態防止策の確立が焦眉の急となっているものの進捗(しんちょく)は見られない。本論ではこの情勢認識の下、著者の海上自衛隊での現役時の経験と退役後の日中間交流から得た知見をもとに、安全保障面での両国関係の現状と改善の方向性を述べる。

尖閣諸島海域における中国の挑発行動

日中関係は、2012年9月にわが国政府が尖閣3島を購入して国有化した時をピークに、中国側のナショナリズムが爆発し、全国的かつ大規模な反日運動によって最悪となった。尖閣諸島海域においては、2008年から中国公船の徘徊(はいかい)が始まり、2010年秋の中国漁船の海上保安庁巡視船への衝突事件を契機に中国公船の常時展開が開始された。同年12月には中国航空機による初の尖閣諸島領空への侵入も確認され、事態は急速に悪化した。2013年7月に中国の海事関係4組織(海監、旧・海警、漁政、海関)が中国海警局として統合され、国家意思を明確に反映した活動実施体制を確立した。(※2) 2014年4月には中国公船による尖閣諸島海域のわが国領海侵入が同諸島国有化以来50回に達した。

このような中国側の挑発行動に対し、海上保安庁は警備活動として数隻の巡視船艇を常時展開している。この面での海保の活躍は明白であるが、法執行機関である海保の取り締まり対象が民間に限られることが問題点としてある。外国公船の違法行為に対する武力行使は認められず、「警告と退去要求」のみという限界である。さらに、海保の任務は海上保安庁法によって「海上の安全及び治安の確保」とされており、領海などの保全任務はない。今日の尖閣諸島海域の現状は、海上の安全と治安の確保という任務を遂行する巡視船艇の警戒活動が、わが領海に侵入を試みる中国公船を抑止し、侵入後の領海内長期間滞留を阻止しているというものであり、これによりわが国の実効支配が辛うじて維持されているのである。

尖閣をめぐる日中対立は“小康状態”

同諸島をめぐる両国の対立は1960年代後期に突然顕在化した後、徐々に緊迫し2008年以降急速に悪化した。ただし、日本政府の尖閣国有化時に頂点に達した厳しい対立も、2013年中盤からは、両国巡視船の「にらみ合い」はおおむね同一水準でとどまっている。これは両国政府が尖閣情勢の悪化を防止することにより、関係改善の前提となる静かな日中関係を追求し始めたと兆しとも推察できる。両国が国内世論を、特に中国側がナショナリズムや反日感情の険悪化を抑える努力を行っている。

その裏付けとして、海自および中国海軍ともに現場の巡視船に加勢することなく、洋上監視などへの支援活動および不測事態に備えた遠隔待機にとどまっている。この抑制された措置は、中国側も日中関係の現状を憂慮し、特効薬はないとしても徐々にかつ可能な範囲で関係改善を模索する前提として、尖閣情勢のこれ以上の悪化は望まないという常識的かつ実利的な発想の表れといえる。これは望ましい兆候ではあるが、わが国として不断の警戒と不測事態への備えを緩めてはならず、硬軟両面で事態に備える必要がある。

緊迫化する南西諸島列島線と西太平洋

小康状態継続の兆しが見え始めた尖閣とは異なり、南西諸島の全海域を見ると緊迫の度は高まっている。多くのマスコミは中国海・空軍部隊の東シナ海から西太平洋への展開を尖閣問題と絡めて報道するため、これがあたかも尖閣問題をめぐる挑発や示威行動であると誤解する向きがある。もちろん、本展開は広義の示威行動ではあるが、中国の真の目的は示威ではなく自衛隊と米軍を強く意識したA2/AD戦略と連動した純軍事的なものである。2013年10月には、中国海軍の三大艦隊(北海艦隊、東海艦隊、南海艦隊)の全てが参加して、極めて高度な訓練内容を伴った「機動5号演習」を南西諸島南方海域で行っている。2008年以後の中国海軍部隊の南西諸島通過回数は下表のとおりである。

2008年以後の中国海軍部隊の南西諸島通過回数

2008 2009 2010 2011 2012 2013
回数 2 2 4 5 11 7

出所:2008~2012年は『平成25年度 防衛白書』(2013年)、2013年は著者の集計による。

南西諸島海域における訓練は、中国軍にとって、(1)西太平洋進出時に直面する日米の妨害を排除した列島線通過要領の習得、(2)低い水準にある対空戦と対潜水艦戦の技量の向上、(3)A2/ADに関わる各種海上戦戦術の確立、(4)三大艦隊の集中運用要領の策定、および(5)陸・空軍、戦略ミサイル部隊である第2砲兵部隊との統合要領の研究などを目的としていることは明白であり、本格的な戦闘を前提としたものと推察される。これらの演習が公海において実施され、国際規範に基づく限り問題ないが、実際には、危険海域を公示せず、国際海上衝突予防規則を無視するなど、中国軍独自の基準を他国に強制しており、この点に危険要因がある。

