特集 「働き方改革」:日本社会は変わるか
実行計画は働き方改革の「出発点」:具体化に向けた議論、仕組みづくりを

山田 久【Profile】

[2017.04.17] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية | Русский |

長時間労働の是正で「政・労・使」が合意し、法改正で一定の歯止めをかける道筋をつけた安倍政権の「働き方改革」。筆者は合意を評価する一方、具体化に向けたさらなる議論と仕組みづくりなしには「実行へのハードルは高い」と指摘する。

限界にきた日本の雇用システム

政府が3月28日にまとめた「働き方改革」の実行計画は、これまでになく労働・雇用部門の制度改革に踏み込んだものだ。同一労働同一賃金、長時間労働の是正に的を絞って専門家による検討委員会がつくられ、労使が法改正も展望した方向性で合意したことは、画期的とも言える。

日本の雇用の在り方は環境変化に伴い、限界にきている。長期雇用の制度は残せるものなら残していきたいが、女性の活躍には現在の制度では障害がある。シニアが本格的に活躍することを想定していない雇用制度、賃金制度でもある。人口が減少する中、女性・シニア層に活躍してもらわないと経済、社会がもたないという状況で、長時間労働是正を中心とする改革推進は大局的には正しいものだ。

その一方で、この改革が画期的であるがゆえに、実行できるかという点ではハードルが高い。今の段階では、これだけの大改革をするにあたって、個別のさまざまな論点について議論が十分行われたとは言えない状況にある。全体像についても、明確に示されているとはまだ言えない。

国家レベルで決めた方針を、個別の企業レベルで実施しろというだけでは、混乱は避けられない。政・労・使がこれを出発点に、改革を具体的に進めていくための議論を積み重ねることが必要だ。これに加え、産業別や地域別、職種別といった「中間レベル」での取り組み、認識の共有が欠かせないものになる。

既存の制度変更なければ副作用も

同一労働同一賃金、長時間労働の是正という2つの目玉政策は、端的に言えば欧州で実現しているモデルの導入を意味する。注目しなければならないのは、欧州では関連するさまざまな雇用・賃金の制度が有機的に連動する中で、このモデルが実際に機能しているという現実だ。日本で、既存の制度の中に埋め込んだだけではうまくいかず、副作用が生じる可能性もある。日本の今あるシステムの、ほかの部分も変えていかなければ機能しない。そこが議論され、具体化されない限り「全体像が見えない」というイメージは消えない。

例えば長時間労働是正の問題。これには過労死につながる健康被害の防止に加え、女性やシニアの活躍のために「生活とのバランスを考えて仕事をする社会」に移行するという2つの大きな意義がある。

しかし、(今回の結論に)「まだまだ不十分だ。この程度の改革でいいのか」という批判をする人と、「こんな制度になったら現場が回らなくなる」と不満を持つ人に分かれているのが実態だ。双方に不満が残る中で、今後是正を具体的に進めていくための議論がないままでは、「サービス残業」「風呂敷残業」が増えたり、弱い立場の中小企業にしわ寄せが出てきたりすることになる。

例えば、労働時間の短縮(時短)を進めることで、働く人の生活水準が大きく下がってしまったら本末転倒だ。時短を進めてもしっかり企業の業績が上がり、賃金も減らない。つまり時間当たりの労働生産性が上がっていくことが大前提となる。そのためには、一つは人材育成、もう一つは企業の収益性を上げるため、不採算部門の撤退など事業の取捨選択が大きな課題となる。これらについては、今回の計画には項目は書かれてはいるけれども、具体的な対応策はみえない。

生産性向上に向けた環境整備を

日本の人材育成は、基本的には現場。オン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)で、人材育成と仕事が混然一体になっている。そのために、未熟な労働者はどうしても長時間労働になりがちだ。むしろ、これを機械的に減らしてしまうと人材育成が十分できなくなってしまう側面がある。このような現在の状況の中で時短を進めるためには、人材育成を巡る発想を意識的に変える必要がある。

