特集 ポップカルチャーは世界をめぐる
漫画家・安野モヨコの全仕事を振り返る展覧会「STRIP!」
[2016.09.21] 他の言語で読む : ENGLISH | FRANÇAIS | ESPAÑOL |

「働きマン」や「さくらん」などで知られる漫画家・安野モヨコ氏の20年超におよぶ作品を展示した「STRIP!」が開催中だ。「これまでの歩みをありのままに晒(さら)す」という意味をタイトルに込めた展覧会だ。

原画の美しさに触れ、物語を体感できる展示

9月1日から「安野モヨコ展 STRIP!」が開催されている。渋谷から池袋に移転したパルコミュージアムのオープニングを飾るもので、20年の画業を網羅する初めての大規模個展となる。「ハッピー・マニア」「働きマン」「さくらん」「シュガシュガルーン」「オチビサン」などのトビラ絵や名場面などの精密で美しい原画を眺めて歩くだけでなく、「読める」展示になっているのがファンにはうれしい。

雑誌には掲載されたものの、単行本未収録であるため“幻”とされている「さくらん」の第2章もここで読むことができる(展覧会を記念して発売された画集では2章全話を掲載!)。現在連載中の「鼻下長紳士回顧録」のエリアでは、文字のない1コマ、そこに描かれた娼婦たちの姿や表情から、この作品が醸す独特の雰囲気や物語が十分に伝わってくる。

「鼻下長紳士回顧録」(女性漫画誌「FEEL YOUNG」[祥伝社]に連載)は、20世紀初頭のパリの娼館で暮らしながら働く女性たち、客である変態紳士たちの交わりを描いた作品

初期のヒット作「ハッピー・マニア」(祥伝社)の展示は、主人公であるシゲタカヨコが恋してきた男性をカタログ的に紹介していく見せ方が面白い。彼ら一人一人を「名前」「出会い」「職業」「性向」といったスペックで表示し、シゲタとの絡みを数コマの漫画で紹介するのだが、10人以上の男性キャラには1人として同じタイプがいない。でも、どこかの誰かに重なるような男性(しかも、どちらかというとクズ)の類型を、よくもこれだけそろえたものだと感心するし、懲りずにアプローチし続けるシゲタの貪欲さもアッパレすぎる。

「ハッピー・マニア」のエリアは、シゲタが恋した(ような気がした)男たちのカタログ的な構成

編集者から遊女まで、女もほれる女たち

安野モヨコ作品には、たくさんの「カッコイイ女」が登場する。恋に仕事にと猪突(ちょとつ)猛進する登場人物たちは、ぱっと見にはグイグイ進む強さが目立つ。しかし、一人になるとつまらないことで悩み、人知れず泣きぬれ、また人前に出れば意地を張る。目をつぶって明後日の方向に走り、自爆することも少なくない。強いだけでない、弱さや甘さもひっくるめて「カッコイイ」。そんな姿が多くの読者の共感を呼び、引きつける。

テレビドラマ化もされた「働きマン」(講談社)は、週刊誌「JIDAI」編集部で編集記者として働く松方弘子が主人公。仕事が修羅場に突入すれば、「仕事モードオン!!男スイッチ入ります。働きマン!」の掛け声とともに変身し、恋人の存在や自分自身が女であることも忘れて仕事に没頭する。とはいえ、28歳という妙齢の松方、仕事仲間や上司とぶつかり励まされ、仕事で失敗してはへこむ一方で仕事に元気をもらい、恋人との関係にも苦悩する。そんな姿がリアルに描かれ、同じような悩みを持つ女性たちから絶大な人気を得た。

