特集 憲法改正
「憲法改正」とどのように向き合うか

井上 武史【Profile】

[2017.07.12] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | Русский |

「憲法改正は是か非か」——。改憲論議はこれまで、対立する枠組みを中心に語られてきた。だが、憲法改正への向き合い方は、それだけとは限らない。筆者は、日本国憲法の特徴や現在の問題状況を踏まえた上で、冷静で客観的な議論が必要だと指摘する。

安倍首相の改憲メッセージ

安倍首相は憲法記念日の5月3日に発したメッセージで、2020年までに憲法改正を実現し、同年中にその施行を目指す方針を表明した。首相はこれまでも憲法改正に意欲を示してきたが、今回のメッセージではさらに踏み込んで、上記の具体的な期限や個別の改憲項目(自衛隊の明記、高等教育の無償化)にも言及した。衆参の憲法審査会での議論は、政党間のコンセンサスを重視する方針のためになかなか進んでいなかったが、首相の強いイニシアチブが示されたことで、改憲に向けた動きは加速しつつある。

憲法改正は、国会の各議院において総議員の3分の2以上の賛成で発議されることが必要であるが、最終的には国民投票での過半数の賛成によって成立する。憲法改正がにわかに現実味を帯びてきたいま、国民投票で一票を投じる国民は、改憲論議とどのように向き合えばよいのか。憲法や憲法改正を考えるための基本的な視点をいくつか示したい。

分量の少ない「小さい憲法」

まず、日本国憲法は、国際的に見て分量が著しく少ない憲法である。世界各国の憲法を比較したデータベースによれば、日本国憲法の英訳の単語数は、調査対象となっている190の国と地域の中で、5番目に少ない。主要国の憲法の単語数を比較すると、ドイツ憲法が27379語、カナダ憲法が19565語、スペイン憲法が17608語、イタリア憲法が11708語、フランス憲法が10180語、米国憲法が7762語であるのに対して、日本国憲法は4998語しかない。つまり、日本国憲法にはドイツ憲法の5分の1以下、イタリア、フランスの憲法と比べても半分程度の分量しか備わっていない。憲法の定め方はそれぞれの国の事情によって様々であり得るが、これほどの分量の差はもはや誤差の範囲とは言えない。憲法の単語数が少ないことは、憲法が定めているルールの量が少ないということであり、ここから、日本国憲法には他国の憲法と比べて「小さい」という特徴があることが分かる。

問題は、この事実が何を意味するのかであろう。仮に憲法秩序の全体すなわち国家の運営に必要なルールの総量が国によってそれほど変わらないとすれば、諸外国ではその中で憲法の占める割合が比較的大きいのに対して、日本では憲法の占める割合が相対的に小さい。ここからは、次の2つの可能性を推測できる。

一つは、本来、憲法で定められるべきルールが日本国憲法には抜け落ちている可能性である。例えば、諸外国では憲法で定められることが多い政党や非常事態に関する規定は、日本国憲法には置かれていない。また地方自治についても、基本的原則、地方自治体の権限、国と地方との関係などを詳細に規定する憲法があるのに対して、日本国憲法の地方自治の規定は簡潔である。

もう一つは、憲法の分量が少ないため、それを補うために憲法解釈や法律が重要な役割を果たしている可能性である。例えば、これまでの内閣による衆議院の解散は、憲法に明文の規定がなく、実務上は憲法解釈に基づいて行われてきた。また、法律が重要な役割を果たした例は、1990年代以降の一連の統治構造改革である。衆議院議員選挙に小選挙区制を導入した1994年の政治改革を皮切りに、行政、司法、地方分権、安全保障の各分野で重要な改革が相次いで行われたが、それらはすべて公職選挙法や内閣法などの法律改正で実現された。しかし、憲法改正を経ずとも法律だけで大きな改革ができてしまうのは、憲法の存在理由を疑わせるだろう。

見方を変えれば、憲法の分量が少ないことは、権力を規制する文書としては十分でない可能性がある。主要な立憲主義国の憲法がおしなべて長いのは、そのくらいの分量を備えないと権力を適切に規制できないという考え方に基づいているからであろう。現行憲法に条文を追加して憲法の規制力を高めようとすることは、憲法に基づいて政治を行うという立憲主義の考え方に照らしても望ましい。

改正を一度も経験していない憲法

日本国憲法は、その制定以来一度も改正を経験していない。憲法は政治の枠組みや国政の基本原理を定めるものという性格から、世代を超えて妥当とすべきものとされる。しかし、そうであっても憲法が制定当時の政治的・社会的状況の影響を受けることは否定できない。

