「いま小説にしかできないこと」作家・平野啓一郎
パリ国際ブックフェアに招待されて
[2012.03.14] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS |

世界屈指のブックフェアとして知られるパリの「サロン・デュ・リーブル」が3月16日から19日に開かれる。32回目の今年は、15年ぶりに日本が招待国となり作家20人が招かれている。招待作家のひとり、小説家の平野啓一郎さんに話を聞いた。

平野 啓一郎

平野 啓一郎HIRANO Keiichirô1975年、愛知県に生まれ、2歳から18歳まで福岡県で育つ。京都大学在学中の1998年に執筆した処女作の『日蝕』で翌年の芥川賞を受賞。以後コンスタントに小説を発表し続ける。近作に『決壊』(2008年)、『ドーン』(2009年)、『かたちだけの愛』(2010年)。現在マンガ雑誌「モーニング」(講談社)に『空白を満たしなさい』を連載中。2002年には、19世紀のパリを舞台にショパン、ドラクロワらの人間模様を描いた『葬送』を刊行。2005年に文化庁の文化大使としてパリに1年間滞在、2011年度フランス観光親善大使に任命されるなど、フランスとの関わりが深い。『日蝕』のほか、『一月物語』と『最後の変身』がフランス語で出版されている。

——パリでは今回、日本が招待国となった理由にもあるように、やはり「震災」というのが大きなテーマになるでしょうね。

「仮に震災がなかったとしても、フランスや日本のような文学の長い伝統をもった国の作家同士が語り合う機会をもてるのは非常に有意義なことです。ゼロ年代に入って、インターネットが飛躍的に普及したり、テロが各地で起きたりと、世界が激動の時代に入っています。その中で小説家は何を書くことができるのか、この新しい世界をどう描いていくのか、語り合うことはたくさんある。しかし何より今回、日本は、テロとは別の形の、先進国がほとんど経験したことのないようなカタストロフィに直面しました。そういう体験をした作家たちが、一度にこれほどの人数で、様々な視点から日本を語るということには大きな意義があると考えています。参加する作家一人ひとりは、それぞれ違った見方や問題意識をもっているはずです。そうした異なる意見を通じて、フランスの読者や作家の方々に何かを感じ取ってもらえたらいいと思います」

——いま日本の作家たちがフランスでどんなメッセージを発するのか、大きく注目されていると思います。平野さんはどんなことを伝えたいですか。

「特にメッセージを用意しているわけではないんです。フランスでも、インターネットを含むメディアを通じて、多くの人が震災や原発に関してかなりの情報をもっているのではないかと思います。今回は日本の作家がフランスの方々に語りかける機会ではありますが、同時に我々にとっても、日本が外からどんなふうに見えていたのかを知る場になるはずです。読者や作家とじかに接することで、メディア越しには得られないことを、お互いが感じとれるのではないかという期待があります。その中で語るべきことが見えてくる。語り合う中でいろいろな発見があると思います」

震災によって考えさせられた「時間」

——フランスでは、やはり原発についての関心が高く、そこに質問が集中することも考えられます。

「自分の立場を言えば、原発には反対です。廃止すべきだと思います。あんなことになって、安全だと言うのはもう完全に説得力がない。今回の震災では、政治、環境、エネルギーといった様々な問題が噴出しました。ただし、文学はジャーナリズムとは違う。小説を書くということには皮膚感覚から始まるものがある。ひとりの人間の生活を描くところから出発して、どこかで人間一般に関わる表現に到達するものだと思います。だから僕は、あくまで小説家として発言し、人々の感じ方を小説家として受け止める。そして今回のフランス滞在の後、こうした語り合いの成果を通じて、最終的には小説を書くということにつなげていきたい」

——昨年9月から、マンガ週刊誌の『モーニング』で長編小説の連載が始まりましたね。作品に震災からの影響はありますか。

「もちろん影響はありますが、すでに構想は震災前から練っていたので、震災を直接扱っている作品ではありません。原発について、復興について、被災者への支援について語ることは、確かに非常に重要です。しかしそれ以外にも、小説を通じてしかうまく表現できないことがある。小説家として僕はそう考えています。例えば時間の問題があります。我々は、千年に一度の自然災害を体験し、十万年も残る原発の廃棄物の問題に向かい合っている。こうした途方もない時間と、日常の時間感覚をどうすり合わせたらよいのか。あるいは、昨日まであった街がそっくり消えてしまう、昨日まで自分の隣で語りかけてくれていた人が突然いなくなってしまう。そういうことを、小説を通じて根気強く考え、表現していきたい」

