Google帝国支配、日経FT買収に見る日本メディアの変調

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日本でインターネットが本格的に普及してから20年。ネットメディアも既存メディアも本格的な変動期に入った。この次に日本であおきることは何か。

インターネット情報空間にあふれる粗悪な“浮遊物”

——日本の情報メディア環境の変調とインターネット20年をテーマにしたい。2015年7月に日本経済新聞社が英国のファイナンシャル・タイムズ(Financial Times)を買収。またGoogleの世界的な躍進が著しく、日本の検索ランクではYahoo!よりもGoogleが初めて上位に浮上した。

一方、今年は1995年のWindows 95の発売から20年。インターネットは今や世界のインフラだが、必ずしもうまく使われていない面もある。特に、インターネット情報空間の90%ぐらいの情報が、質のよくない浮遊物みたいな状況になっている。

上杉隆  私自身が「これからはインターネット時代だ」と意識的その世界に入っていったのは、ブログが日本に上陸した2005年。そのときから、うまく使えば非常に有用だが、使い方を間違えれば、「パンドラの箱」を開けたように間違った方向に加速すると言っていた。

私自身、最近のインターネットメディアには失望している。浮遊物が90%と言われたが、日本の場合は“匿名性”が加味されて95%ぐらいが浮遊物だという気がする。浮遊物ばかりにならない健全な情報空間にするためには、“匿名性”をできるだけ排除する。発信は「実名」で、クレジットやソース、つまり引用や参照はきちんと明示する。こうしたメディアの基本ができれば、悪意に満ちたものから良いものを守ることができる。

日経のFT買収「誤解された結婚」

——既存の新聞メディアもガラパゴス化している。日本語という言語の壁に守られているから相当生ぬるい状況。どう思うか。

上杉  私が10年前にインターネットメディアの世界にジャンプ・インしたのも、既存の新聞メディアや、テレビメディアがあまりにも遅れすぎていたため。通信を含めた放送や出版が、融合する時代が来ると先駆的に発言し、実際に行動してきた。今回のFT買収に近い形も10年以上前に予言していた。「ガラパゴス」というより、私は当時から「タイタニック」と表現してきた。既存メディアは、大手で強いところほどインターネットメディアへの対応が遅れ崩壊が待っている。

タイタニック号に例えたのは、早く脱出することが先決で、力の弱い毎日新聞、産経新聞、時事通信も早めにネットのほうに行った。日経は10年目にして動いた。が、私から言わせると、これでも遅いなと。

——2013年にワシントンポスト紙(Washington Post)がAmazon.comに260億円で買収されたが、同紙は「利益を生まない新聞媒体」という評価があった。アナリストの分析した買収額は60億円で、5倍ぐらい高い値段で買った。今回のFT買収は1600億円。日経新聞の年間売り上げは3000億円で、内部留保はかなりあると思うが、相当な財政負担になる。

上杉  私はFT買収劇が明らかになった瞬間、「誤解された結婚劇だ」とテレビやネット番組で話した。日本の場合、経営と編集の分離が欧米企業のように明確ではない。日経はたぶんそのことを分かっていないで買ったのではないか。

またFT側は、日経をメディア企業と思っていない節もある。実際、経営と編集が分離されていないし、「マーケティング会社だろ?」と言われたこともある。一方、FTは経営と編集がきちんと分離されているので「絶対に俺たちには口を出してこない」と信じているし、実際、FT記者がTwitterやFacebookに書いている。この誤解が解けないまま、2ヵ月で買収まで行ってしまった。日経は買収にうまみがあると思っているが、うまみはない。その辺の誤解が解かれないまま結婚に至ってしまった。

日本メディアが海外に買収される時代へ

——メリットがあるとすれば、FTが持つ東南アジア、シンガポール、香港などの読者層でしょう。買収がうまく当たればいいが、逆に言うと、今回の買収は日本の新聞業界全体がかなり追い込まれている証拠といえる。

