特集 一票の格差と参議院問題
平成政治における参議院の役割
「拒否」、「従順」の間を揺れ動く

大山 礼子【Profile】

[2015.06.04] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | Русский |

「衆議院のカーボンコピー」と言われた参議院は1990年以降、政党政治の変化で“強すぎる参議院”に変質した。野党が参院で過半数を占める「ねじれ」国会について、さまざまな弊害が指摘されている。

「強すぎる」? 平成の参議院

かつての国会では、参議院が法律案などの議案について衆議院と異なる結論を下す場面はほとんど見られなかったため、参議院は衆議院の「カーボンコピー」と揶揄され、取るに足りない存在とされてきた。しかし、1989年、すなわち日本の元号でいう平成が始まると、そうした状況は過去のものとなった。参議院が衆議院の議決に異議を唱えるケースが増加し、強すぎる参議院が政策決定を妨げているとの批判さえ聞かれるようになったのである。

二院制議会では両院間の不一致をどのように克服するかが課題となるが、議院内閣制下の議会において両院の対立が顕在化するのは、野党勢力が第二院(上院)の多数を占めた場合である。いいかえれば、議院内閣制下における両院対立の本質は、第一院(下院)の多数党を基盤とする内閣の政策決定を第二院の多数を制した野党が妨げることにあるといってよい。したがって、第二院の役割は、両院における党派構成、あるいは各党の政治的方針や凝集性の程度などによって、変化せざるをえない。平成政治における参議院の役割も、その時々の日本の政党政治のあり方を反映して変化してきた。

第一党の参院過半数確保なくなる

1989年までの国会では、短期間の例外を除いて、自民党が両院で過半数を占める状態が続いていた。もちろん、同じ政党に属しているからといって、第二院の与党会派の意見が第一院のそれとつねに一致するとは限らない。実際に、諸外国の議会では、同一政党が両院の過半数を占めていても、両院の意思が一致せず、調整を要することはよくある。しかし、日本の場合、参議院自民党が必ずしも内閣の方針に従順であったわけではないが、意見調整は法案の国会提出前に党内手続(「事前審査」)によって処理されていたため、国会審議の場に持ち出されることはなかった。その結果、表面上、参議院の議決は、コピーのように衆議院とまったく同一のものとなっていた。

しかし、1989年8月、参議院選挙で社会党が躍進し、自民党が参議院の過半数を失ったことによって、野党が参議院の多数派となる逆転現象(いわゆる「ねじれ」国会)が生じた。それ以来、2009年から2012年までの民主党政権期も含めて、現在にいたるまで与党第一党が単独で参議院議席の過半数を確保できたことは一度もない。

ただし、1989年から1993年まで継続した最初のねじれ国会においては、両院間のねじれがただちに政策決定の停滞を招いたわけではなかった。それどころか、この期間中、内閣提出法案の成立率は逆に向上している。

与党が参議院で少数派に転落してしまった以上、内閣提出法案を成立させるには、与野党間の協議を通じて野党の同意を得る必要が生じるが、当時の内閣は柔軟に修正に対処する姿勢を見せ、野党側も修正協議に応じた。野党第一党であった日本社会党はすでに政権獲得をめざす政党ではなくなっており、対決姿勢を有権者にアピールするよりも、自党の要求を法案に盛り込むことを優先していた。そのため、自民党が両院の多数を占めていた時代よりも、かえって与野党の合意によって成立する法案が増加したのである。

平成期日本政治と参議院

  首相 政権 参院選 状態
1989 宇野宗佑 自民 自民敗北、社会躍進 ねじれ
  海部俊樹 自民   ねじれ
1991 宮沢喜一 自民   ねじれ
1992   自民 自民が比較第一党維持 ねじれ
1993 細川護熙 非自民・非共産連立   ねじれ解消
1994 羽田孜 非自民・非共産連立    
  村山富市 自社さ連立    
1995     新進党が躍進  
1996 橋本龍太郎 自社さ連立    
    自民    
1998     自民敗北、橋本退陣  
  小渕恵三     ねじれ
1999   自自連立   ねじれ解消
    自自公連立    
2000 森喜朗 自公保連立    
2001 小泉純一郎 自公保連立 自民復調  
    自公連立    
2004     民主躍進  
2006 安倍晋三 自公連立    
2007     自民大敗、民主第1党に ねじれ
  福田康夫 自公連立   ねじれ
2008 麻生太郎 自公連立   ねじれ
2009 鳩山由紀夫 民主・社民・国民連立   ねじれ解消
    民主・国民連立    
2010 菅直人 民主・国民連立 民主敗北  
        ねじれ
2011 野田佳彦 民主・国民連立   ねじれ
2012 安倍晋三 自公連立   ねじれ
2013     自公大勝 ねじれ解消

太字は参院選実施年(ニッポンドットコム編集部作成)

参院対策で連立政権選択へ

「強すぎる参議院」の問題がクローズアップされるようになったのは、ねじれ国会が再現された1998年からだ。

1994年に衆議院に導入された小選挙区比例代表並立制の影響もあって、90年代後半には野党勢力を結集して政権獲得をめざす動きが本格化した。1998年4月に現在の民主党が誕生すると、野党はこれまでの方針を転換し、政府から譲歩を引き出すことよりも、政府と対決して政権交代をめざす戦略を重視するようになった。

