絶好調の日本フットサル
フットサル日本代表チーム・ミゲル・ロドリゴ監督インタビュー
[2014.06.13] 他の言語で読む : FRANÇAIS | ESPAÑOL |

日本のフットサルは黄金期にある。日本代表チームは、2012年、2014年の2回連続でAFCフットサルアジア選手権を制覇した。日本代表チームを育て上げたスペイン人監督ミゲル・ロドリゴに聞いた。

ミゲル・ロドリゴ

ミゲル・ロドリゴMiguel RODRIGO1970年、スペイン、バレンシア生まれ。2000年にイタリアのチーム、ペトラルカ・パドバでフットサル監督としてのキャリアを開始。2003年ロシアスーパーリーグのモスクワ・ディナモ監督、イタリア一部リーグのシープ・ルパレンセの監督を歴任。2004年からスペイン一部リーグのカハ・セゴビア監督。2006/2007年シーズンには同リーグ(ANEFS)で最優秀監督に選ばれる。2008/2009 シーズンにはスペインスーパーカップ選手権2位。2009年日本代表監督就任後、2012年と2014年の2回連続AFCフットサルアジア選手権で優勝。日本では以下3冊の本を出版。「フットサル戦術パーフェクトバイブル」(2011年)、「世界一分かり易い!フットサルの授業」(2012年)、「日本人チームを躍動させる決断力の磨き方」(2014年)。

日本フットサルの歴史的優勝

——まずはAFCアジア選手権の優勝おめでとうございます。この大会の優勝は3回目ですね。

「歴史的な勝利です。大会は2年に一度の開催で、前回2012年のドバイ大会でも優勝しているので、日本の王座は長きにわたっています。前回それほどの反響はなかったのですが、今回の優勝の意味は大きいと思います」

——日本ではここ数年、以前は目立たなかったフットサルのようなスポーツでの活躍が光っていますね。

「その通りです。しかも、フットサルは好調続きで、2012年5月のAFC選手権勝利の後の、ワールドカップでも初めてグループリーグを突破しました。しかも、ブラジル、ポルトガル、アフリカチャンピオンのリビアという非常に難しいグループでした。そして今回のベトナムでのAFC選手権での優勝だったわけです。日本でのフットサル人気のさらなる定着に成功したと思っています。これは2009年に日本サッカー協会と監督契約した時の会長の悲願だったので、非常にうれしく思います」

個人技の日系ペルー人・森岡、イケメンの関口

——代表選手の中で、日系ペルー人の森岡薫選手が活躍していますね。

「日本の最高選手のひとりだと思います。Fリーグの得点王です。でも、彼は非常につらい時期を過ごしました。一時、日本国籍の取得が拒否されそうになったのです。しかし、最終的には2012年のAFCアジア選手権の前に取得することができました。彼とは特別なつながりを感じています。彼は人生で2度目のチャンスをしっかりつかむことに成功した人間です。今回ひざのけがを抱えながらも、全試合の中で正直負けるのではないかと思った一番きついタイ戦では、森岡が個人技でゴール奪って勝利。それで次のステージに進めたのです」

——関口優志選手は今回の大会でヒーローになりましたが、彼の良さはどういう点でしょうか。

「誰もがイケメンと認めています。イケメンのヒーローがしかも日本チームにいるということは強いんです(笑)。サッカー協会の会長が言ったことを思い出します。『我々はうまくてカッコいいゴールキーパーが必要なんだ。日本の子供達は誰もキーパーになりたくないのでね』。サッカーもフットサルもイメージアップが必要で、それが関口のおかげでできたと思います」

「関口は今大会では初出場であったにも関わらず、決勝戦でのペナルティーキックを3本止めてヒーローになった。最終戦で彼をゴールに置くのは非常に難しい決断だったが、これが成功しました」

日欧の違いは“スピード”と“決断力”

——フットサル日本代表監督の話があった時、最初から日本に来ようと考えましたか。

「いや、最初は迷いました。日本のことはほとんど知らないし、それまで5年間監督をしていたチームの本拠地セゴビアを非常に気に入っていました。しかし、所属クラブ内でいろいろなことが起こり、スペイン経済も悪化し始めました。面白いのは、高橋 健介選手がちょうどカハ・セゴビアにいて、その縁でチームの訪日が実現しました。その時に自分の目で日本とサッカー協会を見て、日本に来る決心をしました」