上杉  ビジネスモデルとして、日本の新聞のやり方はもう崩壊しているというのがメディアに詳しい海外の専門家の見方。米国のニューヨークタイムス紙(New York Times)も、私がいた16年前からさかんにネット界にチャレンジし、15年間ぐらいの試行錯誤で今のかたちがある。

FT買収の2つ目の不安・心配は、「相互主義」に則っていないこと。約20年前、ルパート・マードック(Keith Rupert Murdoch)や孫正義が、テレビ朝日を狙うために朝日新聞株を買おうとしたが日本はそれに対抗して事実上、買えなくした。また、その約10年後、堀江貴文氏がニッポン放送、フジテレビを買おうとしたが結果は同じだった。日本は、「記者クラブ」システムとクロスオーナーシップ(自社持ち株制度)によって、メディア企業を買えないようにしている。

環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)には、情報通信分野が入っている。合意したら日本のメディアも買収されることになることが分かっていない。買えないとなると、相互主義から逸脱し、自由貿易を含めた問題になる。外から見ればいわゆるカルテルだ。日経は喜んでいるかもしれないが、自分を支える既存システムの崩壊につながる。パンドラの箱を日経自身が開けたのではないかと思っている。

海外特派員の激減、質が低下した「外国人特派員協会」

——日本にも、外国人特派員協会(FCCJ)が有楽町にあるが、最近は昔の長崎の“出島”みたいな、遠い存在になっている。活動も昔より不活発だ。

上杉  私はNew York Timesの一員としてFCCJに1999年から2001年に所属していたが、当時、ワーキングプレス記者(特派員)が全会員の8割程度を占めていた。しかし、今は20%にも満たないときく。なぜかというと、ほとんどの海外メディアが日本、東京から撤退して、中国などに行ってしまったからだ。日本パッシングから、日本ナッシングになったのだ(笑)。

FCCJの特派員会員が減ったためアソシエイト(会員)制にして、大手メディア出身の日本人記者OBや日本企業会員を大量に入れた。何が起こりだしたかというと、カレル・ヴァン・ウォルフレン(Karel van Wolferen)元会長らが批判しているように、質問の「質」が落ちた。のみならず自分の会社のためのロビー活動、ロビー質問をする者が増えた。それでどんどん、まともなジャーナリストが減っていくという、負のスパイラルに陥ってしまった。

——私も会員だが、記者会見も“際物”が増え、海外でこれをやれば受けるなというような記者会見のケースが増えている。外国人特派員協会と日本新聞協会の交流が少ないのも問題だと思う。

上杉  日本では相対的にFCCJは質が落ちすぎ、日本の記者クラブの質は非常に良くなっているのかもしれない。ただ、日本の記者クラブは、いまだにインターネットメディアの出入りは禁止。FTの話じゃないが、相互主義の観点から海外メディアは怒っている。だから2009年の人民日報の社説に、「日本には記者クラブがある。こんな旧態依然なことをやっている日本よりも、北京に来たほうがいい。われわれはオープンにしている」のようなばかげてはいるが、ある意味、現実のことが書かれる。

世界の検索 Googleの圧勝が意味すること

——もう1つの大きな問題は、検索。いまや世界の検索ではGoogleが圧勝。対抗できるのはApple、Microsoftだけ。この3社でほぼ95%以上の検索を占めている。日本は圧倒的にYahoo! Japanが強い時代があったが、つい最近、日本でもYahoo! JapanがGoogleに抜かれた。どう分析していますか。

上杉  もう決定的になりましたね。Yahoo! JapanとGoogleが戦っているという構図ではなくて、Yahoo! Japanは事実上敗北に終わったと思う。検索が命で帝国を築いたGoogleの傘下に下ったということなので、Yahoo! JAPANは、そこで争っても仕方ないと思う。Yahoo!の検索エンジンは、そもそもとっくにGoogleに依存している。

