「日本の考えを世界に伝えるスポークスパーソンが不可欠」ケント・カルダー教授

政治・外交

安倍政権が「自信と誇りを取り戻す」政策を掲げる一方、中国・韓国との緊張はこれまでになく高まっている。日本のパブリック・ディプロマシー(広報外交)の動きと今後について、米国における極東研究の第一人者ケント・カルダー氏に聞いた。

ケント・カルダー Kent CALDER

ジョンズ・ホプキンス大高等国際問題研究大学(SAIS)ライシャワー東アジア研究所所長で、SAIS日本研究プログラムの責任者。ハーバード大学で博士号を取得後、プリンストン大学で教鞭(きょうべん)をとる。戦略国際問題研究所日本部長、駐日米国大使特別補佐官などを歴任。近著に『日米同盟の静かなる危機(Pacific Alliance: Reviving U.S.-Japan Relations)』(邦訳・ウェッジ、2008年)や『新大陸主義―21世紀のエネルギーパワーゲーム(The New Continentalism: Energy and Twenty-First Century Eurasian Geopolitics)』(邦訳・潮出版社、2013年)などがある。

政治的安定期への期待

——7月の参院選の結果、自民党が衆・参両院で安定的多数を確保しました。これにより、今後は日本経済が上向くとの期待が高まっています。一方で、外交面で右傾化を不安視する声もありますね。

ケント・カルダー  確かにありますが、そうした声は第一次安倍政権(2007~2008年)当時の発言、例えば慰安婦問題などについての首相発言や政策に基づくものです。首相はそこから多くを学び、より慎重になった。「日本を変えたい」「伝統的な価値観を取り戻したい」という気持ちは今でもあると思いますが、地域関係や景気回復を考慮して別の選択肢を取らざるを得ない、という理性が働いているように見えます。

米国をはじめ、世界は安倍政権と協力する必要がある。これは間違いありません。多少の違いはあっても、日米の両政権はさまざまな政策において今後3年間は協力しなければならないし、国際情勢は日本の成長を求めることでしょう。中国の台頭や世界情勢の変化を考えれば、安全保障などは両国にとって大きな問題です。サイバーセキュリティーや知的所有権なども、オバマ大統領と安倍政権に共通した関心事であり、政策面でも一致しています。

「アテンション・ギャップ」を埋める

——日本では「アテンション・ギャップ」に対する懸念が大きくなっています。米国情勢に対する日本の注目度に比べ、日本の情勢に対する米国の注目度が極めて低い、という懸念です。

カルダー  これまでも米国の政策決定プロセスにおいて日本が優先されてきたわけではありません。さまざまな課題がある中で、むしろ日本の立場はあまり明確に示されてこなかった。日本の貢献はもっと広く知られるべきですが、さほど認知されていないのが現状です。それだけに、米国史の一部であるケネディ家のキャロライン・ケネディが正式に駐日大使となれば、大きなプラスの影響を与える可能性があるでしょう。

——昨年出版された『The New Continentalism(新大陸主義)』という著書で、カルダー教授はユーラシア大陸の地政学を取り上げました。このタイミングでユーラシアに注目するのはなぜでしょう。

カルダー  ユーラシアで起こっている変化は静かなものですが、日本と世界の将来にとって歴史的な意味合いを持っています。ソビエト連邦の崩壊、中国の近代化、インドの改革が相まって、大陸横断的な成長という新たなダイナミズムが生まれています。ユーラシアは以前に比べて政治的、経済的にはるかに一体性を持つようになっており、日米はそうした変化に対処しなければならないと思います。

安倍首相は、ロシア外交の強化や今春の中東、東南アジア歴訪といった形でこれに対応しています。特にASEAN地域は日本にとって戦略的に極めて重要です。大陸主義と中国の台頭は、東南アジアとの関係性が今後さらに重みを増していくことを示唆していると私は考えています。

日米同盟の重要度を再認識

——中国との関係において、日米同盟が果たす役割は何だと思いますか?

カルダー  私は長い間、「米国・日本・中国」という概念は日米関係を損なうものであり、理想的なアプローチではないと考えていました。しかし今は、多くの課題においてこの3国間の対話には意味があると感じています。例えばエネルギーと環境の問題。他にも人間の安全保障や、海賊対策など安全保障に近い問題も含まれます。

G2構想は危険を伴います。もちろん、米国は中国と建設的で安定的な関係を築いていく必要があります。しかし、その実現のために日米関係を犠牲にすることは、長い目で見ればこの地域にとってリスクとなる。安全保障の問題はあくまでも日米の枠組みの中で取り組むべきです。日米中の対話には、エネルギーや環境、海賊対策など、もっと別の分野で果たすべき役割があると思います。

——日本はこの20年間で内向き志向になった、国際舞台での存在感が薄れた、と言われます。日本が再び国際舞台に戻ろうとしている兆候はありますか?

カルダー  あると思います。それは、安倍政権のポジティブな側面のひとつと言えるでしょう。2006年以降、日本では毎年のように首相が交代し、諸外国に時の日本政府と真剣に向き合わなくてもいいと思わせてしまった。中国や韓国との緊張も、原因の一端はそこにあります。彼らは日本政府に圧力をかけ、自国の関心を満たしても、そのために長期的な外交政策が犠牲になるとまでは考えていなかった。しかし、それが現政権下で変わりつつある。この点は良いことだと思います。

安倍首相によるユーラシア大陸への働きかけは意味深いことです。ロシアや中国、インドなどの主要国を抱え、相互関係が深まっているこの地域は、世界でも重要な存在になりつつあります。もちろん、日本は自らの歴史認識や外交、政治・軍事政策の急激な変化に対する他国の懸念を理解することも大切です。

日本の貢献度をアピールすべき

——日本は最近、よりソフトな外交手段として、海外広報への支出を増やしています。

カルダー  日本の外交上、政策上の緊急課題は、日本が復活したこと、そして日本が極めて建設的なやり方で世界経済に貢献しようとしていることをより広く理解してもらうことです。例えば、開発分野ではTICAD(アフリカ開発会議)の開催など、アフリカとの関係で日本が重要な役割を果たしており、オバマ政権の関心とも重なります。しかし、そうした政策と貢献度が十分に理解されているとは思えません。これらは今、日本が優先して進めるべき分野です。

——日本はこの種のパブリック・ディプロマシー、あるいは他文化との関わり方があまり得意でないと思いますか?

カルダー  今の日本は対外的な外交においてさえ、内向きになっているように感じます。確かに、米国にはワシントンを中心に、極めて雄弁な日本大使たちがいます。しかし、ワシントンであれどこであれ、現場で活躍するさまざまな機関、とりわけ非政府組織の中に、日本の考え方あるいは日本に理解を示す考え方をきちんと説明できるスポークスパーソンを置くことが何より重要です。

取材・文=ピーター・ダーフィー(一般財団法人ニッポンドットコム理事。原文は英語。和文は一部割愛あり)
撮影=コデラケイ

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