女性の本性を描ける監督に出会いたい―国際派女優・寺島しのぶ
世界でブレイクスルーする女性たち
[2014.08.27] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | Русский |

ベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞して国際的な女優となった寺島しのぶさん。低迷する日本映画界への熱い想いと「とても広がった」国際舞台への夢を語った。

寺島 しのぶ

寺島 しのぶTERAJIMA Shinobu女優。1972年生まれ。父は歌舞伎役者の七代目尾上菊五郎、母は女優の富司純子、弟は歌舞伎役者の五代目尾上菊之助という歌舞伎・俳優一家の育ち。父親の親友であった太地喜和子の勧めで女優を志し、青山学院大学在学中だった1992年に文学座に入団。1996年に退団後、舞台、テレビドラマを中心に活躍。2003年公開の映画『赤目四十八瀧心中未遂』と『ヴァイブレータ』で、第27回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞。そのほか、日本国内外で10以上の映画賞を受賞。2010年、若松孝二監督の映画『キャタピラー』で、世界三大映画祭の1つベルリン国際映画祭最優秀女優賞(銀熊賞)を、日本人女優として、左幸子(1964年)、田中絹代(1975年)に次ぎ、35年ぶりに受賞。舞台では、2008年のシアタークリエ『私生活』の演技で第63回文化庁芸術祭賞の演劇部門(関東参加公演)で優秀賞を受賞するなど数々の演劇賞を受賞している。私生活では、2007年、日本在住のフランス人アートディレクター、ローラン・グナシア(Laurent Ghnassia)と結婚。夫婦の共通の言語は「心と心で伝わる英語」「シングリッシュ(心グリッシュ)」とコメントして話題となったこともある。2012年に男子を出産した。

——2010年のベルリン国際映画祭で最優秀女優賞を日本人女優として35年ぶりに受賞され、心構えは変わりましたか。

自分自身、変わったという気持ちはないんです。仕事を始めた当初から、比較的好きなことだけやらせてもらってきたので。日本で『赤目四十八瀧心中未遂』と『ヴァイブレータ』で賞を頂いて、その後、銀熊賞をいただいた『キャタピラー』では、若松孝二監督との出会いが大きく、本当にラッキーでした。確かに世界の目は、この賞によって変わりましたね。一気に海外の監督から連絡がきましたし。でも話ばかりでなかなか実現しないんですよ。

「エマニュエル夫人」プロデューサーが提案したコメディー

——有名な監督からの話もありましたか。

フランスに行くと、いろいろな監督に会える機会が出来たし、皆さん話も持ちかけてくれるので「じゃあ是非」なんて言っていると、ヨーロッパ人って話ばかり大きくて、実現しないんです。でも一つだけ、これは!と思う話がありましたね。『エマニュエル夫人』を作ったプロデューサーがすごく私を買ってくれて、シナリオももらっていました。でもお金が集まらずに、実現できず、非常に残念。しかもそれが、コメディーだったんですよ。日本では、私にコメディーが来ることはほぼないので、挑戦だと思って嬉しくて。全編フランス語ですし、たくさん勉強して、努力してたのに……。

最近、フランス人監督による『Savage Night』という短編映画に出演しました。 若くてやる気がある監督でしたね。それが実は唯一実現した私の海外作品です。

ハリウッドだけがすべてではない

—— 日本映画界にも「目指すはハリウッド」という考え方が常にあると思うのですが、寺島さんはハリウッドを目指している感じが全然しませんね。

もともとアメリカ映画に興味がなかったんです。高校生の時、ミニシアターにばかり行っていたタイプですから。物語の終わりがチャンチャンっていうものより、“もわんもわん”としたわかりにくい映画が昔から好き。いい台本があればもちろんやりたいですけど、小さな役でもハリウッドに出たらそれだけですごい!というのはどうかと思います。もちろん渡辺謙さんのようになれれば、それはすごいですよ。映画のトップは米アカデミー賞かもしれないけど、私自身はそこではない。私の考えは常に変わらないんです。私が興味があって、私にしかできない役であれば、どの国のものであれやっていきたいという、それだけです。

韓国・中国に追いつけない日本映画

——個性的な役をいろいろやっていらっしゃる。『キャタピラー』『千年の愉楽』『ヴァイブレータ』。『キャタピラー』では戦時中の想像を絶する夫婦生活に追い込まれた女性を熱演されましたね。いろいろな時代の日本人女性の生きざまを実際に演じてきて、何か感じたことや、日本という国の在り方を考えますか?

