「スペイン語圏には戦略的価値がある」ビクトル・ウガルテ セルバンテス文化センター東京館長

経済・ビジネス 文化

スペイン政府がスペイン語圏文化の振興とスペイン語教育促進などのために世界中に設立しているセルバンテス文化センター。東京支部のビクトル・ウガルテ館長が、「内向き志向」の日本の若者への要望とともに両国の交流の将来像を語る。

ビクトル・ウガルテ Víctor UGARTE

セルバンテス文化センター東京館長。1963年、バルセロナ生まれ。バルセロナ大学卒業。財務関連の仕事に従事した後、2001年創立のスペインのアジア文化普及機関、カサ・アジアでメセナディレクターなどを務める。セルバンテス文化センター東京には設立準備から携わり、07年9月の会館と同時に館長に就任。

——日本の文化に詳しくて歌舞伎も大変お好きだと聞いていますが、日本に関心をもたれた経緯をお聞かせください。

「祖父母や両親が何度も日本を訪問していて、お土産に黒沢監督や小津監督の映画のポスターを買ってきてくれていました。それで子どものころから日本のことを知ったのです。空手も習っていました」

——逆に、いまセルバンテス文化センターでスペイン語を学ぶ日本人たちが、スペイン語圏の文化に関心を持つきっかけはどのようなものですか。

「『旅行に行きたいから』という理由が一番多いですね。音楽やガウディの建築物などから関心を持つ人も多いようです。最近の傾向は、サッカーです。明治大学が4000人のスペイン語学習者に対して行った調査によると、その7割がサッカーをきっかけにスペイン語を学び始めたということです。スペイン料理など、他の分野にも広く関心がもたれているようですが、やはりサッカーですね」

サッカー観戦は横浜が2度目?

——ウガルテ館長もバルセロナ出身ですが、2011年12月に日本で開催されたFIFAクラブワールドカップでFCバルセロナが優勝。メッシ選手は日本でも大変な人気です。

「実は、サッカーは2回しか見たことがありません。そのうちの1回は2011年12月に横浜で行われたクラブワールドカップの決勝です。という訳で、私自身はサッカーについて詳しくないのですが、日本でのこのブームは当センターとしても積極的に活用させてもらいたいと思います。最近のスペインでは、経済の暗い話題が続いている中で、世界一のサッカーチームがあるということを、多くの国民が誇りに感じています」

——サッカーと旅行がきっかけという日本人の語学学習の現状を物足りなく感じたことはありませんか。

「サッカーやフラメンコも重要です。しかし、スペイン語は経済的な重要性も高まっているということをぜひ、知ってもらいたいと思います。スペインだけでなく、スペイン語圏である中南米の国々は年々経済力を増していますが、日本ではまだ、そのポテンシャルが理解されていないように感じます。

世界のスペイン語の学習者は1千400万人に上っていますが、たとえば、中国は、直接投資額においてスペインを抜き、ラテンアメリカに対する主要な投資国の一つとなっており、多くの中国人がスペイン語を学んでいます。一方、日本ではスペイン語を学ぶ学生についての正しい統計はありませんが、15~20万人程度だといわれています。それも、マイナー言語として勉強されているにすぎません。日本にとっても、輸出先の拡大などを考えれば、スペイン語圏は戦略的に価値のある地域だと思います。ぜひ、この地域を視野に入れるべきではないでしょうか。

日本人のスペインに対する関心が趣味の領域に限定されているのは、スペイン語に対する日常的な必要性を感じないからだと思います。たとえば、ポーランドには2つのセルバンテス文化センターがあって、非常に多くの人がスペイン語を学んでいますが、スペインとつながりを持ち、スペイン語が必要とされる仕事を探すことを目的としているため、みな非常に真剣です。中国のセルバンテス文化センターの学生も増加していますが、スペイン語をどのように仕事に生かすかを念頭に勉強しています。

セルバンテス文化センターは、企業を対象にした講座も準備していますが、他の国の企業に比べると、日本は生徒の数も少なく、参加する企業も7~8社と非常に少ないですね。

ほかの国々と比較すると、日本の学習の姿勢は、非常にリラックスしているといえるかもしれません(笑)」

スペイン語は中国語に次いで世界ナンバー2

——スペイン語圏のビジネスチャンスに日本人が目を向けないのは、最近のユーロ圏の経済危機などの問題もあり、不安を感じているからでしょうか。

「スペイン語は、中国語に続いて世界で2番目に母国語としている人が多い言語です。さらに、母国語以外でコミュニケーションに使う言語としても、英語に続いて世界第2位です。また、スペイン語が母語の人、スペイン語を母語に次いで第2言語とする人及びスペイン語の学習者を加えた総話者数は、現在4億5千万人に上っており、まもなく5億人に達するでしょう。日本には多くの情報が入ってきていて、日本人は知識も豊富なのに、この話をするとみなさん大変驚かれる。

