特集 沖縄を考える
徹底討論(Part 2)・「沖縄問題」の本質とは何か—「独立論」の根元にあるもの
[2015.07.29] 他の言語で読む : ENGLISH |

沖縄の基地問題の混迷する中で、沖縄の「独立論」、あるいは「自己決定権」を求める動きが強まっている。3人の国際政治学者がその主張の歴史的背景と心情の源泉を解説する。

宮城 大蔵(司会)

宮城 大蔵(司会)MIYAGI Taizō上智大学総合グローバル学部教授。1968年東京生まれ。立教大学法学部卒業後、NHKで記者を勤めたのち、一橋大学大学院に入学。政策研究大学院大学助教授などを経て、現職。著書に『「海洋国家」日本の戦後史』(ちくま新書、2008年)、『戦後アジア秩序の模索と日本―「海のアジア」の戦後史 1957-1966』(創文社、2004年)など。

遠藤 誠治

遠藤 誠治ENDŌ Seiji成蹊大学法学部教授。1962年滋賀県生まれ。1988年東京大学大学院法学政治学研究科政治学専攻修士課程修了(法学修士)。1993年成蹊大学助教授を経て2001年より現職。1995年、2010年オックスフォード大学セント・アントニーズ・カレッジ客員研究員、1996年ウェルスリー大学客員研究員。編著書に『グローバリゼーションとは何か』(かわさき市民アカデミー出版部、2003年)、『普天間基地問題から何が見えてきたか』(共編/岩波書店、2010年)、『シリーズ日本の安全保障』(共編/岩波書店、2014年)等。

平良 好利

平良 好利TAIRA Yoshitoshi獨協大学地域総合研究所・特任助手。法政大学兼任講師。1972年沖縄県生まれ。1995年沖縄国際大学法学部卒業。2001年東京国際大学大学院国際関係学研究科修士課程修了。2008年法政大学大学院社会科学研究科博士後期課程修了。博士(政治学)。主な著書は『戦後沖縄と米軍基地―「受容」と「拒絶」のはざまで 1945‐1972年』(法政大学出版局、2012年)。

「琉球独立論」はエスニック問題

宮城 普天間飛行場移設問題が混迷する中、昨今、聞かれるようになった沖縄の「独立論」というものをどのように捉えればいいのか、伺いたい。

遠藤 この独立論も幾つかあって、(「琉球民族独立総合研究学会」の)松島泰勝氏が言っているのはエスニックな独立論。現在、「琉球独立」と言っている人たちの多くは、血統で考えようという考え方で、私自身には違和感が強い。

ただ、沖縄の主権国家としての独立という主張までいかないまでも、現在、議論の対象になっているのは、「自己決定権」だ。沖縄の諸問題について本土の政府や人々があまりにも鈍感に過ぎ、日本全体で考えるべき問題であるのにその責任を負わない。その場合において、どういう解決策があるのかといろいろ模索をしてくる中で出てきたのが、自己決定権という考え方だ。琉球人は、日本人の多数派とは異なる、少数民族ないしは先住民としての地位を国際的に承認されている。国際的には「先住民」には自分たちの運命を自分たちで決める自己決定の権限がある、とされているし、カナダやオーストラリアなどでも、先住民の自己決定権は制度化されている。

そうだとすると、沖縄の人たちが国際的に「先住民」として承認されているのであれば、グローバル・スタンダードにのっとって、自分たちには自己決定の権限があり、中央政府は沖縄の人たちの自己決定を尊重しなければいけないという論理になっている。もともとは、この論理を使って本土を動かしたいということだったと思う。

しかし、広く世界を見てみると、世界の各地で、主権国家自体が多様な形の揺らぎを示している。日本では、イギリスという国の在り方の問題としてスコットランドの独立問題にはそれなりの関心が集まった。しかし、沖縄では、イングランドに対する自己決定権の主張を展開するものとして、スコットランド独立の国民投票に大きな関心が集まった。スコットランドでは、国民党が中心となって、自己決定の論理を推し進め、独立まで達成しようとしている。それならば、自分たちも「自己決定」の論理を採用していこうということだ。もちろん、一足飛びに独立まですぐに達成できるとは考えないが、日本国の中で高度な自治権を確立し、高度な自治権を媒介として基地問題を解決しようと運動を進めてきた人たちがいる。

エスニックな独立論が一定程度若者の中に支持を広げているが、おそらくまだまだ多数派ではない。そして、現在大きくなってきた「自己決定権」の論理は、エスニシティとしての琉球人を基礎にしているというよりは、地方自治の論理を推し進めることで、基地問題をはじめとする多様な問題に対する代替案を実現していこうとする際の基礎理論となっているように思われる。