——日本とヨーロッパのフットサルの違いはどこだと感じましたか。

「スピードの違いです。日本の選手は動きが非常に速く、ゲームもスピーディです。でも、一方では決断が遅いので、練習では私が常に先回りしてしまう。その意味で着任した時には技術的・戦術的にやることが多かった。実のところ、日本のフットサルはまだ“おしめ”を着けているという印象でした。そして、この5年間、成長する息子たちを見てきました。今では立派なたくましい大人です」

2009年 フットサル日本代表監督の就任会見に臨んだミゲル・ロドリゴ。左は日本サッカー協会大仁邦彌副会長(当時)。(写真:時事プレス)

フットサル日本代表世代交代への挑戦

——日本での生活に慣れるのにどんなことで苦労しましたか。

「最初は何も分からず、すべてがスペインとは違っていました。例えば、スーパーで何も分からないので、多くの物を勘で買わなければなりませんでした。仕事では、協会がどう運営されているのかとか上下関係を学ぶ必要がありました。スペインでは、何か欲しければスポーツ局長に話せば一発で解決でした。日本ではすべてプロセスに従わざるを得ません。非常に時間がかかりますが、慣れるしかありませんでした。でも、選手に対してはスペインと同じように単刀直入に、直接言うように指導して来ました」

——日本代表の指揮を執った時の課題は何でしたか。どんな変更が必要でしたか。

ベテランサッカー選手の三浦知良選手(キング・カズ)に指示を与えるミゲル・ロドリゴ監督。スペイン人監督はサッカーでもクラブ・チームや学校指導への支援を行っている。(写真:時事プレス)

「着任時にはベテランの多いチームだったので、グループそのものを変える必要がありました。それは衝撃的な決断でした。選手達にしてみれば迷惑な話です。それから、前任監督の考えが私とは全く違ったものだったことです。練習方法も変えました。私の指導方法は、選手達に考えさせることです。彼らはどんな戦況においてもただひとつの解決策を見つけようとしていましたが、それは不可能です。それぞれの状況は、スコアや時間、疲労度やゲームのリズムなどいろいろな要素に左右されるものです。これを変えるのには苦労しました」

——協会メンバーと論争するような決断をしなければならなかったと想像しますが…。

「初めにチームから除外すべきメンバーと何度か話し合わなければなりませんでした。彼らに言いました。『君たちは非常に大きな貢献をしてくれたが、私の抱く代表の姿に君たちの入る余地はない』。しかし、同時に、アドバイスを求めるかも知れないのでそばにいて欲しいとも要請しました。最後には彼らは感謝してくれたと思います。いずれも日本のフットサル人気上昇に貢献をしてくれたレジェンドたちですから、きちんと説明すべきと考えました。最初は、イランに0-7で負けたりで大きな壁にぶち当たりました。しかし、その後急速に進歩することができました。私は協会の寛容さに感謝しています」

魅力たっぷりな誰でもできるスポーツ

——サッカーは大人気ですが、フットサルに特有の魅力とは何ですか。

「フットサルの魅力は、ボールコンタクトですね。友達を集めるにもサッカーで必要な22人よりも10人の方が簡単です。屋内でプレーすれば、天候にも左右されません。サッカーとフットサルの比較研究でも明らかなように、フットサルの方がボールとのコンタクトが圧倒的に多い。同じ人がサッカーとフットサルを1年間プレーした場合、フットサルの方が6倍もコンタクト回数が多いという結果が出ています。だから、体の動きも多いし、ゴールも多いのです」

「また、サッカーは間隔が大きく開き、シュートやゴールの数も少ない。フットサルは同じ時間内でより多くのシュートが放たれます。メディアの注目が集まり、ファンの熱意があればサッカーよりももっと楽しい競技になると思いますが、ちょっと無理ですかね。私はいつも、子供や親、そして体育の先生たちにフットサルを勧めます。スペイン、ポルトガル、ブラジルなどではサッカー選手への入り口になっています。狭いスペースでボールコンタクトが多いので、より早い判断が要求されます。通常では12才から14才の頃に、フットサルかサッカーかを最終的に選ぶことになります」

“フットサル合コン”もあって人気急上昇

——日本のフットサルへの関心は高まっていますか?