「週刊JIDAI」の表紙をモチーフにデザインされた大型パネルと多数の原画が目につく「働きマン」エリア。各キャラクターのカバンの中身まで設定されている

江戸時代が舞台の「さくらん」(講談社)では、遊郭・吉原の遊女たちの暮らしを描いた。蜷川実花監督で映画化された人気作のひとつだ。主人公は、美しさと強気な態度(時折見せる甘さも)で旦那衆をとりこにし、吉原一の売れっ子花魁(おいらん)へと成長するきよ葉。女性向け時代漫画という珍しいジャンルだが、着物の柄や髪型、髪飾り、江戸の街並み、柱の木目の一つ一つに至るまで、全ての線を手で描いたという絵に、まず圧倒される。そして、遊女同士のせめぎ合いや客との掛け合いなど、粋なセリフのやりとりに、ぐっと心をつかまれてしまう。華やかな世界の裏には自らの意思では抜け出せないやるせなさや死が意外に近いところにあることを感じて、もの悲しくなることもある。でも、女たちは逞(たくま)しく生きている。

吉原の張見世をイメージした「さくらん」のエリア。遊女たちのように、原画も格子の中に並べられている

絵の細部に込められた時代性

安野モヨコ氏は、1971年、東京都生まれ。小学校3年生のときに「漫画家になろう」と思い、以来、現在までずっと絵を描いてきた。安野氏の絵に対するこだわりを特に感じるのは、流行に敏感な登場人物たちが身にまとう服装や小物。ファッションの世界をモチーフにした作品も多く、先に紹介したような作品では、キャラクターやシーン、その時代の流行などに合わせて、細部に至るまで考え抜いて描いている。

もう一つ、作品の多彩さも安野氏の特徴だといえる。人間界に送り込まれた魔女2人が活躍する「シュガシュガルーン」は少女漫画誌「なかよし」(講談社)に掲載。鎌倉のどこかにあるという豆粒町を舞台に四季折々の自然の楽しみを感じさせる「オチビサン」は、朝日新聞日曜版を経て、現在はニュース週刊誌「AERA」(朝日新聞出版)に連載中。どちらも子ども向けにアニメ化されている。

女性向け、青年向け漫画誌をはじめ、少女誌、新聞、ニュース週刊誌と、ここまで幅広い媒体で作品を発表し続ける漫画家は珍しい。映画監督の夫・庵野秀明氏との日常を描いた「監督不行届」(祥伝社)、食をテーマにした絵と文章によるエッセー『くいいじ』(文芸春秋)など、ジャンルの枠を超えた活躍ぶりも目立つ。

魔界を舞台にした「シュガシュガルーン」にはキラキラしてポップな小物がたくさん登場し、子どもたちを楽しませる

連載休止期間を経て、新たな魅力を開花

これまでの安野作品とは大きくタッチが異なる「オチビサン」。展覧会では子ども用衣類や手拭いなどのキャラクターグッズを販売

ただ、ある時期、創作のペースを緩めることがあった。デビューから第一線で活躍してきた安野氏だったが、2008年、体調不良を理由に「オチビサン」を除く全ての連載作品をストップしたのだ。漫画家になって以来、常に何本もの連載を抱え、自身の描く作品の主人公と同じようにパワフルに走り続けてきた。やはりどこか無理をしてきたのだろう。そんな彼女は、ほんわかとしたタッチの「オチビサン」を描きながら少しずつ元気を取り戻し、2013年に「鼻下長紳士回顧録」で本格復帰を果たした。

充電期間を経て、これからどんな漫画を描いていくのか。年齢を重ねて変化するものもあるに違いない。今までよりさらに作品が多彩になっていくのが楽しみだ。

「安野モヨコ展 STRIP!」開催概要

会期:2016年9月1日(木)~9月26日(月)
場所:池袋パルコ本館7階「パルコミュージアム」(東京都豊島区南池袋1-28-2)
開催時間:午前10時~午後9時(入場は閉場の30分前まで/最終日は午後6時閉場)
入場料:一般500円、学生400円、小学生以下無料
公式サイト:http://www.parco-art.com/web/museum/exhibition.php?id=988

バナー写真:左から、今回のポスタービジュアル、「ハッピー・マニア」、「働きマン」、「さくらん」(©安野モヨコ/コルク)
取材・文=牛島 美笛
撮影=ニッポンドットコム編集部

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  • [2016.09.21]
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