東日本大震災から5年

廃炉完了に100年想定も

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チェルノブイリ原発事故と並び、史上最悪の原子力災害となった東京電力福島第1原発事故から5年が経過した。廃炉作業の続く原発構内には汚染水を保管する巨大なタンクが林立し、1日約7000人の作業員が働く。

政府・東電の工程表では廃炉完了まで事故から最長40年としているが、1、2、3号機の原子炉内で溶けた燃料はまだその所在すら正確に把握できておらず「廃炉完了までには100年単位の時間が必要」と指摘する専門家もいる。廃炉工程で最難関となる溶融燃料の取り出しに向け、国内外の英知を集めた調査、研究が進む。

東京電力福島第1原子力発電所の全景=2015年2月撮影(筆者提供)

汚染水との闘いだった5年間

第1原発に足を踏み入れると円筒形のタンク群が目に飛び込んでくる。構内にあるタンクは約1100基、保管されている汚染水は約80万トンに上る。事故からの5年間は、この汚染水との闘いに費やされたといっても言い過ぎではない。おびただしい数のタンクは、これまで増加する一方だった汚染水への対応がいかに大変なものであったかを物語っている。

福島第1原発を西側から見る。敷地を埋めるタンクの向こうに原子炉建屋が見える

とりわけ高濃度の汚染水増加をどう抑制するのかが大きな課題だ。1~4号機の建屋には地下水が流れ込み、既にある汚染水と混ざることで新たな汚染水となる。東電は複数の対策を組み合わせることで、2020年には流入量をほぼゼロにしたい考えだ。

対策の中で、比較的順調に機能しているのが、建屋に流入する前の地下水を建屋の山側(西側)に掘った井戸でくみ上げ海に放出する「地下水バイパス」と、建屋周辺にある井戸で地下水をくみ上げ海洋放出する「サブドレン」だ。この2つの対策でこれまで海に放出した量は計約23万トンに上っている。それでも建屋地下には1日約150トンの地下水が流れ込んでいる。

一方で汚染水対策が新たな問題を生んでいるケースもある。土壌から汚染された地下水が海に染み出すのを防ぐため、東電は護岸沿いに長さ約30メートルの鋼管を総延長780メートルにわたって打ち込んだ「海側遮水壁」を2015年10月に完成させた。しかし、この影響で護岸付近の地下水位が上昇したため、東電は地下水をくみ上げて建屋地下に移送せざるを得なくなった。移送量は1日最大550トンにも上り、汚染水対策がかえって汚染水を増やすという皮肉な結果を生んでいる。この問題の解決策となりそうなのが凍土遮水壁だ。1~4号機の建屋の周囲約1.5キロの地盤を凍らせて地下水の流れを遮断する。まず凍土壁の海側部分が凍れば、護岸へと流れていく地下水の量が減り、くみ上げて移送している量も減少するだろう。既に設備は完成している。全面的に凍結が完了するには8カ月程度掛かる見通しだ。

汚染水の問題をめぐっては、安倍晋三首相が2013年9月、国際オリンピック委員会(IOC)総会での東京五輪招致にあたり「状況はコントロールされている」と断言。当時は地上タンクから高濃度汚染水約300トンの漏えいが発覚した直後で、首相の発言とはほど遠い状況だったが、事故5年でようやく不測の事態が起きない程度にまではリスクが低減、ようやく発言通りに、ある程度はコントロールできている状態になった。

改善した作業環境

構内の空間放射線量もこの5年でだいぶ低下した。東電は敷地境界での年間追加被ばく線量を3月末時点で1ミリシーベルト未満に減らせると見込んでいる。かつてはがれきや地上タンク内の高濃度汚染水から出る放射線で、敷地境界の線量が年間10ミリシーベルトを超えていたことを考えれば大きく改善した点と言えるだろう。

東電は構内の放射線量を抑制するため、第1原発の敷地(約350万平方メートル)のうち145万平方メートルの舗装を進め、既に84%の作業を終えた。また地上タンクに保管する汚染水のほとんどを多核種除去設備(ALPS)などで一度処理し終えた。構内の線量低下はこうした対策の効果だ。

空間線量の低下で労働環境も改善した。空間線量が毎時100マイクロシーベルトを超える場所もある1~4号機の原子炉建屋周辺を除けば、ほとんどのエリアで全面マスクを着けずに済む。原子炉建屋から遠い敷地西側では、使い捨ての医療用マスクと作業着だけで屋外を歩ける状態になった。筆者が取材に訪れた日、この辺りの路上にたまたま野生のキツネが現れた。時々、現れることがあるのか、作業員たちはキツネをにこやかに見ながら通り過ぎる。キツネも慣れているようで逃げようとしない。やや場違いともいえるなごやかな雰囲気からは、作業現場のストレスが軽減されていることが感じられる。

原発敷地内に現れたキツネ。人に慣れているようで逃げようとしない

2015年6月には食堂や休憩スペースを備えた9階建ての大型休憩所が敷地西側の正門近くに完成。2階の食堂では原発敷地外の給食センターから運ばれた温かい食事が提供される。定食や麺類、丼物などはどれも1食380円。仲間と食事する作業員たちの顔が自然にほころぶ。3月1日には休憩所内にコンビニエンスストアも開店した。事故発生当初、作業員1人に配られる1日の食事といえば、少量のクラッカーとミネラルウオーターのペットボトル1本だけだった。

廃炉・汚染水対策の責任と意思決定の迅速化を目指して2014年4月に設立された福島第1廃炉推進カンパニーの増田尚宏最高責任者は「普通の現場に近づけることが重要」と話す。今や、故意に高線量の現場に足を踏み入れでもしない限り、命に関わるという状況は第1原発構内には存在しない。