EUの財政危機等については、日本とスペインの関係はまったく問題がありません。円高が進んだためか、2011年にスペインを訪れた日本人観光客数は、ここ数年で最高を記録しました。また、現在のスペインの経済状況は、日本のバブル崩壊後に似ています。このため、スペイン国内では日本経済への関心が高まり、バブル後の対応を研究している人もいます。こういう時期だからこそ、日本の若い人たちには、スペインや、世界のスペイン語圏に関心を持ってもらいたいですね」

——最近の日本人の若い人は、「内向き」で海外に出たがらない。そういう環境の中で、セルバンテス文化センター東京の初代館長に就任されて、ご苦労も多かったのでは。

「センターでは毎年200回ほど、文学、ダンスなど幅広いジャンルのイベントを開催していますが、いつも盛況で、入りきれないほどの参加者がいます。これだけの人を集められるというのは成功だと考えています。語学を学ぶ受講者数も右肩上がりで、スペイン教育文化スポーツ省が主催するスペイン語能力試験DELEの受験者も、平均で年35%ずつ増えています。

また、スペイン本国や、スペイン語圏から毎年80~90人の著名人を招いて講演会などを開いています。ほとんどの人が来日すると日本好きになって帰国してくれるのも、当センターにとっては大きな成果といえると思います。みな母国で日本のことを宣伝してくれますから、セルバンテスセンター東京は、日本にとっても利益をもたらしていると思います。

唯一の問題が、若い人がなかなか集まってくれないことです。10代後半から20代前半くらいの生徒の数が伸びません。大学生を取り込みたいのですが、センターを訪れる日本人の25%にすぎないのです」

慶長遣欧使節派遣から400年で記念行事

——日本とスペインの交流といえば、2013年が支倉常長の慶長遣欧使節団派遣から400年にあたることから、特別なイベントを準備されているそうですね。

「日本とスペインの交流史の中で非常に重要な節目だと考えています。2013年に向かって、スペイン大使館だけでなく、スペイン政府が数々の催しを準備しているところです。特命大使も任命されたほどです。

スペインだけでなく、日本でもいろいろな企画があります。総合的なスペイン文化やダンス、演劇等の公演、絵画の展覧会のほか、使節団の歴史的意義についてさまざまな側面から検証する展示を博物館で行う予定があります。

セルバンテス文化センターも、そうした企画と合わせて、通常以上に様々な催しを行っていく予定です。2012年9月には、当センター主催のシンポジウムを行います。日本とスペイン両国だけでなく、使節団派遣の1600年代にスペインと深いかかわりがあった、フィリピンやメキシコなどからもパネリストを招く予定です。

他にもいろいろなイベントを行いますが、記念の年に1回だけ開催して終わるのではなく、継続的なものにして、日本とスペインの交流を深めていきたいと思います」

——スペインから著名な方が来日されたら、ぜひnippon.comでも紹介させてください。

「2012年1月、現在フラメンコジャズ界最高のピアニストと呼び名が高いチャノ・ドミンゲスが当センターに来て講演とデモンストレーション演奏をして帰国したばかりです。

2011年6月には、ノーベル文学賞作家のマリオ・バルガス=リョサさんを招いて、歌舞伎に関するイベントを行いました。大江健三郎さんも来場して、日本とスペインのノーベル賞作家が二人並んで観劇するという非常に豪華な顔合わせになりました。

2人のノーベル賞作家、(左から)大江健三郎さん、マリオ・バルカス=リョサさんと、ウガルテ館長(写真提供・セルバンテスセンター東京)

実は、大江さんはスペイン文学への造詣が深く、中でもセルバンテスのファンで、「ドン・キホーテ」の登場人物を模した人物が出てくる作品もあるほどです。私が当センターの館長になってから、現代のスペインで最も影響力がある作家といわれるハビエル・セルカスの作品を持って大江さんのご自宅を訪ねたことがあります。その後、大江さんが新聞で本を紹介してくれたことで日本でもセルカスの作品が読まれるようになった経緯もあり、大江さんのような著名な方とおつきあいできることをとても幸運に思っています。」

もっと女性を大切にしてほしい日本

——ウガルテ館長は、日本とスペインの距離を近づけるのに尽力されてきましたが、日本でなじめない点、理解できない点などはありますか。

ヨーロッパと比較したときに、女性の社会的地位が低いことが非常に残念です。日本は世界有数の先進国であるにも関わらず、女性の社会進出が遅れているのはなぜなのか、理解に苦しみます。

また、外国人として率直に申し上げると、年配の方の中に外国人に対してマイナスイメージを持っている方がいらっしゃるように思います。もちろん、これも時が経てば変わっていくことと思いますが。日本は、少子化がすすみ人口も減少傾向にあります。これからは外国人の労働力を頼らなければならない時代がやってきます。そのためにも、外国の文化、言語に目を向けてもらいたいと思います。なかでもスペイン語を学びたいと思ってもらえるとうれしいです」

聞き手=原野 城治(一般財団法人ニッポンドットコム代表理事)
撮影=川本 聖哉

スペイン 慶長遣欧使節