私は日本人として生まれたからには、日本の文化で日本の映画を海外に紹介したい。海外の作品で、韓国人も中国人も日本人でも同じという役をやるんだったら、純日本の映画で世界に認められたいという気持ちが強い。黒沢明監督や溝口健二監督、彼らの時代はそうだった。今、「日本の映画とは」と聞かれたら、ものすごく説明しづらい。中国はお金があるので壮大な映画が作れるし、韓国は泥臭い人間ドラマ。じゃあ、日本映画の個性はなんなんだ、と。でも、小津安二郎の世界、ああいうモノトーンの静かな感じはかつて日本の美徳だったわけですよね。だから、この間の是枝裕和監督の受賞は日本人としてすごく嬉しかった。河瀬直美監督のような、海外で注目される監督とやってみたいと思います。

—— 日本映画は私小説的でテーマも小さめなので、世界的なヒットにはつながりにくいんでしょうね。

私はこれからも日本の女優としてやっていかなきゃいけないので、どうしたらおもしろくなるのかを常に考えているんです。日本って、20代が主役の台本ばっかりで、本当に悲しい。

「絶対女が好き」という監督が少なすぎる

——昔は年配の大女優がたくさんいたと思うのですが。

ヨーロッパにはいくつになってもそれぞれの年代の台本がある。どうして日本はそれができなくなってしまったのか…。マーケットが圧倒的に20代中心。あとは女を撮りたいっていう監督が少ないんです。だから女性主役の映画も少ない。成瀬巳喜男監督が女優をなにがなんでも撮りたいというあの感じ。伊丹十三監督もそうでしょう。私が『キャタピラー』をやろうと思ったのは、断トツで女優が活躍する映画で、日本女性の強さをいろいろな方面から世界に見せられると思ったから。照れなのかなんなのか「女優さん、撮れないんです」みたいな監督が結構多いんですよ。「かわいいかわいい」というだけの薄っぺらいものは撮れる。でも女性の持ついやらしさを表現できる「この監督 、絶対女好きだよな」っていうような監督に、『ヴァイブレータ』の廣木隆一監督以来会わない。若松監督はまた別の話。もう巨匠の域ですから。女性を描いた映画に出会えたとしても、台本を読んでいると「何だろう、この薄っぺらいのは」って思うことが多いんです。 もちろんそれを埋めるのが役者なんでしょうけど。

——日本の映画業界はそういう危機的な状況にある。それもかなり長いこと。変えられないですか?

私は、若い世代の監督に期待したい。だから、若手の作品を見逃さないで見ていこうと。去年の東京国際映画祭でアジア部門でグランプリを獲った監督坂本あゆみさん。外見は普通の若い女の子って感じなのに、映画を見るとものすごくドロドロしている。ちゃんと人間の多面的な部分を出していて「わ、こういう人いるんだ」と、感動しました。俳優は来る役をやるのが基本。でもこちらから掘り出したり、「この人とやりたい」というアプローチも必要です。日本映画と文化のことを考えたら、これからはもっと私はチャレンジしていかなくてはと思います。

国際結婚で視野が「とても広がった」

——ご主人のローラン・グナシアさんと国際結婚したことの影響は?

視野は確実に広がりました。アーティストにしても監督にしても、彼に比べると全然知らないことばかりでした。ローランはマルセイユ映画祭でプロデューサーもやっていたし、顔も広いのでいろいろな人に会わせてくれますし。

——国際性が随分付いたのでは?

海外進出にすごく憧れるということが私にはないです。普段から外国人に接しているので、どの国でも同じだし、ステップアップしたという感じではないですね。相手が外国人だからって気負けしてはいけない環境にいつも置かれているので。

——当初はやっぱりギャップがあったのでは?

それはそうですね。私は日本の伝統的なところで生まれているので、もともと日本が好きですが、ローランと一緒にいてより一層好きになった。ローランからニュースで聞くような国際問題を身近に聞くと結婚までの私はなんて無知だったんだろうって思います。世界ではこんなに問題が起きてるのに、日本は平和だなと思うことが多い。そういう世界を感じる目はとても広がった。もっと勉強しなきゃって思います。

——今は家では何語で話しているんですか?

英語です。フランス語は相変わらず勉強してます。ローランが息子に話すフランス語で勉強しています。私が息子に話している日本語で、ローランは日本語がすごく上達しました。

“面白い闘い”だったフランス短編映画撮影

——フランス映画は今回の『Savage Night』が初ですね?

