特集 ポップカルチャーは世界をめぐる
ネット世代の漫画家、筒井哲也がフランスでウケる理由
ジャパン・エキスポ2012レポート(2)

ローラン・ルフェーヴル【Profile】

[2012.10.29] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية |

2012年の仏「ジャパン・エキスポ」で、出版社の大プッシュを受けて強烈に目立った若手漫画家・筒井哲也。最新作でソーシャルネットワーク時代の不安を鋭く描いた新世代の奇才に現地ジャーナリストが迫った。

フランスとの深い縁

筒井哲也 (Photo : Laurent Koffel)

パリ郊外で開かれた第13回「ジャパン・エキスポ」(2012年7月)。今回も萩尾望都、浦澤直樹といった漫画界の大御所が招待された。その中でひときわ若さを感じさせたのが筒井哲也だ。しかし2007年のパリ国際ブックフェア、2008年のジャパン・エキスポに続き、筒井の渡仏はすでに3度目。今回はジャパン・エキスポに先立ち、北はブリュッセル(ベルギー)から南はマルセイユまで8都市でサイン会を行なった。日本の漫画家としては過去に例がない。筒井はそれほどフランスで人気がある。

フランスで最初に作品が出版されたのは2004年。自身のホームページ(http://www.pn221.com)で公開していた『ダズハント』(2002年)のフランス語版で、書籍版としては世界に先駆けての刊行だった。

だが当時は、「月刊少年ジャンプ増刊号」(2002年8月22日号)でデビューはしていたものの、日本では無名に近かった。ウェブで作品を自主発表し続けた筒井には、「とにかく人に見てもらいたかった。契約とかお金とかは関係なく、読者の反響がほしかった」という思いがあった。それがやがてはスクウェア・エニックス、集英社といった大手からの出版という成功につながっていく。

しかし2006年5月に『マンホール』の連載(ヤングガンガン誌)が終了し、2007年5月に再びウェブで『コレクター』を発表した後、筒井は長い沈黙に入ってしまう。彼がフランスを初めて訪れた(海外旅行自体、初の経験だった)のは、まさにこの期間だった。「フランスでは、読者やジャーナリストから受ける質問が新鮮で驚きました。数々の深い議論ができたのはありがたかった。漫画を描きたいという意欲を再び取り戻せました。フランスをはじめとする読者の熱意があったおかげです」と振り返る。

ジャパン・エキスポ会場に展示された筒井作品の登場人物たち。(左から)中西(ダズハント)、田村(マンホール)、新聞男(予告犯)  (Photo : Laurent Koffel)

こんな社会が正常なのか?

そして復帰を飾ったのが現在も月刊「ジャンプ改」(集英社)に連載中の『予告犯』。日本で単行本の第1巻が発売(2012年4月10日)されてから2カ月半という異例の早さでフランス語版『Prophecy』も刊行された。発売日はジャパン・エキスポ開催直前に合わせて6月28日。8年前から筒井を支えてきたフランスの出版社Ki-oonが、エキスポ会場でも大々的なプロモーションを展開した。

入口すぐのKi-oonのブースには、『Prophecy』の巨大パネルを背景にした30㎡のスペースに登場人物の等身大フィギュア4体が並び、来場者たちの度肝を抜いた。ルクセンブルクのフィギュア制作会社「Tsume-art」が4人の職人を投入して4カ月をかけて完成させた力作だ。

展示の中央に屹立するのは、新聞紙で覆面しバットを手にした「新聞男」。世の中の悪に制裁を加えるこの物語のアンチヒーローだ。インターネットに犯行予告の動画を投稿し、人の尊厳を踏みにじる行為を働いた者たちを残虐な私刑に処す。それは、これまでの筒井作品に通じるテーマだ。つまり、社会の周縁に生きる人物が新しいテクノロジーを駆使して、社会の不正に報復を加える。

筒井が創作にあたって最も重視するのは「自分が伝えたいメッセージとは何か?」ということだ。一般的に漫画雑誌の編集者が若手作家を「指導」する傾向にある中、筒井は敢えて自分の意志を強情に貫く。「日本の社会は人と違う生き方をする者たちに残酷です。仕事に就かなければ世間の目が冷たいし、失業すればそのまま社会からはじき出されてしまう可能性だってある。『予告犯』を通じて読者に訴えたいのは、こんな社会が正常なのかよく考えてほしいということなのです」。

『予告犯』のフランス語版『Prophecy』より © Tetsuya Tsutsui / Ki-oon

ネット上の犯罪をリアルに描く

社会に対する批判の力、これこそ筒井がフランスで高く評価されるゆえんだ。フランスで独自の発展を遂げたヒップホップ文化がそうであるように、フランスにおけるポップカルチャーは、破壊的な力で成り立っている部分が大きい。『イキガミ』の間瀬元朗(※1)、『キーチ!!』の新井英樹(※2)がフランスで人気があるのも、恐らくこうした背景による。

それに加えて、『予告犯』はソーシャルネットワークの普及やインターネットの匿名性が誘発する犯罪行為という非常に現代的なテーマを扱っている。作者は、ネット上で丹念に情報を集めながら、実際に起こった事件を元にシナリオをつくっていく。

ネット世代でもあるマンガファンの若者たちがこの物語を身近に感じるのも当然ではないか? メディアメトリ社の調査によると、フランスのネットユーザーの77%が何らかのソーシャルネットワーク・サービス(SNS)に登録している。日本や米国と同様、フランスでもネット上での「なりすまし」や、モラルハラスメント、誹謗中傷などの被害が増え続けている。ジャパン・エキスポでKi-oonのブースを訪れたファンたちは、口々に「身近で起こったことや、ネット上で目撃したことに似ている」と話し、物語への共感を示した。

フランス人の読者にとって、物語の舞台はもはや遠い国、日本ではない。ネット空間で「今まさに起きていること」をストーリー展開していく筒井哲也に、現代社会を切り取る作家としての重要性を感じないわけにはいかない。

「新聞男」に扮した筒井哲也とKi-oon のスタッフ © Ki-oon

(※2012年7月に書かれたフランス語の原文を抄訳。文中では、フランスにおける日本の漫画を指す場合は「マンガ」と表記し、コミック全般を指す「漫画」と区別した)

撮影=ローラン・コフェル(Laurent Koffel)

(※1)^ ませ・もとろう 1969年、愛知県生まれの漫画家。代表作の『イキガミ』は2005年から2012年2月まで週刊ヤングサンデー、次いでビッグコミックスピリッツ(ともに小学館)にて連載、2008年には映画化もされた。

(※2)^ あらい・ひでき 1963年、神奈川県生まれの漫画家。代表作は『キーチ!!』(ビッグコミックスペリオール、小学館、2001~2006年)のほか『宮本から君へ』(モーニング、講談社、1990~1994年)、『ザ・ワールド・イズ・マイン』(週刊ヤングサンデー、小学館、1997~2001年)など。

  • [2012.10.29]

フリー・ジャーナリスト。1978年生まれ。情報コミュニケーション科学高等研究学校(パリ・ソルボンヌ大学)卒業。地方の情報誌記者を経て、2004年から日本のポップカルチャー専門の媒体で執筆。2006年よりアニメ、マンガ、ゲームを専門とする季刊誌「Coyote Mag」のマンガ担当チーフ。マンガ作品を題材にしながら、主にフィクションと現実社会との関係性をめぐる論考を展開する。

関連記事
この特集の他の記事

ピックアップ動画

最新の特集

バナーエリア2
  • nippon.comコラム
  • in the news
  • シンポジウム報告