——フランスで、日本語からの翻訳出版は英語に次いで2位だそうですが、その多くはマンガですね。マンガの人気に比べて、小説がやや元気がない印象は否めません。マンガ雑誌で小説を連載している立場からご覧になって、いかがですか。

「日本のマンガ雑誌というのは、総合出版社が出しているから、マンガの部署の中にも本当は文芸がやりたいんだ、という編集者もいるんですね(笑)。『モーニング』の編集部にも僕の小説を好きな人がいて、前から連載のオファーを受けていました。僕としても、『モーニング』は文芸誌よりも発行部数がずっと多い(※)ですし、自分の読者の幅を広げるという意味で興味深い話だと思ったので引き受けました。マンガと小説ということについては、やはり別のジャンルですから、お互いを取り巻く状況は、あまり関係がないと感じています。確かにパリの大学の日本語科に入る学生には、アニメやマンガ、映画がきっかけになっている人が多いですね。今回のパリでのイベントが、日本文学の面白さを知ってもらえる機会になればいいと思っています」

——日本では近年、フランス文学への注目度が昔に比べて低くなっている。こうした状況についてどうお感じですか。

「僕は子どものときからフランス文学が好きで、日本以外ではフランスからもっとも大きな影響を受けました。全体としてみれば、確かに70年代のヌーヴォーロマン以降、日本でフランス文学はあまり読まれなくなってきましたが、80年代末の現代思想ブームもありましたし、ゼロ年代から最近また少しずつ影響力を取り戻しているような気がします。特に(ミシェル・)ウエルベックは日本の若い世代の作家や批評家に大きな影響を与えています。今後またフランスのものが盛んに読まれていくんじゃないかな。日本文学も以前ほどフランスで読まれなくなってきましたが(笑)、新しい作家の作品も訳されはじめていますし、期待しているところです」

協力=在日フランス大使館
聞き手=原野 城治(一般財団法人ニッポンドットコム代表理事)
撮影=川本 聖哉

パリ・サロン・デュ・リーブル Salon du livre de Paris 2012

平野氏ら出席のもとフランス大使館で行われた記者会見とレセプションでは、詰めかけた多くの人々を前に、マセ駐日大使が今回のイベントの大きな意義を語った。

1981年より毎年春に開かれる世界屈指のブックフェア。パリ南西端にあるポルト・ド・ベルサイユの展示会場で行われる。およそ1200の出版社がブースを出展し、欧州の出版業界にとって最大の見本市であるだけでなく、一般の読書人にとっても5万㎡を超える「メガ・ブックストア」を訪れる機会となる。サイン会や対談、討論会など多くのイベントが行われ、読者と作家の交流の場でもある。2011年には4日間(一般向けは3日間)で18万人の入場者を集めた。

毎年、特定の国や言語がメインテーマとなるが、今年は震災1周年への思いを込め、日本が15年ぶり2度目の招待国に選ばれた。平野啓一郎、ノーベル賞作家の大江健三郎、島田雅彦、江國香織といった小説家に加え、詩人の吉増剛造、漫画家の萩尾望都などさまざまな分野の作家20人が招待されている。これらの作家とフランス人作家との対談をはじめ、興味深いプログラムが連日切れ目なく組まれている。このほか、特設の「日本パビリオン」では、日本や日本関連の図書およそ2万冊が展示・即売され、東日本大震災に関する写真展も催される。

招待作家一覧
日本関連イベントのプログラム

 

(※)^ 「モーニング」は週刊誌で1号あたりの発行部数は31万1000部。一方、同じ講談社が出版する月刊文芸誌「群像」の発行部数は1号あたり7000部(2011年10月~12月期、日本雑誌協会調べ)。

  • [2012.03.14]
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