現在の日本社会は憲法が制定された70年前と同じではなく、直面している課題も大きく異なっている。憲法が70年間一言一句変わってないという事実は、その間に生じた問題について憲法は何らの応答も示してこなかったことを意味している。

このような日本国憲法の歩みは、もちろん他の立憲主義諸国とは大きく異なっている。1949年制定のドイツ基本法は現在までに60回、1958年制定のフランス憲法は24回、そして1787年制定の米国憲法は通算で18回、戦後だけでも6回の改正を経験している。

各国の憲法改正は、内容的に見ておおむね3つに分けられる。第1は権力関係の不均衡などの統治上の不都合を是正するものである。例えば、フランスでは大統領と議会との「ねじれ」を回避するために、2000年の憲法改正で、7年だった大統領の任期が下院議員と同じ5年に短縮された。第2は現代的な統治技術を導入するものである。統治の制度や技術も時代を経る中で新たに考案されるもので、戦後に広く普及した憲法裁判所はその典型である。第3は新しい原理や権利を追加するもので、環境権などがこれにあたる。また、近年の欧州諸国では、財政健全化原則や死刑禁止原則が憲法に書き込まれる傾向にある。

興味深いのは、フランス憲法が定める男女同数(パリテ)原則である。フランスでは女性の社会進出が遅れていたが、1999年の憲法改正で同原則が新たに憲法に定められ、それに伴い比例代表名簿では男女を交互に配置することが法律で義務づけられた。その結果、2015年の統一地方選挙では女性議員が全体の約48%を占めるに至っている。諸外国では憲法制定後に生じた問題についても、憲法改正で対処していることが分かるだろう。

現在の日本が抱える憲法問題

それでは日本はどうなのか。近年では、衆議院と参議院とで多数派が異なる「ねじれ国会」の経験から、「強い参議院」という問題が認識されるようになった。1990年代以降、参議院選挙の敗北によって首相が退陣するという現象(例えば1998年参院選後の橋本内閣の総辞職)が見られるが、それは憲法が予定する事態ではない。内閣の存立はもっぱら衆議院の信任に依拠するというのが憲法の考え方である。そこで権力の調整という観点から、参議院のあり方や二院制そのものの意義を見直すことには十分な理由がある。

また、法律が憲法に適合するか否かを審査する制度である違憲審査制も十分には機能していない。最高裁が法律を憲法違反と判断したのは、憲法施行70年間でわずかに10件しかない。これは、諸外国に比べても極端に少ない。

選挙後に必ず提起される一票の格差訴訟についても、最高裁は投票価値に不平等があると言い続けながら、いまだかつて一度も選挙を無効としたことはない。最初の裁判から40年以上経過しているが、最高裁はこの問題をいまだ解決できていないのである。現在の裁判制度がよいのか、それとも現代憲法の標準装備である憲法裁判所を設置した方が良いのかを、真剣に議論すべき時が来ているように思う。

環境問題やプライバシー侵害など、70年前には意識されなかった問題に対処することも必要であろう。さらに、少子高齢社会という現在の日本が抱える問題への指針や原則を憲法で定めるという方法もある。「世代間の公平」や「将来世代への責任」を憲法の基本原理に掲げて、均衡予算や世代別選挙などの具体的な政策を実現することも不可能ではない。また、国会の女性議員の割合が2割にも満たない日本では、フランスのように公選職での「男女同数原則」を憲法に掲げることも一考に値するのではないか。

憲法の不備を補い、現在直面する課題に対処するために憲法改正を行うべきかどうかは、憲法施行から70年を経た現在の国民が議論して決めることである。これからの改憲論議では、憲法改正を是とするか非とするかという従来の枠組みにとらわれず、憲法の特徴や現在の問題状況を踏まえた冷静で客観的な議論が求められる。

バナー写真:天皇制をテーマに自由討議が行われた衆院憲法審査会=2017年6月8日、国会内(時事)

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  • [2017.07.12]

九州大学大学院法学研究院准教授。専門は憲法。1977年生まれ。京都大学法学部卒業。同大学院法学研究科博士後期課程修了。2008年に京都大学博士(法学)取得。京都大学助教、岡山大学准教授、パリ第1大学客員研究員を経て2014年から現職。著書に『結社の自由の法理』(信山社、2014年 比較憲法学会・田上穣治賞)、共著に『憲法裁判所の比較研究』(信山社、2016年)、『一歩先への憲法入門』(有斐閣、2016年)など。

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