特集 ポップカルチャーは世界をめぐる
G-SHOCK、その人気も壊れない
職人芸が生んだ世界一タフな腕時計
[2011.10.03] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية | Русский |

1983年の誕生から28年。世界各地の山、海、空、砂漠、そしてもちろん街中でも、人々はG-SHOCKを使っている。あせることない人気の秘密は、強靭さと機能性を徹底的に追求した開発者の職人魂にある。

G-SHOCK機能と日本のカルチャーシーンの変遷

「トリプル10」実現を目指して

比類なき耐衝撃性と防水性を実現した、カシオ計算機の「G-SHOCK」が誕生して28年目を迎える。“落としても壊れない腕時計を作る”という開発者、伊部菊雄の発想がきっかけだった。「落下強度10m、防水10気圧、電池寿命10年」のトリプル10を開発思想に掲げ、伊部を中心とした総勢8名の「Project Team TOUGH」が立ち上がる。

開発は難航した。伊部は人目を避け、奥まった社屋の3階にあるトイレの窓から試作機を落下させて実験を繰り返した。しかし、試作機が100台を超えても、成功の手応えはなかった。

ある日、伊部は子供が戯れるゴムボールに成功のヒントをつかむ。中空に弾んだボールに、モジュール(時計の心臓部)が浮かぶイメージが重なり、ひらめきが走った。外装に衝撃がかかっても、モジュールが浮かんでいれば衝撃は伝わらないのではないか。今までモジュールを頑丈にガードすることばかりに思いを巡らせていた伊部には目からウロコだった。ケース内のモジュールを点で支え、宙に浮かせるアイデアにかすかな望みを賭けた。この「中空構造」こそが、現在まで連綿と続く耐衝撃の基本構造である。

1983年、試行錯誤は、ファーストモデルDW-5000C-1(年表内写真1)で結実した。

衝撃的な米国デビュー

腕時計に革新をもたらしたG-SHOCKが、最初に注目されたのはアメリカだった。当時の日本では薄型のドレスウォッチ全盛で、タフなデジタルウォッチへの関心は低く売り上げは低迷していた。

アメリカのスタッフはタフな構造を知ってもらうため、G-SHOCKをアイスホッケーのパックに置き換えスティックで激しく打ちつける刺激的なCMを放映した。

「誇大広告ではないか」。CM放映後からこんな問い合わせが殺到し、ニュースでは真偽を実証する企画まで組まれた。CMと同じようにスティックでたたきつけられたあと、テレビカメラがG-SHOCKにフォーカス。正確な時刻を表示し続ける様子を捉えた瞬間、全米にG-SHOCKの名は轟いた。このアメリカの人気が凱旋する形で日本でも人気と評価が高まった。

「1990年代には、ゴツゴツとしたデザインのDW-6000(年表2)などがスケートボーダーの間で支持された。衝撃に強く防水で、頑丈なマッスルスタイルも彼らのスタイルにマッチしていた。これを機に音楽やファッションなどユースカルチャーシーンでG-SHOCKの人気は急上昇した」(カシオ計算機 時計事業部 商品企画部・斉藤慎司氏)という。

プロフェッショナルも満足

G-SHOCK データメモ
  • これまでのバリエーション2000本以上
     (カラーバリエーションは含まない。2007年データ)
  • 販売数累計 5000万個(2009年)
  • 使用する有名アーティストの例
    エミネムやコールドプレイがPV内で使用。カニエ・ウエストはNYのSHOCK THE WORLDに参加。映画『スピード』でキアヌ・リーブスが着けていたことも話題に。
  • 販売する国の数 96カ国

1990年代に入ると、耐衝撃構造をベースに、さらに過酷なシーンを想定した特殊機能を装備するプロフェッショナルウォッチの開発に着手する。MANシリーズ(年表3)では、ダイバー、パイロット、レーシングメカニックといった各分野のプロが道具として使える機能が装備された。このモデルはその後も性能がブラッシュアップされ現在の「Master of G」シリーズへと進化を遂げている。

また、暗闇で液晶を照射するためのミクロ電球も1995年、EL素子に電圧をかけると発光するEL(エレクトロ・ルミネセンス)バックライトに刷新。夜間の視認性が大幅に向上した。

さらに、液晶にスペーサーというフィルムを貼り、発光するたびにフィルムに描かれた、クジラやデビル(悪魔)といったグラフィックが浮かびあがる仕掛けも好評を博した。1994年には女性向けG-SHOCK「Baby-G」(年表4)も登場。独立したシリーズとして歩んでいく。

21世紀の新機能


アメリカのBMXライダー、ナイジェル・シルベスターとのコラボモデル

G-SHOCK開発陣は、ここで満足することはなかった。2002年には、太陽光や蛍光灯のわずかな光で充電を行うタフソーラーと時刻修正の手間がかからない電波受信機能を融合した画期的なモデル「The G」(年表5)を発表。現在では日本、北米、ヨーロッパ、中国と世界6局の標準電波を自動受信する「マルチバンド6」仕様に進化している。

しかし、機能だけで時計が売れる時代ではない。開発陣は、若い世代がアクセサリー感覚で着けられるファッション・アイテムとしてのアプローチも進めた。ピンクの色彩を取り入れたモデルなども積極的にリリース。ファッションとしても注目を集めつつ、機能性を実感してもらうために従来と異なるアプローチで、腕時計離れの進む世代を惹きつけた。「ステューシー」「ブラックフライ」など国内外のブランドやアーティスト、デザイナーとのコラボレーションもそのひとつだ(右写真)。

「種類が増えても耐衝撃、防水といった基本理念は継承された。絶対に譲れない領域があったからこそ、G-SHOCKはブレずに進化を遂げたといえる」と斉藤氏は強調する。

職人魂は時空を超える

各年代が欲するモデルを揃え、定番アイテムとして認知されたG-SHOCK。日本国内では今なお売り上げを伸ばし、90年代のブーム時を凌ぐ勢いだ。開発者の伊部菊雄は、耐衝撃構造の生みの親として、その素晴らしさを広めるツアーイベント「SHOCK THE WORLD」でニューヨーク、ロンドンなど世界各国を訪れる。時にはパフォーマンスとして、G-SHOCKを壁にぶつけてみせる。(写真)


2009年のツアー、ロンドン会場での伊部氏。

G-SHOCKの人気は日本、北米、ヨーロッパにとどまらない。今や中南米や東南アジアの新興国にもファンが拡大。今後は中国や中東へも広げ、世界ブランドとして展開していくという。日本のあきらめない職人思想から生まれた、唯一無二のタフネスウォッチは、今や世界的スタンダードとなりつつある。

文=安藤 政弘

現在、日本で発売中のモデルの一部を下のギャラリーでご覧いただけます。

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