「トップの決断と実行で企業は変わる」坂根正弘・コマツ相談役
[2013.07.30] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | ESPAÑOL |

日本経済の再生につながるかどうか注目されるアベノミクスの「日本再興戦略」。産業競争力会議の民間議員を務める坂根正弘コマツ相談役が、その評価やモノづくり産業復活への課題を語った。

坂根 正弘

坂根 正弘SAKANE Masahiroコマツ相談役。1941年生まれ。島根県出身。1963年大阪市立大学工学部卒後、コマツ入社。1991年小松ドレッサーカンパニー(現コマツアメリカ)社長、2001年代表取締役社長に就任。直後に創業以来初の赤字に直面するが、構造改革を断行し、翌期にはV字回復を達成。2007年代表取締役会長、2010年取締役会長、2013年4月から現職。著書に『ダントツ経営』(日本経済新聞出版社)、『言葉力が人を動かす』(東洋経済新報社)などがある。

アベノミクスの3本目の矢である「日本再興戦略」が6月14日閣議決定された。民間議員の1人として、政府の「産業競争力会議」で策定に加わってきた坂根正弘コマツ相談役(日本経団連副会長)に成長戦略のポイントなどを聞いた。坂根氏は「トップの意識と決断でこの国は必ず変われる」と指摘。さらに苦境に陥っていたコマツがV字回復を果たした経験を踏まえ、日本企業が元気を取り戻すために立ち向かうべき課題やモノづくり産業のあるべき姿を語った。

アベノミクスはすべてを網羅している

——成長戦略「日本再興戦略」について、議論に加わったお立場からどう評価されますか?

「総花的過ぎる、踏み込みが足りないといった批判もありますが、一番大きな問題は、デフレ克服がそう簡単ではないからここまで長引いてきたことです。産業構造や社会構造など根の深い問題に取り組まねばならないのに、毎年のように首相が交代してきました。過去10数年で在任期間が一番長かった小泉純一郎元首相も残念ながら、郵政民営化問題が最大のテーマで“政官”中心の構造改革に終始し、民間を巻き込んだ国民的運動にはならなかった。

私は、小泉首相が就任した2001年に、どん底状態だったコマツの社長に就任しました。小泉さんに倣ってわが社の構造改革をやり、今では相当自信を取り戻しました。小泉さんがあの強力なリーダーシップで、今のアベノミクスのような経済政策をやっていたら、日本は相当変わっていたと思います。それだけアベノミクスはすべてを網羅しており、今後より重点指向しながら、長期的な取り組みをしないとダメだということです。

1人のリーダーが4年くらいは政権運営することが必要です。そのためにも、今度の参院選では(国会の)ねじれ現象を解消しなければ安定政権にならない。構造問題の解決はそう簡単ではない。とにかく安定政権が必要です。だから『支持率が高い安倍首相に任せてみよう』という動きが出てきたことは、最大の収穫といえます。選挙が終われば、安倍さんは政策のポイントを相当絞り込んでくると思いますね」

規制緩和しても民が動かなければ効果がない

——自民党や民主党の歴代政権は「成長戦略」をいくつも策定してきました。今回はどこが違うのです。

「その点こそ、私が産業競争力会議の中で一番強調した点です。議員の中には成長戦略は歴代内閣が作ってきたものがあるので、今さら作らなくても…と発言される議員がいました。私は『それは違うのではないか』と反論したのです。小泉改革の時に何が問題だったかといえば、民を巻き込まなかったことです。規制緩和をしても民がその気にならなければ効果は出ません」

——経済財政諮問会議もありますね。

「経済財政諮問会議はマクロの議論が中心。その議論からいきなり規制改革のミクロの議論に入ってしまっては、何のつながりもない。今回はその中に、産業競争力会議が存在しました。成長戦略はほとんどのことが規制改革に関係するわけです。そこで、私が主張したのは『規制が先ではないですよ。規制改革したら民がやるというのではなく、民が何かをやろうとすることを規制が邪魔している。だから規制を取り除き、民が動けるようになって初めて経済が成長していく』ということでした」

