シニア消費から見る日本の高齢化社会

シニア消費の現場から読み解く超高齢社会・日本

経済・ビジネス 社会

高齢化の進行によるシニア市場の拡大が注目されるが、高齢者たちのニーズは多様化している。具体的な消費行動から、60歳以上のシニアたちの今と将来を展望する。

日本の総人口は現在1億2683万人(2015年9月15日現在推計)で、65歳以上の高齢者人口は過去最高の3384万人、総人口の26.7%に達している。「団塊の世代」(1947〜49年に生まれた人)が65歳以上となる今年は、高齢者人口が3384万人となり、その後も増加が見込まれる。これは、見方によってはシニア市場拡大の大きな機会とも捉えられるが、「高齢者」とひと言でいっても、その実態は多様であり、シニア市場をひとつの「マス」とみることはできない。本論では、いくつかの具体的なシニアの消費行動を取り上げ、その多様化の実態と今後のシニア市場の可能性を考察する。

最近なぜ「中食」市場が拡大しているのか

近年、中食(なかしょく)市場が伸びている。中食とは調理済みの弁当や総菜などを購入したり、配達してもらったりして家庭内で食べる食事形態のことだ。リクルートライフスタイルの調査によると男性は30、40代と60代、女性は60代で中食のシェアが大きい。気になるのは、男女とも60代が活発に利用している点だ。背景には人数の多い団塊世代のライフステージが変化していることがある。

変化の一つは、退職に伴う「自宅引きこもり夫」の増加。リビングくらしHOW研究所の2011年調査では、夫が退職した50、60代の女性に「1週間のうち、夫が家にいるのはどのくらいか」と尋ねると、「ほぼ毎日」が38.5%に達した。「家にいる方が外出より多い」の25%を加え、6割以上の夫婦で夫が「自宅引きこもり派」であることがわかった。

一方、「5年前と比べて自分の時間が増えたと思うか」の質問に「減った」と答えた女性の割合は、夫が現役の場合は18.6%なのに対して、夫が退職すると31.6%に跳ね上がった。妻の自由時間が減るのは、退職した夫が自宅に長くいるために食事の世話に時間を取られるからだ。男性でも料理をする人の割合は増えているとはいえ、「団塊の世代」の夫に料理を教えるのは大変な苦労だろう。少しでも食事の手間を減らしたい、その妻の欲求が中食需要を拡大する背景になっている。

ただし、この「引きこもり夫」は多様化する「高齢者」のライフスタイルの一部にすぎない。高度成長期に同じような収入を得て同じようなライフスタイルを送ってきた団塊の世代が退職年齢になって、ライフスタイルも多様化してきた。多様化を生んでいる要因は、仕事を継続しているかどうか、加齢による肉体の変化、本人や家族のライフステージの変化などだ。シニア市場は多様なミクロ市場の集合体だと考えるべきである。いくつかの例を挙げる。

シニア消費は「朝型」と言われているが・・・

一般に高齢者の生活や消費のスタイルは「朝型」だと思われている。確かに、早朝に犬の散歩や夫婦でウオーキングをしていたり、開店前の百貨店に行列したりしているのはシニアが多い。午前7~11時はドリンクにトーストとゆで卵が付いてくるサービスで、朝型のシニア客を取り込んだ「コメダ珈琲店」のような企業もある。

しかし、ここ数年、「夜型」のシニア消費も目に付き始めた。埼玉県に住む山本次郎さん(65歳)は毎晩、仕事帰りに最寄り駅近くの食品スーパーに寄り、夕食用の総菜などを買う。「外食ばかりだとお金がかかる」からだ。

JR五反田駅(東京・品川)にほど近い居酒屋では、全員65歳以上のグループ限定の「シニア食べ放題コース」が好調だ。180分飲み放題付きで2680円という割安価格が人気を呼び、シニア層が仕事帰りや趣味の会合などで利用しているという。

シニアの夜型消費が伸びてきた大きな理由は、働き続ける高齢者が増えたことにある。総務省の労働力調査によれば、60歳以上の就業者数はここ10年増え続けており、2013年には1211万人と、15歳以上の就業者数の2割近くになっている。仕事をしている人の5人に1人が60歳以上なのだ。もちろん、希望者全員を65歳まで雇用するよう義務付ける改正高年齢者雇用安定法(2013年4月施行)も60歳以上の就業を後押ししている。また、65歳以上の就業者数も11 年連続の増加で681万人(2014年)を記録した。

最近は退職後も社会的な活動や消費に前向きな「アクティブシニア」が多く、夜型消費はさらに進むだろう。

運動で元気になると財布のひもが緩くなる

「団塊の世代」の半分は女性だが、年齢層が高くなるにつれ女性の割合が多くなる。女性のほうが男性よりも長生きだからだ。シニア市場は女性主導市場の様相が強い。

私が特任教授を務める東北大学のスマート・エイジング国際共同研究センター(仙台市)では多くの中高年を目にする。とりわけ50代から70代の女性が目立つ。センター6階に女性専用フィットネス「カーブス」があるからだ。