沖縄が本当に訴えかけていること

平良 私は沖縄出身者だから、逆になぜ本土の人たちが独立論にかなり敏感なのか、ということを考える。1つは、興味本位。翁長雄志(おなが・たけし)知事が5月20日に日本記者クラブで行った記者会見でも、会員の誰かが独立論について質問したら、そうやって独立論について平然と聞くこと自体が、沖縄の問題を日本全体の問題としてではなく、他人事のように見ている証拠ではないか、と翁長氏は指摘している。もう1つは、本土の方々が本能的に国家統合の危機、あるいはその揺らぎを感じ、それで独立論に過剰なまでの関心を示しているのではないか。

宮城 私には独立論は、「独立」とまで言わざるを得ない心情を分かってくれという痛切な思いというように見える。本土から見て分かりづらいのは、沖縄の中で独立論がどう受け止められているのかという点ではないか。

平良 独立論には至らないが、独立論に通底する感情は、沖縄県民の中に潜在的に広がっていると思う。沖縄の私の身近な人たちを見ても、そう感じる。そこで私が懸念するのは、このまま政府が辺野古移設こそが「唯一の解決策」と言ってこれを強行に推し進めていくと、沖縄と政府の対立は本当に抜き差しならないものとなり、最悪の事態が発生しかねないということだ。そうなると、沖縄はもっともっとラディカルになり、話し合いの共通基盤さえなくなってしまう恐れもある。沖縄と本土が対立して喜ぶのはどこか、これを真剣に考えなければいけない。

あと、翁長知事は沖縄内部をまとめるために沖縄人のアイデンティティーを強調しているが、「沖縄の問題は日本全体の問題」であるとして本土で訴えていくためには、やはり国民全体に届く言葉が必要になる。つまり、ある種のナショナリズムに訴える必要がある。だから、翁長知事がアイデンティティーのみを強めすぎると、沖縄自身が内向きになり、本土との溝はより深くなる。かといって、ナショナリズムだけを強調しすぎると、今度は沖縄内部の結束が弱くなってしまう恐れもある。その絶妙なバランスをどう取りながら、問題を提起していくのかが問われている。しかし、一地方の県知事にそこまでの政治的手腕を求めること自体が、いまの政治の問題性を浮き彫りにしている。

差別されているという心情が源泉

遠藤 沖縄の政治の背景にある心情や感覚に、本土はもう少し敏感になっておかないといけないと思う。独立論ではないけれども、独立したい心情みたいなものが高まっている感じだ。

本当に狭い意味での独立論、今すぐにでも日本から抜け出るという人たちは、まだまだ少ないと思う。しかし、本土復帰が正しかったのかというクエスチョンマークが確実に前より大きくなっている。復帰の前にやっていた議論をもう1回見直すということも、以前よりは明らかに強くなっている。

沖縄が「本土復帰」を語っていたときには、「日本国憲法」の平和主義と人権への復帰こそが課題だった。しかし、復帰後40年たっても、「銃剣とブルドーザー」で作られた米軍基地が居座り続け、平和も人権も実現していない。そして、本土では、日本国憲法の根本精神を変えようという運動すらある。つまり、苦労して復帰した先の日本が憲法を捨てて、平和ではない方向に進もうとしている。そうだとしたら、日本国に復帰したこと自体が間違いだったということになるではないか、ということになる。こうして帰った先は平和じゃない、人権もない、帰った先を間違っていたのではないかというような感覚が出てきていることを、本土は知っておいた方が良いと思う。

もう1つは、日本国民として日本国の中できちんとやっていれば、日本国憲法体制の下で自分たちが守ってもらえると思ったのに、その対等な人権を保証してもらえないという感覚かな。それがたぶん差別という言葉になっているのだと思う。

従来は、感覚として差別されていると思っていても、それを自分たちから口にすることは、はばかられた。しかしもう今では、差別されていると言わざるを得ない感覚があると言う。沖縄は、同じ日本国民を構成する一部として、復帰後相当長いこと辛抱しつつ、対等扱いをしてもらいたい、対等扱いをされるべきだというスタンスでやってきた。ところが、同じ日本国民なら、民意を明確にすれば、政府の無理は通らないというのがスタンダードであるのに、沖縄だけは、民意をいくら明確にしても、政府の無理がまかり通ってしまうと気づき始めた。

  • [2015.07.29]
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