経済界が直面している現状の認識共有を

——産業競争力会議の場で、具体的に提起された点はどのようなことですか。

「私は第1回の会議(2013年1月)で、『この国に傍観者はいらない。皆が一丸となって“隗より始めよ”と総理が呼びかけられたらどうか。国民は支持しますよ』と安倍首相に申し上げました。いきなり具体的な施策の検討に入る前に、日本の産業界が直面している現状の問題をどうとらえればよいのか、という議論から始めるべきではないか。そうした認識を皆で共有してはどうか、と提案しました。

同時に、産業競争力強化の議論で常に指摘される『なぜ企業ばかり優遇するのか』という点についても、まず国民にしっかり説明し、理解を得たうえで進めるべきではないか、と訴えました。企業が生み出す付加価値は日本全体で約275兆円あり、このうち177兆円は雇用者報酬(従業員の給料)で、GDPの約6割を占める個人消費の源泉です。この部分を1%増やすだけで、1.7兆円の仕事を生み出せる。これだけの金額は、新規事業分野からは簡単には生み出せない」

——新規分野だけではだめですか?

「ニュービジネスも大切ですが、これに過度な期待をかけても国を支える規模には容易にならない。まずは勝ち組ないし、近い将来勝ち組になるポテンシャルを持つ既存分野に重点投資することが重要です。日本は技術で勝ってビジネスで負けることが多い。この原因はトップリーダーが強い意志を持って、ビジネスモデルや世界の標準づくりを目指すといった継続的な取組みに弱点があるからです。国レベルだけでなく、民間でも多くのプレーヤーが横並びで技術イノベーションを追求するような、日本独特のやり方は大きなムダです。それぞれ特色をもったイノベーションを各企業がトップダウンでリードすべきです」

コアのモノづくりコストでは海外に負けていない

——「失われた20年」といわれたデフレ下で、お家芸のエレクトロニクス、家電業界などが国際競争力を大きく低下させました。日本の強みである“モノづくり”復活への課題は何でしょうか。

「電子・家電業界には、かなり同情的です。われわれの建設機械業界はバブル崩壊の影響を最初に受け、需要がなくなるくらい落ち込んだ。だから海外志向せざるを得なかった。それに比べると、家電メーカーは国内市場が大きかったので、海外志向はその分、後れを取った。建設機械業界では今でもコマツの約2倍の規模の巨人(米キャタピラー社)が健在です。われわれは“ゆで蛙”になる前に熱湯の中から飛び出した。米国内に強い競争相手が残っている業界のほうが、結果的に日本企業も生き残っている感じです。

“ゆで蛙”になってきた業界が、日本のデフレを長引かせてきたことがあるとも言えますが、私が言いたかったのは、『こんなに日本が自信を失うのはおかしい』ということです。それが出発点でした。米国子会社で8年仕事をして、海外から日本を見て、為替レートの問題程度で日本企業が負けるわけがない。わが社はコアのモノづくりの部分でのコストの差はそれほどない、というのが実感でした。やるべきことをやれば結構いけるぞ、という確信を得た。だから、私の目から見れば、多くの日本企業に『本当にモノづくりのコストで海外勢に負けているのですか』と問い返したい」

製造業を復権させたドイツから学ぶことは多い

——成長戦略の実行で、日本の競争力回復は可能になりますか?

「日本は、政も官も学も民もトップが変われば必ず変われる、と思っています。それだけの力を持っている。そして、20年、15年前との大きな違いはアジア諸国が成長してきたことです。そこで私がよく比較に出すのが、製造業を見事に復活させたドイツの例です。ドイツから学ぶことは多い」

——具体的にどういうことですか。

「ドイツは日本と同じモノづくりの国ですが、EUに加盟しユーロを導入して通貨を安定させた。16州による連邦国家で成り立ち、各地方には有力企業がいくつもある。企業の法人税負担や社会保障負担を軽減し、会社法を改正し、企業の新陳代謝を促進した。農業、林業などの一次産業も復活し、食料自給率は1960年代には日独とも70%程度だったが、現在では日本が40%なのにドイツは88%です。見事にいろいろな分野で参考になる。

日本は1980年代に『ジャパン・アズ・ナンバーワン』と言われてきたが、あの頃から、他国から学ぶことを忘れてしまった。われわれの業界には、米国に強い企業が残っているから学んできた。いまだに世界一のキャタピラー社に追いつけない。ちょっと厳しい見方かもしれませんが、家電分野などでは米国勢を駆逐した後、新興国企業から追い上げを受けた。学ぶことを忘れてきたのではないでしょうか」

——日本企業は自分たちの弱点を知らないまま来てしまった面があると?