同年の第143回国会(「金融国会」)では金融再生関連法案をめぐって与野党が鋭く対立し、自民党が民主党などの野党案をほぼ全面的に受け入れることによって、ようやく決着した。内閣は内閣提出法案の成立を断念し、かわりに野党案を基礎とした法案を成立させたので、野党案の「丸のみ」と評された。また、法案成立直後には、参議院で閣僚に対する問責決議が可決され、問責された閣僚は辞任に追い込まれた。

結局、内閣は参議院の攻勢に抗しきれず、他党との連立によって参議院の多数を確保する道を選択した。その後、衆議院では単独で過半数の議席を制している与党が、参議院対策のために連立を組むという手法が定着していく。

しかし、2007年8月の参議院通常選挙では、自民党・公明党の連立与党がともに議席を減らしてまたもや過半数を割り込み、両院の対立はいよいよ抜き差しならないものとなった。

「審議引き延ばし」で対決、内閣に痛手

242議席中106議席を獲得して参議院の第一党となった民主党は政府に対する対決姿勢を強めたが、その戦術は内閣提出法案を正面から否決あるいは修正し、両院協議会で協議を尽くすというものではなく、徹底した引き延ばしであった。当時の連立与党は衆議院で3分の2を超える議席を保有しており、憲法第59条の規定にもとづき衆議院で再議決することにより法案の成立を図ることができた。

それでも、参議院が審議を引き延ばし、議決しない場合には、法案の参議院送付後60日間、衆議院は再議決できないことになっているため、野党の引き延ばし戦術は内閣にとって痛手となったのである。しかも、日本銀行総裁の任命承認案件など、法案以外の議案に関しては再議決の手続は適用されず、参議院の反対を乗り越える方法はなかった。

2009年8月の総選挙で民主党が地滑り的な大勝利をおさめ、政権交代が実現すると、ねじれは解消された。しかし、民主党が政権の座についてわずか11カ月後の2010年7月、参議院通常選挙で民主党が大敗北を喫し、国会は攻守所を変えたねじれに直面することになった。野党となった自民党はかつての民主党同様、ことごとく内閣と対立し、政治の混迷が深まった。

ねじれの「悪夢」、今後もありうる

2012年の総選挙で自民党が政権に復帰してからは、連立与党が両院の過半数を確保し、政策決定が滞ることはなくなった。最近では、国会での議論が低調なまま、重要法案が次々に可決・成立し、むしろ速すぎる政策決定の弊害が懸念されるほどである。

しかし、自民党は衆議院で6割を超える議席を擁しているものの、参議院ではあいかわらず単独では過半数に届かない状態が続いている。自民党が公明党との連立を維持している最大の理由はそこにあるといってよい。

1990年代以降のいわゆる政治改革、すなわち衆議院の選挙制度改革や政治資金規正法改正、さらには中央省庁組織再編などによって、最大与党の党首でもある首相の権限は大幅に強化された。改革によって自民党内の凝集性が高まったことが、安倍首相の政権運営を容易にし、重要な政策変更を可能にしたといえる。

しかし、この間、国会の法案審議手続や両院関係については、ほとんど改革がなされてこなかった。依然として、参議院は政権にとっての鬼門なのである。

各種世論調査からも明らかなように、日本の有権者の政党支持はかつてのような盤石なものではなくなっている。とりわけ、与党に有利な選挙時期を選択できない参議院の選挙では、アメリカの中間選挙などと同様に、政権批判票が野党に流れる可能性が高い。与党が参議院の少数派に転落すれば、政権にとっての悪夢の再来となることは間違いない。

本来の役割果たすための制度改革を

平成政治における参議院は、政党政治の変化に応じて、強力な拒否権プレーヤーと従順なカーボンコピーの間で揺れ動いてきたといえよう。しかし、参議院に期待される役割はそのどちらでもなく、衆議院の議決に別な角度から検討を加え、ときには修正を施して、よりよい結果に導くことにあったのではないか。

参議院が本来の役割を果たすためには何が必要なのか。国会審議のなかで与野党の意見を調整し、合意を調達できるようにするには、どうすればよいのか。与野党双方がねじれの悪夢を経験した現在、次のねじれが出現する前に必要な制度改革を検討し、実行に移すことが急務であろう。

バナー写真:参議院本会議で田波耕治・国際協力銀行総裁の日本銀行総裁への同意人事案を野党の反対多数で否決した電光掲示板(左上)=2008年3月19日、東京・国会・参院本会議場(時事)

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  • [2015.06.04]

駒澤大学法学部教授。政治制度論が専門。1954年東京都生まれ。一橋大学大学院法学研究科修士課程修了。博士(法学)。国立国会図書館勤務、聖学院大学助教授、同教授を経て2003年より現職。著書に『比較議会政治論―ウェストミンスターモデルと欧州大陸型モデル』(岩波書店、2003年)『日本の国会――審議する立法府へ』(岩波新書)など。

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