特集 戦後70年談話
安倍談話: 首相のジレンマを反映、課題残す

アンドルー・ゴードン【Profile】

[2015.08.21] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | العربية |

世界中の注目を集め、物議を醸した安倍晋三首相の「戦後70年談話」。このメッセージに込められた意味、内外での受け止められ方について、談話の“枠組み”作成に関わった関係者、海外の識者らが考察する。

安倍晋三首相が8月14日に発表した「 戦後70年談話 」は、村山富市首相 による1995年の戦後50年談話、そして2005年の小泉純一郎首相 による60年談話と比べてはるかに長文である。また、自身が未来に焦点を当てたいとの希望を表明していたにもかかわらず、安倍談話は過去への言及が圧倒的に多い。これらの二つの事実は、いわゆる歴史問題が安倍首相自身にとってやっかいな課題であり、また日本にとっても、依然として克服できない問題であることを物語っている。

長文になった背景

安倍首相にとっての大きな難題は、ふたつの相反する見解に対してなんとか折り合いをつけることだ。ひとつは、首相自ら過去に表明し、また自身の支持基盤である右派団体「日本会議」などで共有されている、悔悟の念に乏しい考え方だ。もうひとつは諸外国が期待するような、村山談話、小泉談話を踏襲する率直な謝罪の念である。この両方となんとか折り合いをつけようとしたために長文になったといえる。この中には「侵略」「植民地支配」「反省」「おわび」という過去の談話の4つの「キーワード」が盛り込まれた。ただ、その言及は間接的であり首相自らの言葉としてではないが。

それでも、70年談話の発表前には、安倍首相は過去の談話をここまで尊重しないのではと懸念させる背景が十分にあった。

安倍首相は戦時下の閣僚であり戦後に首相を務めた祖父の岸信介(首相在任:1957-60年)を深く敬愛しているが、岸氏は公然と日本が侵略戦争を行ったことを否定していた。首相自身、「正論」2009年2月号への寄稿で「村山さんの個人的歴史観に日本がいつまでも縛られることはない」と述べ、村山談話から解放されたいとの希望を表明している。2013年にも首相は日本の戦時中の行為を侵略と表現することを拒否した。そして14年には、慰安婦制度について謝罪した1993年の 河野洋平官房長官談話  の作成過程に関する検証作業を開始した(編注:最終的に政府としては河野談話の見直しは行わない方針を打ち出す)。

だが、結局安倍首相は8月14日の談話で、日本が「中国、東南アジア、太平洋の島々など」の何の罪もない人々に「計り知れない損害と苦痛を与えた」事実を認めている。また談話は間接的に日本が「侵略」と「植民地支配」を行ったことを認め、「二度と」このような行為を行わないことを約束している。そして歴代内閣が表明した「痛切な反省と心からのおわび」と日本全体としての「悔悟の念」を確認している。これらの表現は世界の多くの人に歓迎されるであろう。

言及のなかったことに対する懸念

侵略についての間接的言及や他者を引用するかたちでの謝罪は、もどかしい。とはいえ、とにかく4つのキーワードは語られた。むしろ、より懸念されるのは言及のなかった部分に関わっている。

日本の20 世紀の歴史、そして現在の和解への努力の中心にあるのは二つの問題だ。戦争責任と植民地支配に関する責任である。談話は、「21世紀構想懇談会」の 報告書 と同様に、日本の戦争責任について 妥当な見解を示している。報告書は、1970年代に日中両国が国交正常化した際に共有した認識に沿って、日中戦争は日中両国民を犠牲にした日本の軍国主義者の責任としており、談話も暗にこの見方に同意している。

しかし一方で談話は、報告書と同様に、植民地責任についての扱いが弱い。この点については欧米諸国も不十分で、困難を伴う分野である。談話は日露戦争(1904-05)での日本の勝利が植民地支配に苦しむ多くの人々を「勇気づけた」と明確にその功績をたたえている。しかし驚いたことに、この戦争により日本の朝鮮半島に対する軍事的占領とその後の植民地化が始まったというもっと重要な事実については言及がない。

大日本帝国のために軍人、労働者として徴用された韓国・朝鮮人の苦しみについて言及がない。いわゆる慰安婦の被った苦しみについては遠回しに言及しているが、日本の軍部がこの強制的な制度をつくったということに関しては、何の認識も示していない。欧米諸国が、また中国までもが日本に対して示した寛容さについてほめたたえることにより、談話は暗に、しかしながら間違いなく、韓国・朝鮮人が日本の和解に対する努力を受け入れないことを非難している。

子どもたちに何を伝えていくのか

この植民地支配の責任に目をつぶる姿勢は、20世紀初頭の日本の在り方に深く根ざしている。当時の日本の指導者たちは、植民地を持つ大国として自分たちが行ってきた行為の問題性を自覚することなく、欧米の帝国主義を批判していたのである。悲しいことに安倍首相の談話はそのような見方を反映しているのだ。

将来に向けては、談話は最も重要な段落で「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫や、そしてその先の世代の子供たちに」対して際限のない謝罪を行う宿命を負わせないと約束している。そして「私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります」と力強く約束している。

観念的には、これは筋が通った、賞賛にさえ値する姿勢といえる。しかし私は、現世代の日本の指導者たちが、将来の謝罪の負担を無くすために必要とされる謙虚な歴史認識を次世代に伝える義務に、積極的ではないことが気になっている。安倍談話におけるこうした誓いが本当に意味を持つためには、日本の教育者、学者、一般市民、そして世界中の人々の英知と勇気が必要だろう。

(2015年8月17日 記 原文英語)
(バナー写真:ソウル駅で安倍首相の談話発表を見る韓国市民© 聯合/アフロ)

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  • [2015.08.21]

米ハーバード大学教授。日本の近現代史・労働史が専門。1952年生まれ。1981年ハーバード大学で博士号取得(歴史・東アジア言語)デューク大学教授を経て 1995年以降ハーバード大学歴史学教授。執筆、編集、翻訳書多数。 最近の著書に『ミシンと日本の近代—— 消費者の創出』(原著 Fabricating Consumers: The Sewing Machine in Modern Japan)(みすず書房、2013年)等。現在は1990年代、2000年代の日本の「失われた20年」ついての研究に取り組んでいる。

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