特集 「働き方改革」:日本社会は変わるか
ワーク・ライフ・バランス:少子高齢化に対応する「働き方」実現が急務に

小室 淑恵【Profile】

[2017.05.10]

高度成長期の“成功体験”を引きずり、男性正社員中心の企業文化と長時間労働を延命させてきた日本。少子高齢化に対応するためにも、子育てや介護と仕事の両立実現が求められている。

「残業上限設定」で人事評価が変わる

今回公表された政府の「働き方改革実現会議」実行計画で最も注目すべきは、罰則付きで労働時間の上限を設定することで政・労・使が合意したことだ。他の国から見たら、特例とはいえ「月100時間の残業容認」はとんでもなく聞こえるかもしれない。しかし、残業上限が日本で初めて設定されることで、今後は企業の人事評価の基準が変わっていくだろう。そこを第1歩に、これまで長時間労働が当たり前だった企業、社会の風土が様変わりすることを期待している。

日本の企業は現在、月末、あるいは年度末に締めた際にどのくらいの仕事をこなしたかという「期間当たりの生産性」が評価の基準になっている。労働時間の上限がある他国では、もちろん「時間当たりの生産性」が求められる。「成果主義」という言葉一つとっても、日本と他国では全く意味が違うものになる。「期間当たりの生産性」が求められる日本では、長時間にわたる残業をこなして“体力勝負”で仕事の量を積み上げる社員が重宝されていた。

残業上限が設定されたことで、各企業の上司が今後、どのような部下を評価することになるのか。短時間で仕事をこなし、さっと帰って翌朝にきちんと出社してくれる、効率のいい部下が「かわいい部下」ということになれば、そこで初めて女性が企業の中で評価される可能性が出てくる。

「月100時間の残業」ばかりが日本国内の報道で強調されたが、労使協定のない職場では残業は原則月45時間以内、労使協定があっても月100時間の残業をした翌月は月60時間以内のキャップかかかることになる。戦後70年で、ようやく初めて残業上限が設定されたことにより注目すべきだ。

人口構造の急激な変化:無策だった日本

日本は1960年代半ばから90年代半ばまでの「人口ボーナス期」(若者の比率が高く、高齢者の比率が非常に少ない人口構造の状態。社会保障費の負担が低く、その分をインフラ投資に回すことができる)という有利な条件の中で、爆発的な経済発展に成功した。その手法が、男性ばかりの同一性の高い組織で長時間労働を行うというものだ。

しかし、高齢化が進行した「人口オーナス期」(オーナスとは「負荷」「重荷」という意味)になると、長時間労働は社会の阻害要因になる。少ない労働人口でたくさんの人を支えていかなければならない社会では、親の介護に必要な時間、また人口減を押しとどめるために、子どもを育てることにも時間の配分をし、限られた時間の中で効率よく仕事の成果を出すことが重要になる。

欧州では日本に先駆けて「人口オーナス期」に入ったが、欧州諸国はおしなべて人口構造の変化を自覚し、それに対応する政策を進めた。限られた生産年齢人口を最大限活用するため、育児女性や介護中の人たちが働きやすい環境をつくって労働力を確保するのが第1。また、未来の労働力を確保するため、少子化対策を推進した。日本の学校の教科書では、欧州諸国のこれらの取り組みを「高福祉政策」という見方で取り上げたが、実際は人口構造の変化を自覚した上での、戦略的な対応だった。

一方で、日本は無策のままに「人口オーナス期」に突入。少子化対策に失敗したことに加え、長時間労働の職場も変わることなく、男性しか働けない労働環境が続いたまま現在に至った。日本が高度成長期に獲得した経済的成功は、現在の中国のそれをはるかに上回るといわれている。この過剰な成功体験が強すぎたのだろうか。急激な人口構造の変化を自覚して経営にあたっている企業経営者は、まだごく少数に限られている。

それらの経営者を見ると、やはり欧州での駐在経験があったり、外資系の企業で経営者としてのキャリアを重ねたりした人たちが多い。米国は常に移民が流入するという人口構造の観点からは“特異な国”であるため、米国事情にだけ精通していては「人口オーナス期」における経営対応という視点はなかなか出てこない。またトップが気付いたとしても、組織全体が「働き方改革」に向けてかじを切るまで意思統一を図り、株主や投資家の理解を得るのも容易ではない。