溶融した燃料はどこに

さて、肝心の廃炉に向けた作業はどの程度進んでいるのか。1~3号機の原子炉建屋内は生身の人間が立ち入れないほど極めて高い放射線量になっている。こうした悪条件の中、燃料を取り出して建屋を解体するという作業は世界的にも前例がなく、いまだ実質的な作業には入れていない。どういった技術が必要か、そもそも溶けた燃料はどこに、どのような状態で存在するのか、基本的な情報を把握するための調査がようやく始まった段階だ。

第1原発は全6基の廃炉が決まっている。事故でほとんど損傷しなかった5、6号機は当面、1~3号機の廃炉のための研究施設として利用する計画という。事故発生時に定期検査中だった4号機は、既に使用済み燃料プール内の燃料1535体の取り出しが完了。建屋解体に向けて最も先行している号機だが、解体の具体的スケジュールは決まっておらず、東電は当面、1~3号機への対応を優先する。

1号機では放射性物質を含んだほこりが飛散しないよう原子炉建屋にかけられていたカバーの屋根パネルが2015年10月に撤去された。側面の壁パネルを撤去したり防風シートを設置したりした後、建屋本体の上部にあるがれき撤去に移る。燃料プールからの燃料取り出しを始められるのは2020年度の予定だ。

2号機は原子炉建屋上部の解体作業が2016年夏ごろに始まる見込み。水素爆発した1、3、4号機と異なり、建屋がほぼ原型のまま残っているが、プールから燃料を取り出すためには建屋内部の放射線量が高く既存の設備が汚染されているため、撤去して新たなクレーンなどの設備を取り付ける必要がある。最上階の5階床面より上の構造物を取り壊し、2020年度にはプールからの燃料取り出しを開始する。

2号機原子炉建屋(手前)。奥は1号機原子炉建屋

水素爆発により建屋上部が巨大ながれきの山と化した3号機では、鉄骨や大きなコンクリート片の撤去が終わり、5階部分の床を削ったり、小さながれきを吸い取ったりして除染が進められてきた。プール内に残る燃料566体を取り出すためのクレーンを備えた建屋カバーは、第1原発から南に約50キロ離れた福島県いわき市で組み立て訓練の真っ最中だ。2016年夏ごろにも第1原発に運んで3号機上部に設置、17年度中にプールからの燃料取り出し開始を目指す。プールから燃料を取り出し終えた段階で、廃炉作業は折り返し点と言えるだろう。

建屋上部が撤去された3号機。奥に4号機。

原子炉から溶け落ちた燃料の実態調査では、1号機で2016年度中にも、格納容器の中央部付近までロボットを入れ、このロボットからカメラのついたワイヤを垂らして格納容器下部にあるとみられる溶融燃料の状態を調べる計画。2号機も2016年度中に、3号機は2017年度に調査を実施する予定。

格納容器内部の調査が全体的に遅れている背景には、内部の線量が極めて高いことが挙げられる。調査は遠隔操作のロボットで行われるが、放射線があらゆる装置に障害となる。線源となる溶融燃料に近づけば、ロボットに使われている半導体やモーターに大きな影響が出る可能性が高い。今後、高線量下でも支障なく動くロボットの開発が大きな課題で、研究が進められているものの、まだ実用化の目途は立っていない。

真の復興に向けて

もし溶融燃料の状態を把握することに成功しても、それはやっと取り出し作業の入り口に立ったに過ぎない。溶けて変形した燃料をどうやって取り出すか。格納容器を水で満たし、新たに開発する装置で取り出す方法が有力とみられるが、そもそも格納容器に水を張れるかは疑問だ。格納容器が事故で破損しているのは明らかで、今の状態ではどんなに水を入れても地下に漏れてしまう。損傷箇所を特定して漏洩しないように修復しなければ水を張ることはできない。もちろん損傷箇所が1カ所とは限らない。

事故当時、原子力の安全規制を独立した立場から監視していた国の原子力安全委員会で、委員長として政府への助言役を担った班目春樹氏は「格納容器の水漏れを止めるのは難しく、もし水が張れない場合、ロボットで取り出せるというほど生易しいものではない」とみる。もし水が張れたとしても、溶けた燃料の塊をまとめて取り出せるわけではない。当然、切断する必要が出てくる。切断したものを取り出せても、どこにどのような形で保管しておくのか、見通しすらないのが現状だ。

班目氏は廃炉完了までに「100年単位でみれば、なんとか終わるのではないか」と言う。先ごろ廃炉が決まった関西電力美浜原発1、2号機は廃炉作業完了までに約30年、日本原電敦賀1号機は約25年かかる見込みだ。これはあくまで、事故を起こしていない普通の状態からの廃炉作業にかかる時間である。

第1原発の状態を考えれば、班目氏の予想は、政府・東電の工程表よりよほど的を射ているだろう。そもそも政府・東電の工程表で掲げた「廃炉完了に最長40年」に明確な根拠などない。廃炉作業がどう進むのか確たることは言えず、溶融燃料の状態や放射線量の状況一つで工期は大きく左右される。

おそらく政府・東電はそう遠くない将来、廃炉工程表を見直すことになる。だがもし廃炉完了が長引いたからといって政府や東電を責めても仕方がない。廃炉作業はスケジュールを守ることが目的ではない。安全、確実に廃炉を成し遂げることに重点を置かなければならないのだ。その先にこそ真の意味での福島の復興がある。

バナー写真:東京電力福島第1原発を視察する原子力規制委員会の田中俊一委員長(手前)=2016年2月13日午後、福島県大熊町(時事、代表撮影)

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