——パーソナルデータの扱いも大きな問題。欧州司法裁判所が14年5月に、「忘れられる権利」という判決をした。消去権ですね。

上杉  バイラル(viral)メディア、いわゆる「寄生するメディア」をこれ以上続けると、訴訟の対象になるという危惧がある。だからNO BORDER、nippon.comは、丁寧に独自、オリジナルなものを作ってきた。日本は法整備もリテラシー感覚も遅れていて、大手メディアもバイラルを平気でやっている状況。じきにヨーロッパのような判決が日本でも出る。4年後ぐらいには。そうしたら気づくだろう。

ただ、Googleにしろ、Yahoo!にしろ、Amazonにしろ、日本を植民地化している。要するに彼らは日本に法人を置かない、訴訟されてもアメリカに連絡してくれと。ヨーロッパはそうじゃない。ところが日本は完全になめられている。今回の「忘れられる権利」の判決も、日本には全く適用されず、ヨーロッパだけ。だから日本のメディア空間は、ふた回り遅れていると言ってよい。

インターネット上の“消去権”、狙いは「多様性の確保」

——消去権の背景として、EUが主張している1つは「多様性」の確保。データをワンセットでパッケージされ、自分たちの使い勝手のいいように使えないということで、EUが直感的に動いた感じがする。キーワードは「多様性」。インターネットの検索は、検索項目と答えがワンセットになっている。これは情報を読むときに非常によくない傾向で、情報を疑ってかかるということがない。

上杉  スマホでキーワードを打ち込むだけで、ある程度の答えが出てくる。それが答えだと。ところが、社会はそんなに単純で画一的ではなく、多様な価値観と多様な考え方を持つ人で構成されている。だからインターネットは、多様性が担保された社会を反映できていない。

その先に行くとどうなるかというと、(情報の)「独裁」がある。EUが多様性を率先して守ろうとするのは、「これはまずいぞという直感」と「過去の反省」があるから。日本は分かっていない。

グローバル化に対応する歴史教育の見直し

——ところで、多言語の仕事をしていると、日本の歴史教育のあり方に疑問を感じる。日本の中学、高校の歴史教育は、世界史は世界史でやり、日本史は日本史でやる。日本史の中には世界は出てこない、世界史の中に日本は少ししか出てこない。それでグローバル化した時代に対応できるのか。何かあると「内向き」という言葉でごまかしてしまう。しかも「内向き」と評論家が言うたびに、それで満足して内向きになっている。

江戸時代の鎖国には2つの面があって、1つは外国人を入国させないこと。もう1つは、ルソン(フィリピン)、バタビア(ジャカルタ)など海外に出ていた日本人の帰国を許さなかったこと。彼らはやがて長い年月かけて死滅していってしまった。その断絶が、戦後の歴史の中でもまた繰り返されていのではないかなと。400年前のグローバルな時代に日本人は海洋民族として外に出たにもかかわらず、そのDNAを忘れて戦争に負けて、またカラにこもってしまった。そういう事実に返って、海外発信とか多様性というのを考え直さないといけない。

上杉  ベトナム中部、ダナン北側にホイアンという町があるが、400年以上前に日本人が造った橋とかがまだ残っている。びっくりするのは、「日本橋」という名前のようにあちこちに「日本」の面影が現存している。

——海外へ出た人たちを救わない、救済しない日本のやり方というのは、内向き論の源流にあるのではないか。その反動で今度は突然思い立ったように外に出て行く。FTとは言わないが、泡を食って出て行くようなことをしないために、歴史教育の在り方をもっと考えないと。

上杉  外に行った者に対して冷たいのは、確かにある。ネットでいえば、例えばソニーの「Reader」。あれだけの物を作りながら、日本の出版文化が守れないというバカげた理由で、権利を海外にみすみす手離してしまった。結果として逆輸入となったのがAmazonのKindle。あれはそもそもはソニーのReaderがモデル。やっぱり鎖国根性、島国根性ですかね。