「『自分達の本当の強みを知り、これをより磨こう』というのが、私の持論の前提です。だから、どの部分が本当に負けているのか、よく分析する必要がある。手を広げ過ぎた余分な部分や問題部位を探り当てたら、あとは経営トップが社員によく説明し、自信を持って思い切ったメスを入れる。必ず復活できると思います。業界再編を言う前にトップは自社の体力があるうちに、企業内で“選択と集中”を図り、社内の新陳代謝を思い切ってやることが重要。トップが決断しやるべきことを実行すれば、政治も民間も含めて、この国は変われるということです」

中国経済で日本の役割は結構大きい

——日本の成長戦略にとって重要な対中ビジネスについてはどうお考えですか?

「対中ビジネスについて言えば、コマツはリーマンショックで世界が低迷する中、中国の建設ラッシュで2010年度には売上高の21%まで伸ばしました。しかし、中国の需要は2011年6月ころから落ち始め、現在は売上高の7%程度まで低下しています。一方で、日本国内は復興需要などで17%くらいまで盛り返し、北米の売上高も同程度です。中国市場は尖閣諸島問題で大騒ぎした2012年秋からは逆に持ち直して、今年に入り春以降は対前年比プラスが続いています。問題は、中国国内でおカネが回っていないことです。工事着工計画はたくさん出てくるが、実際に着工しようと思っても過去の債務への支払いなどでなかなか新規着工できない状況です。それでも、中央政府は環境関連や農業水利といった分野へ地道な投資は増やしています」

——今後の見通しはどうですか。

「わが業界から見ると、中国経済は底を打ち、これ以上悪くはならないだろうという状況です。恐らく日中、日韓関係もそれぞれの国内経済が良かったらこんなことにはなっていなかったのではないかと思います。経済が悪いから、国内の目を外に向けさせようとする。中国の経済にとって日本の役割は結構大きい。尖閣問題があった頃もコマツの中国人従業員たちは冷静でした。われわれが中国から逃げ出すなんてあり得ないですね。今ではモノづくりの業界には、騒ぎの影響は出ていないのではないでしょうか」

石川県の看板企業として地域活性化にも貢献

——コマツは地域の活性化にも大いに貢献していますね。

「コマツは石川県の小松市出身の代表的企業ですから、地方活性化も意識しています。北陸地区は全国の工場の中でも一番生活コストの安い地域で、この地域の比重を高めておけば、将来為替が円高になっても体力を維持できます。女性の活用で少子化対策にもなる。当社の石川地区の既婚女性社員の一人当たりの子供の数は1.9人で、他の地域より多い。石川県全体の女性の就業率はスウェーデン並みに高い。地方活性化とは一言で言えば、『いかに若者や女性にとって魅力あるものにできるか』です。そのために農業分野でもお手伝いを始めています。

高齢化社会では、人だけでなく、工場や社会インフラも古くなっています。コマツは築40年以上の古い工場建屋の建て替えを推進中ですが、新工場では使用電力は半減し、最新技術の設備導入で生産性も30%アップする。地元にも当然カネが落ちる。古い工場や設備をだましだまし使うよりも、思い切って大手術したほうが結果的にはコストも安く、投資以上のリターンがとれるんです」

——経営トップの役割を考えると、トップ人事は重要ですね。

「最大の課題です。社長の評価は、後継者に誰を選びその結果がどうであったかで評価されるはずですよ。米国でも伝統的な企業はほとんどのトップが内部昇格です。それも前任の社長が選んでいる。私は社長時代に『代を重ねるごとに強くなる会社』を目指し、そのためにどうすればよいかを考えた。結論として、企業価値についての考え方をしっかり確立し、そのための価値観を実現するための仕組みや行動様式などをコマツの憲法ともいえる『コマツウェイ』としてまとめました。後に続く人たちがこの内容を進化させ、定着していけば、代を重ねるごとに強い会社が実現すると思っています」

(インタビューは2013年7月4日)

聞き手=原野城治(一般財団法人ニッポンドットコム代表理事)、原田和義(一般財団法人ニッポンドトコム・シニアエディター)

写真=木村 順子 (Jana Press)

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