「関心は非常に高まり、参加者の多いスポーツのひとつになっています。それに、日本では男性も女性も一緒にプレーするというメリットがあります。人と知り合う社会的行動にもなっているのです。“フットサル合コン”というものもあり、独身のみで集まりゲーム中にパートナーと知り合うという企画です」

「学校では体育の先生とイベントを企画し、フットサル教室も開いてもいます。J1のチームの訪問もしています。サッカーの連中はみなすぐに、若い時こそこの競技が大事な意味を持つことを理解してくれます」

「日本では有名人がフットサルをやっているという魅力もあります。つまり、お笑い芸人や歌手や女優とかです。VIPのスポーツです。例えば、GAKU-MC と桜井和寿(Mr.Children)が主催するMIFAカップ(Music Interact Football for All)があります。彼らはフットサルの大ファンで、壮大な考えを思いつきました。それは、Fリーグと協力して、日本サッカー界のレジェンド達と芸能人が3対3で小さなコートで対戦する大会を行い、同時にコンサートも開くことでした。非常に見応えのある大会であり、観客の大多数は女性です」

ザック・ジャパン、“日本の歴史”作るかも?

——ブラジルでのサッカーワールドカップにおける日本代表の評価は?

「私はイタリアに5年住んだことがあり、イタリア語も話すので、アルベルト・ザッケローニ監督や日本のチームメンバーともよくコンタクトします。2010年に知り合い友達になりました。彼らは日本のサッカーの歴史を作ると確信しています。多分、ベスト8には入るつもりでしょう。彼らは自らの限界を知っており、ベスト8になることの難しさも知っています。しかし、そこを乗り越えられるかも知れないぎりぎりの線上にいるという感覚があるのだと思います。アルベルトは私に電話で今回のコートジボワール、コロンビア、ギリシャのいるグループはチャンスだと言っていました。運も良いし、グループトップになれるかも知れないとの感じを持っているようです」

「私は非常に期待しています。『なでしこジャパン』がアジア・チャンピオンになったように彼らも非常に好調ですし、ベスト8という歴史も作れるのではないかと思います」

——もし、日本がスペインと対戦することになったらどうしますか?

「う~ん、それは非常に難しい質問ですね(笑)。それは私自身がどこにいるかによると思いますが、より必要としているほうを応援することになるでしょう。つまり、日本ですかね。スペインは既に栄光の時を手に入れました。日本は今一生懸命です。日本ではさらにサッカーのステータスの転換点となる可能性があります。日本サッカー協会の目標は、2050年までに世界チャンピオンになると明記されています」

2020年の愛知フットサルW杯まで頑張る

——今回のW杯ではどこが優勝すると思いますか?

「スペインが勝つと思います。選手たちはコンフェデレーションズ・カップでの敗北に非常に憤っています。もし私がスペイン代表監督であれば、それを最大のモチベーションとするでしょう。しかし、非常に難しいライバル達がいるので、傲慢にならずに一試合毎に勝利していくことが大事です。いずれにせよ、決勝はスペイン対ブラジルと考えています。そしてスペインが勝ちます。それが誰もが待ち望んでいるワールドカップ決勝戦です」

——最後に、将来的にスペインフットサルの代表監督をしてみたいですか。

「そのオファーはもう少し先にして欲しいと思います。今は日本で充実しています。サッカー協会とは単なる契約関係ではなく、一員であるという思いでいます。すべて協会のためを思ってやっています。東日本大震災と福島原発事故の時に多くの外国人が帰国したことを思い出します。その時会長と話し合い、『私に残って欲しいと思うなら残る』と言いました。彼は私に、『残る決意をしてくれるなら、ここがあなたの家だ』と言ってくれました」

「もし、フットサルのスペイン代表監督の件が実現するとすれば、日本で十分な時間を過ごした後にして欲しいと思います。それは今、私が日本で我が家にいるかのように過ごしているからです。さらに、愛知県が2020年のフットサル・ワールドカップの開催地に立候補しました。そして私の人生の目標はそのワールドカップを日本で戦うことであり、少なくともベスト8になることだからです」

(2014年6月4日スペイン語でインタビューを実施。写真=山田愼二)

 

FIFAフットサル・ワールドカップ日本代表チーム成績

開催年と開催国 最終成績
1989年オランダ グループステージ
1992年香港 予選敗退
1996年スペイン 予選敗退
2000年グァテマラ 予選敗退
2004年チャイニーズタイペイ 1次ラウンド
2008年ブラジル 1次ラウンド
2012年タイ ベスト16

 

AFCフットサル・アジア選手権日本代表チーム成績

開催年と開催国 最終成績
1999年マレーシア 4位
2000年タイ 4位
2001年イラン 4位
2002年インドネシア 準優勝
2003年イラン 準優勝
2004年マカオ 準優勝
2005年ベトナム 準優勝
2006年ウズベキスタン 優勝
2007年日本 準優勝
2008年タイ 3位
2010年ウズベキスタン 3位
2012年アラブ首長国連邦 優勝
2014年ベトナム 優勝
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