20年前に「メディア鎖国」を開放していれば

——“静かなる有事”が迫っている日本。人口急減社会だとか、財政危機とか、静かに訪れてくる有事に対処するためには、海外とのネットワークを活かさざるを得ない。そういうときにメディアがもっと前広に出ていかなきゃ。インターネットはまさにノーボーダー(国境を越えて)で出て行ける。だが、既存メディアは多言語を装着していないから、なかなか出て行こうとしない。

上杉  放送と通信の融合も実現してはいない。約20年前、孫正義氏やルパード・マードック氏が日本メディアを買収しようとしたとき、日本のメディアが外に向かって鎖国を解いていたら、恐らく今、テレビ朝日や朝日新聞は世界のメディアの雄になったかもしれない。

さらに言えば、約10年前の堀江貴文がフジテレビを支配していたら、通信と放送の融合が完成したCX、フジテレビ、フジサンケイグループが日本のトップに行っていたと思う。新しいものを排除することによって、結果として自分の首を絞めてきてしまったと率直に思う。

「フラット化」にブレーキがかかり始めたネット空間

——「フラット」という言葉がインターネットのメリットのように一時言われた。しかし、最近ではこの「フラット化」「均質化」に、ブレーキがかかってきている。インターネットでものを見てしゃべっている人たちは、みんな同じことばっかりしゃべっている。テレビ番組も似たような番組ばっかり。日本へのインバウンドの動きが活発になると、外国人が「これがいい」「食べ物はいい」とこぞってほめる。似たような番組ばっかりになる。

上杉  あの極端な展開って何ですかね、日本社会特有なのか。わたしたちのNO BORDERの柱である「ニューズ・オプエド」ですが、「オプ・エド(Op-ed)」というのはopposite editorialということ。つまり、今の中心的な意見の反対の意見を提示すること。それは最低限の二元化であり、その先にはマルチがある。多様性が芽生える。

——インターネットメディアは使いやすくなったが、フラットになって質が落ちる、価値観の強弱が見えない。単一化という危険性もある。また、個人データをどう守るか、相当神経質な社会になっている。情報がなかなか消えない、消しゴムが無い時代になってくると、非常に大変という気がする。

上杉  そのへんのモラルが追いついてこない。「Yahoo!ニュース」の取材を2ヵ月以上やり、多くのインタビューで分かったことは、あの「Yahoo!ニュース」のトピックス8項目を見て、日本の社会の一部が動いているということ。しかも、作っているのは26人。トップの編集長はわずか5年目の若手記者。その人たちが権限を持って、「Yahoo!ニュース」をやっている。そこに大手メディアがページビュー(PV)を稼ぎたいためにひざまずいている。

いいか悪いかは別として、無意識のうちにフラット化が起こっている。それがどうなるかというと、やがてメディアのリテラシーや質が落ち、完全に一回崩壊するときが来ると思う。そのあと立て直しはたぶん、大手メディアではなくて小さなメディアによってなされる。

日本からマスメディアが消えるのではないかと思う。

不透明な「Yahoo!帝国」の近未来

——戦後70年から大きな節目を迎えて、最後にメディアの注目点は何ですか。

上杉  Yahoo! Japan帝国が20年来、日本で続いてきた。しかしインターネット業界でYahoo! Japan帝国が崩壊することが、今後5年以内には起こるのではないかと思う。端的な理由は、Yahoo! Japanがモバイルに乗り遅れたこと。そしてモバイルを制した者こそ勝つということで、日本や世界にGoogle帝国が訪れる。

また、FTを買った日経がたぶんパンドラの箱を開けてしまったので、日本に海外のメディアが入ってくる。裏を返せば、20年遅れで日本のメディアが買収され始める。私自身も2005年にブログを始めて、2008年にFacebookとTwitter、さらに自らNO BORDER、自由報道協会(FPAJ)、「オプ・エド」などの試せるメディア創設をすべてやってきた。分かったことは、米国で起こっていることが、4、5年後に日本で必ず来るということ。それを見ていれば何が起こるかわかる。その意味で非常に楽な国にいると(笑)。

カバー写真=上杉隆(左)と原野城治

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