利用者の多くはエレベーターを使わず階段で昇り降りし、顔を合わせると大きな声で挨拶してくれる。すぐそばの大学病院のロビーですれ違う同年代の女性に比べると明らかに元気でいきいきしている。カーブスの利用者は1回30分、筋力トレーニングと有酸素運動、ストレッチで汗を流す。3カ月も通えば大抵の人は元気になっていくのだが、実はこれ以外に興味深い変化が見られる。

まず、運動着以外にも服を買うようになる。運動して痩せてスタイルがよくなるからだ。次に、靴やカバン、化粧品やアクセサリーなども買う。そして、仲間と一緒に旅行に行く頻度が増える。心身が元気になり、気持ちが前向きになるので、きれいな格好をして仲間と一緒にお出かけしたくなるからだ。

なぜ、筋トレや有酸素運動によって、こうした変化が出るのだろうか。私たちの額の奥にある大脳の前頭前野には意欲の中枢がある。実は中高年に多いうつ病や認知症を患っている人は、この部分の機能が低下している。東北大学の研究では、筋力トレーニングや有酸素運動などでこの部分を活性化すると気持ちが前向きになり、活動意欲が強まって消費も増えることがわかっている。平たく言えば、元気になると財布のひもが緩みやすくなるのだ。

米国発のカーブスだが、日本では10年間で1625店舗、会員数は71万人までに急成長した。会員の平均年齢は61歳。シニアビジネスの広がりは元気な高齢者を増やしていく。

“解放段階”という50〜70代の心理的変化

JR九州が2013年10月に始めた豪華寝台列車「ななつ星in九州」の旅は、高級感ある内外装の車両に乗り、九州の名所を回るぜいたくなものだ。料金は第4期(2014年8~11月出発分)の場合、3泊4日で1人当たり43万~125万円と高価だが、60代を中心に予約はいつも埋まっている。

これだけの高額ツアーなので、参加者は富裕層ばかりかというと、実はそうでもない。私の知り合いで、第1期のツアーに千葉県から参加した65歳の女性は介護施設の職員だった。一般に高齢者世帯の所得はそれほど高くない。なぜ、富裕層ではない一般の人が、こうした高額商品を購入するのだろうか。

米国の心理学者ジーン・コーエンは、50代半ばから70代前半にかけての心理的発達の段階を「解放段階」と呼び、この段階には、今までと違うことをしたくなる傾向が見られるとしている。例えば、会社を早期退職して沖縄に行き、ダイバーになる。ずっとパートでレジ打ちをしていた女性がダンスの先生になる、といった具合だ。

なぜ、60代前後に「解放段階」が訪れるのか。一つは、脳の潜在能力が発達し、新たな活動や役割に挑戦するエネルギーが湧くこと。もう一つは、退職や子育てからの卒業、親の介護の終了など、ライフステージが変わりがちであること。これらがきっかけで、この年代は心理面の変化が起きやすくなっている。もう人生は長くないのだから、自分のやりたいことをやろうという気持ちが、新たな行動を後押しするわけだ。

先の女性は「夢の列車に、最初に乗れてうれしい」と話していた。富裕層でなくても、列車が大好きで「これを逃したら二度と乗れない」と思えば、へそくりをはたいてでも豪華ツアーに参加する。こうした傾向は何も日本人特有のものではない。生活水準が同じ程度ならどの国の高齢者にも共通に見られる。

「スマートシニア」の増加は消費行動をどう変化させるか

インターネットを縦横に駆使して情報収集し、旅行やレジャーに出かけたり、通信販売で気に入った商品を購入したりする。私が「スマートシニア」と呼ぶ、そんな高齢者が増えている。総務省の「通信利用動向調査」によると、シニア層のネット利用率は2001~12年の11年間で、60~64歳が19.2%から71.8%に、65~69歳が12.3%から62.7%に、70~79歳が5.8%から48.7%に急上昇した。

「スマートシニア」という概念を提唱してから16年たつ。当初は「コンセプトは面白いが、そんな人はどこにいるのか」と何度も質問されたが、いまの高齢者層では決して珍しい存在ではない。

ネットを通じて多様な情報に接し、スマートに(賢く)なったシニアの行動は様変わりした。例えば、私がある老人ホーム経営者から聞いた話では、以前は説明会を開くと、入居一時金4000万円でも600人の参加者中50人はその場で入居を希望したが、最近は1000万円でも即決する人はいない。ネットで得た様々な情報を比較・検討し、最善のものを選ぶことを学んだシニア層は、決して「衝動買い」はしなくなったというのだ。

私の研究に基づく予測では、2025年には83歳で要介護者とそうでない人が半々で、ネット利用率は45%に達する。10年後には、後期高齢者でも日常的にネットを利用することが当たり前になると思われる。その効果がはっきり現れるのは「買い物行動」だろう。現在は折り込みチラシやテレビ番組が主体だったシニアの通販利用がネットにシフトしてゆく。高齢者が身体機能の衰えから店舗に行くのが困難な「買い物弱者」になりがちな問題の解決策にもなるはずだ。

今後、高齢者の消費パワーへの注目が高まるにつれ、流通業にとってスマートシニアへの対応は重要性を増すだろう。

(2015年10月 記)

タイトル写真=2015年9月21日の「敬老の日」に東京・巣鴨の高岩寺境内でダンベル体操をするシニアたち(時事通信フォト)。

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