新しい働き方を中堅・中小企業にも:自治体通じた支援策を

長時間労働の是正、子育てや介護と仕事の両立、柔軟な働き方の実現など、「働き方改革」の方向性、理念については、異論の余地はない。問題は、これらをどうやって日本社会に広げ、実現させていくかだ。そのためには、「この問題に、何とか取り組んでいこう」と考える企業に対し、政府が強いインセンティブを提供することが重要だ。

すでに取り組みが始まり、成功事例と呼んでいいケースが三重県や熊本県などにある。三重県は地方創生を進めるに当たり、県内主要企業の働き方を改革することで、県民のワーク・ライフ・バランスが実現するようにしたい、またそのようなブランディングをすることで「ワーク・ライフ・バランスの取れる三重県に住みたい」と近隣県からの人口流入を促すプランを立てた。この背景には少子高齢化や人口流出による労働力不足、地元企業の業績伸び悩みなどの地域課題があった。

そこで同県は政府の地方創生交付金を活用し、2015年7月から地元企業を対象に「ワーク・ライフ・バランス推進サポート事業」を実施した。「意識改革セミナー」に130社の経営者・労務管理者が参加したほか、うち20社の人事担当者を対象に働き方改革の実践ノウハウを伝授する3日間の「推進キーパーソン養成講座」を開催。さらに、うち13社にはコンサルティング会社が直接入り、具体的な変革事例を作り上げた。

13社のうちの1つ、津市の株式会社中部システムセンター(オフィス機器レンタル業、従業員10人)では、通常の有給休暇とは別に、出産前後の妻のサポート、保育園や学童保育の送り迎えや行事参加、家族の介護などに1時間単位で取得できる「ファミリー休暇制度」(年48時間)を創設。また少人数の組織では遠慮しがちな連休取得を受け入れ、「3連休(土、日を含めると5連休)オーケー」とする制度も導入した。

一方で、同僚の急な休みや中抜けに対応できるよう、顧客情報の共有化や権限移譲による効率化を推進。1人当たりの労働生産性(粗利益/社員数)が前年比15%も向上した。同社はこの経験を糧に、16年5月には「生産性向上、ワーク・ライフ・バランス推進などのコンサルティング」を新たな事業に加え、ビジネスを展開している。

このほか13社の中には、有給休暇の消化がこれまでの3倍になったり、企業内の出生数が2.5倍、結婚数が2倍になったりという成果が報告されている。三重県全体でも、出生率が上がり始めている。男性の働き方が変わると、女性も安心して第2子を産めるようになる。

このような交付金を「働き方改革」でもしっかりと用意し、本気で取り組みたいという自治体がワーク・ライフ・バランス・コンサルタントを活用して地元企業を支援させることが必要だ。特に、中小・零細企業はなかなか自力では改革に取り組めないという事情があるためだ。英国ではブレア政権が2000年の「フレキシブル・ワーキング法」制定時に、2年間の時限で同様の補助金を出している。日本でも今後、法改正から施行までの間に、タイムリミットを設けたインセンティブ制度の導入が望まれる。

バナー写真:九州・山口の9県と経済界による「ワーク・ライフ・バランス推進キャンペーン」の一環として、重さ7キロの「妊婦ジャケット」を着て執務する河野俊嗣・宮崎県知事。このキャンペーンでは2016年、佐賀、宮崎、山口の3県の知事が妊婦ジャケット姿で仕事や家事、買い物などを行い、その模様を記録したPR動画『知事が妊婦に』をYouTubeにアップ。国内外で大きな注目を集めた。(提供:同推進キャンペーン)

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  • [2017.05.10]

株式会社ワーク・ライフバランス社長。1975年、東京都生まれ。日本女子大学卒業後、資生堂に入社。社内のビジネスモデルコンテストで優勝し、育児休業者の職場復帰を支援する新規事業を立ち上げる。2006年にワーク・ライフバランスを設立し、生産性を上げることで残業削減と企業業績の向上を図るコンサルティングを提供。内閣府「子ども・子育て会議委員」、経済産業省「産業構造審議会委員」、厚生労働省「社会保障審議会年金部会委員」などを務めている。著書に『労働時間革命』(毎日新聞出版、2016年)など。

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