こうした中国軍の動向への対応として、日本が情報収集などのため部隊を派遣して演習を監視している。この行為は独立国として国際規範上認められたものであるが、この場合、両国部隊が互いの近傍で行動することとなる。巡視船同士が対峙(たいじ)する尖閣事案と本事案が決定的に異なることは、後者は海自と中国海軍の部隊が至近距離で、極めて限定された意思疎通のみで活動をすることであり、時として両者の活動が安全確保・不慮事案防止上の限界に近づく恐れがある。現に中国艦による日本の護衛艦へのレーダー照射(攻撃のために照準を合わせることにつながる行為である)や米海軍巡洋艦の進路妨害など、極めて危険な事態が起こっている。問題は南西諸島海域の情勢が尖閣よりはるかに危険な状態にあるにもかかわらず、不慮事態防止・危機管理体制が存在しないという、驚くほど危険な状態が続いていることである。

海上事故防止協定による危機管理体制の構築を

尖閣諸島、そして南西諸島・西太平洋という日中の最前線をめぐる問題は、両国にとって国家主権と安全保障の基本に関わるものであり短期間での解決は困難である。解決策の重要要素である相互信頼に関しては、自衛隊と中国軍の公式交流が閉ざされ、数種の自衛隊OBが関係する非公式な交流が存在するのみである。筆者自身がこれに参加した体験から言うと、OB交流が公式関係断絶を補ってはいるが、やはり大きな回り道である。筆者はこの交流を通じて、尖閣で強硬姿勢を維持している中国側も、このままでは袋小路に入り込み、国益を損なうとともに不測の事態を招きかねないとの観点から、打開策を追求し始めたという感触も得た。現実の施策としては両国間での公式的な信頼性醸成措置と危機管理体制の構築が急務である。

この際、冷戦時代の米ソ海上事故防止協定(1972年)を嚆矢(こうし)として各国間で定着した信頼性醸成措置は、現在の日中関係に対して大きな示唆を与える。日本とロシアの間では、日露海上事故防止協定の締結(1993年)を契機として、関係改善が進捗し危機管理体制の構築につながった。(※3) これは日中間でも同様であろうが、その実現には今日の日中首脳が当時の米ソ首脳と同一の強い決意を示ことが必要であり、その際の両国の信頼醸成構築努力を「今日までの恩讐(おんしゅう)」から切り離すことが成功の鍵となる。尖閣問題を他の案件と切り離す両国リーダーと国民の勇気と度量こそが、日中関係のサクセスストーリーに必要なのである。

タイトル写真=尖閣諸島付近の日本の領海で中国海監(当時)の公船(左)を追尾する海上保安庁の巡視船「よなくに」(2013年2月4日、写真提供=海上保安庁)

(※1)^(編集部注)中国の「接近阻止・領域使用拒否」(A2/AD)戦略と日米の対応についてのnippon.com関連記事: 道下徳成 「中国の動向と日本の海洋戦略」[2012年2月2日]、高橋杉雄 「日本の防衛政策と日米同盟の今後」[2012年2月3日]

(※2)^(編集部注)海監=国土資源部国家海洋局海監総隊、旧・海警=公安部辺防管理局海警総隊、漁政=農業部漁業局漁政総隊、海関=海関総署密輸取締警察。これら4組織が統合して発足した中国海警局は国土資源部国家海洋局内に設置され、公安部の指導も受けている。(中国海警局発足についてのnippon.com関連記事: 白石隆 「東京都議選、米中首脳会談、ロックアーンG8サミット」[2013年6月28日]、「参院選での与党大勝、ASEAN・中国「南シナ海行動規範」協議合意」[2013年7月31日])

(※3)^(編集部注)海上事故防止協定による危機管理についてのnippon.com関連記事: 鶴田順 「東アジアの海洋権益をめぐる紛争・対立と海上法執行機関」[2012年11月15日]

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  • [2014.05.12]

元・海上自衛隊自衛艦隊司令官(海将)。ジャパンマリンユナイテッド顧問。1949年徳島県生まれ。1972年防衛大学校卒業、海上自衛隊入隊。1992年米海軍大学指揮課程修了。統合幕僚会議事務局長、佐世保地方総監、自衛艦隊司令官などを歴任し、2008年退官。2009年から2011年までハーバード大学アジアセンター上席研究員。

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