欧州では学校教育の中に、実践的なプログラムが導入され、企業がその策定、実施に関わっている。インターンシップの制度も進んでいる。企業が正社員を採用する場合、欧州では一定程度の能力は上がっているという前提で雇用する。日本の若手の未熟な労働力とは違う。

日本は今後、欧州を参考にした新たな仕組みを作っていかなければいけない。大手企業なら独自の取り組みで可能だろうが、中堅・中小企業には難しい課題だ。そのためには地域の中小企業が連携するとか、産業別にまとまって仕組みを作るとか、ゼロからの見直しが必要になる。このレベルの議論が今後できるかどうかが、具体化と実行に向けた大きなポイントだ。

不採算部門の撤退など事業の取捨選択については、雇用調整の問題が避けて通れない。欧州では、特に北部の国において、労働組合も「不採算事業の整理は仕方ない」との立場で、そこで発生する人員整理自体には反対しない。一方で削減される人員を少なくする交渉、また転職支援や金銭解決による交渉はしっかりとやっている。同時に政府が職業訓練の仕組みを充実したり、労働者救済の仕組みを整備したりすることで、高収益の産業への労働力移動が可能となっている。

この部分の議論も、今回の実行計画策定ではほとんどされていないのが実態。まだまだ課題が残っている。

同一労働同一賃金:「日本型」での決着

同一労働同一賃金の問題もある意味相似形で、これも欧州の仕組みなのだが、出発点となる条件が欧州と日本では異なっている。日本は賃金の決め方が正社員と非正社員で全く違うので、本来なら(欧州タイプの)同一労働同一賃金(の実施)はやりようがない。

だから今回の場合、基本給のところはおおむね現状維持で、手当や賞与について実質的な同一支給をうたっている、また「格差」に対して企業に説明責任を求め、この説明ができれば現状で問題ないという方向性である。非正規の人たちの処遇改善には一定程度つながる結果だが、本来の意味とは異なる「日本型」となり、限界は残った。

欧州では本来、同一労働同一賃金を目指す動きはダイバーシティ(多様性)の文脈から出ている。男女間の賃金格差をどうなくすかという問題から波及して、年齢による差別、人種による違いをなくしていくという。生活上の制約の違いや属性の違いを超え、それぞれが能力を発揮していく社会をつくるにはどういうルールが必要かというのが、同一労働同一賃金のもともとの考え方だ。

日本全体の今後の雇用の在り方を考えた場合、この問題は女性やシニアの活躍、外国人の雇用拡大といった課題につながってくる。それゆえに、同一労働同一賃金についても、今後のさらなる議論や、実行に向けた環境整備、仕組みづくりなどが必要になる。

今が出発点:「政・労・使」で具体化に向けた議論を

今回の「働き方改革」については、政府も「出発点」と言っているし、その認識は正しい。ただし、労働法制の改正を進めていけば済む話ではない。末端レベルまで、この考え方が共有される状況を作りださなければならない。その意味で、今後は「政・労・使」による会議を復活させてもう1ラウンド、先に挙げた人材育成や雇用調整の仕組みなど、実行に向けた中身の議論が必要だろう。

女性やシニアの活躍、人口減に対応する労働力の確保に向けた問題では、長時間労働の是正だけでなく、税制や年金、社会保険などの改革も密接に関わってくる。すでにこの20年ほどで、それぞれの分野では議論が進み、方向性が出つつある。うまく全体としてつなげて横断的に合意が共有されていくことができれば、改革は進んでいくと思う(談)。

バナー写真:働き方改革に関する意見交換会で、参加者の話に耳を傾ける安倍晋三首相(左から2人目)=2016年12月6日、東京・首相官邸(時事)

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  • [2017.04.17]

日本総合研究所調査部長、チーフエコノミスト。経済学博士(京都大学)。専門はマクロ経済分析、経済政策、労働経済。京都大学経済学部卒業。1987年、住友銀行(現・三井住友銀行)に入行。日本総研へ出向後、経済研究センター所長、ビジネス戦略研究センター所長などを経て2011年から現職。著書に『失業なき雇用流動化-成長への新たな労働市場改革』(2016年、慶應義塾大学出版会)など。

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