秋野豊博士が殉死した山岳の国—ボボゾダ駐日タジキスタン大使 インタビュー
[2015.01.30] 他の言語で読む : Русский |

旧ソ連から独立した中央アジア5か国。よく知られるざるユーラシア大陸の国々を紹介する第一弾。ヘレニズム文化形成の地であるタジキスタンは仏法を通じて日本にもつながる。駐日大使にインタビューした。

ボボゾダ・グロムジョン・ジュラ

ボボゾダ・グロムジョン・ジュラBOBOZODA Gulomjon Jura1957年生まれ。タジク国立大学経済学部卒。経済博士。1980~1990年タジク国立大学大学院にて財政学教授。財務省副大臣、大統領経済顧問、経済発展及び貿易省大臣、国税財源管理省大臣を歴任し、2009年より在日タジキスタン共和国特命全権大使。タジキスタン名誉賞、国家労働者功労勲章を授賞。

タジキスタン経済成長率は7%

タジキスタン国旗(左)/タジキスタン国章(右)

ボボゾダ大使 タジキスタンは、1991年9月9日に独立、翌92年2月には、日本との間で外交関係を樹立。独立後、連崩壊後の混乱や5年間に渡る内戦(※1)といった困難な時期を乗り越えてきました。ソ連崩壊で経済貿易構造が崩壊し、大きな打撃を受けました。

タジキスタンは中国、アフガニスタン、パキスタン、ウズベキスタン、キルギスタンに囲まれている

しかし、市場経済への移行を目標に掲げ、97年に産業・経済の停滞期は終わり、プラス成長に向かい始めました。ダイナミックな成長を続けており、最近では、年平均成長率は7%に到達し、過去に喪失した分をほぼすべて取り戻しつつあります。 

ロシアやCIS(独立国家共同体)などと築いてきた貿易経済関係も大切にし、中国との関係も活発化させています。タジキスタンは、すべての国に扉を開く「オープン・ザ・ドア」政策をとっています。

計画経済から自由経済、必要だったのは“意識改革”

——駐日大使に赴任する前は、経済発展貿易大臣を務められていましたが・・・

ボボゾダ大使は、同国の新通貨導入の指揮を執る。タジキスタンの偉大な建国者であるイスモル・ソモニ(849年~907年11月24日)の名を冠し、「ソモニ」と呼ばれている。

私は、タジク国立大学及び大学院で財政学を教えていましたが、1990年から政府の経済改革国家委員会で働くようになりました。IMF、世界銀行と密に連携をとりながら、他国に依存しない経済体制、独自の通貨制度の構築(※2)など、あらゆる分野での改革を行いました。我が国の歴史の中で最もドラマチックな時代の一つでした。 

私達は、ソ連型経済システムから自由経済への移行をいかにスムーズに行うか、様々な可能性や方法を模索、検証してきましたが、結局、経済体制の再構築だけでなく、人々の意識を変えていかなければなりませんでした。「生活の糧は、自分の力で稼がなくてはならない、国家の役割は国民を養うことではない」と認識を改めてもらうことでした。

ラフモン大統領

タジキスタンは、道を誤ることなく正しい道を選択し、前進しています。非常にラッキーでした。当時、大統領ら指導層が、市場経済への移行の必要性をよく理解し、必要なタイミングで然るべき指示し、すべて成功裏に実現できたからです。市場経済の立案者は、エマムアリ・ラフモン大統領自身であると言っても過言ではありません。

殉死した秋野豊博士への特別の謝意

——タジキスタン内戦ですが、1998年に亡くなった筑波大学の秋野豊博士のことが記憶に残っております・・・

タジキスタンは、体制の移行期や、ソ連崩壊後の混乱に乗じて、相反する勢力が内戦を引き起こしました。

しかし、必ず平和を取り戻すというタジキスタンの民衆の断固たる意志と、指導層の叡智の行動により、内戦を長期化させず、比較的早い時期に終止符を打つことができました。国連等の国際機関では、「一つの国の中で複数の勢力が相反する状態を見事に和解へと導いた例」として挙げられています。一時は、100万人とも言われた避難民は、現在では、すべてが無事にタジキスタンに帰国しています。

殉教した秋野豊准博士

この困難な時期を通して、我が国の大統領は平和再構築のための努力を続け、さらに国連タジキスタン平和構築事務所が設立されました。国連監視団の一員として最大限のご尽力をしてくださったのが秋野豊博士です。私達は、本当に感謝しており、いつまでも私たちの心の中におります。

悲劇が起きた場所には、記念碑が建立され、幾つかの団体や学校施設は秋野博士の名前を冠するようになりました。大統領は、2007年の日本訪問の大学での記念講演で、秋野博士へ哀悼の意を捧げ、その偉大なる貢献を顕彰し、国の代表として秋野博士に対する特別の感謝の意を表しました。

秋野博士は広く知られており、タジキスタンの人々は決して彼を忘れることはないでしょう。私は秋野博士が所属していた筑波大学を頻繁に訪れます。学内の記念館には、秋野博士を顕彰する展示があります。

(※1)^ タジキスタン内戦 1992年~1997年

(※2)^ ボボゾダ大使は、タジキスタン通貨である【ソモニ】の制定から発行の指揮を執りこの通貨の流通に深く関わった。

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