日本語での演技でしたが、監督もプロデューサーもフランス語。自分が言いたいことを言える環境で、それがよかった。日本だとシステムがきちんとしているから、文句を言うところなんてほとんどないですし、直接相手に文句を言うなんてことは風習としてない。まだ経験豊富とは言えないフランスの撮影クルーだったんですが、私が大事にしたいところを、監督が「そこは見えていないから」と言って全部バッサリ切る。私は「見えていないからって、見えていないところを埋めていくのが役者だ。そこが分からなきゃ駄目じゃないですか」と反論しましたよ。

——フランス語で?

はい。やればできるじゃない私、と思いましたね(笑)。怒ったり、感情がストレートに出るときは、フランス語も出やすいんですよ。今回、フランス語の撮影現場でも、できそうだということがわかったことは大きな収穫でした。

——楽しみですね。やはり変化が確実に起きてますよ。

結婚してから、いわゆる洋物の舞台が怖くなくなりました。金髪のかつらを被って、私が外国人の名前なんてどうしても違和感がありました。でもローランと一緒にいると、普通にジェスチャーが外人っぽくなってくる。大きな手振りも普通。黒髪でも外国人になりきれている自分がいるので国際結婚して、思った以上に仕事にも良い影響を得ているようです。

「常識が曖昧になる」という感覚

—— 歌舞伎役者と大女優の娘として、「日本人と結婚しなきゃ駄目」というようなことはなかったんですか。

全くありませんでした。親はすごく心配しただろうけど。でもローランが挨拶に行ったら一発オーケー。日本人の旦那さんだったら、たとえどこの家に嫁いだとしても、寺嶋家から私は脱せなかったと思う。フランス人と結婚したということで、常識が曖昧になるんですよ。日本人だったらこれが常識ということも、敷居がガクッと低くなって、できなくても許してもらえる。イライラすることはあると思うけど、最終的に「フランス人だからね」っていうエクスキューズになって、そこで「じゃあ、教えてあげようか」と、両親が歩み寄ってくれたりもする。だから私の結婚は、有り難いことになるべくしてなったという感じなんです。

——結婚で、ご自身の家族との関係も変わりましたか? 

私はもともと結構やりたいようにやらせてもらっていましたが、寺嶋家では弟のほうが歌舞伎役者として大事。親は「平等に育てていた」というんだけど、私は圧倒的に弟のほうがかわいがられていたというイメージがあるんです。親が思っていることと、子どもが考えていることって違うということを自分が親になってみてよくわかりました。息子を見ていると、私が化粧をしているだけで、「あ、お母さん、どこかに行くのか」ってすぐ感じ取る。そういう子どもの動物的な感受性の鋭さで考えると、私はものすごいコンプレックスを持って育ってきたんじゃないかなって思います。まあ、ほとんど今は忘れてますけど。

母親となり家族を持って「心地よくなった」

——そのコンプレックスとは…

家族にいつかちゃんと自分が一人前になって、女優として一本立ちをしてという姿を見せたいという気持ちがずっとありました。でも今、やっと心地良くなれた。 私と夫と息子がひとつの家族として、寺嶋家との家族同士の会話になる。それが、すごく心地良い。

——しのぶさん対お父さん、お母さんではなくて。

そうですね。いつまでたっても親にとって子どもは子ども。私の場合は、子どもができたことですごく寺嶋家とうまくいくようになった。親対親の会話になるので。また、息子が歌舞伎が好きだというところが、父と母にはたまらないんですよ。弟(尾上菊之助)の子どもは歌舞伎をやらなくてはいけないですが息子には好きなうちはやっていればいいんじゃないって思います。

——最後に、最近日本で女性登用などを政策として推進していますが、どう思われますか。

結局、日本は表向き、男が強いということになっていると思うんです。それ自体が男尊女卑。セクハラ野次の問題がありましたけど、「だから、何なのさ」ぐらい言えるような女性じゃないと。謝らせたり、「私、かわいそうでしょう」というよりも、「あなた、今なんて言いました?」と真っ向から戦える、そういうきちんとした強い女性が出てこないと日本は変わらないと思います。

(2014年7月18日のインタビューを基に構成。インタビュー・コーディネート=矢田明美子、撮影=五十嵐一晴 スタイリスト=河部菜津子(KiKi inc.) ヘアメイク=松井里加(A.K.A.)    服すべてENFOLD)

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