特集 暮らしの和コロジー
富士山を守れ!
世界遺産登録をお祭り騒ぎにするなかれ
[2013.06.24] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية |

富士山がついに世界遺産として認められた。その秀麗な山容は日本の誇りであるが、その一方、山麓ではごみ問題が絶えない。富士山が日本人の心の原風景であり続けるためには、何より環境への配慮が不可欠だ。

カンボジアの首都プノンペンで、2013年6月22日、ユネスコ世界遺産委員会が開かれ、富士山の世界遺産登録が決定した。日本が世界遺産条約を批准したのは1992年。富士山の登録はその当時から期待されていた。今回の決定までに20年以上の歳月を要した背景には、国が当初、自然遺産としての登録申請を目指したものの、のちに断念したことが挙げられる。

確かに富士山は日本一の威容を誇る。しかし世界にはキリマンジャロ(タンザニア)やナウルホエ(ニュージーランド)といったスケールの大きな成層火山がほかにもあり、いずれもそれ以前に世界遺産に登録されていた。「果たして富士山にこれらを凌駕する自然価値があるだろうか」という判断があったのは当然だった。富士山は自然遺産と主張するには、開発が進みすぎていたからだ。さらにもう一つ、大量のごみや屎尿(しにょう)の問題があった。

山頂から山肌を流れる「白い川」の正体とは!?

富士山のごみ・屎尿問題が改善に転じるのは2005年頃からだ。それ以前は、山小屋や山頂の公衆トイレは昔ながらの“垂れ流し”だった。当時、山頂から流れ落ちて山肌にこびりついた屎尿やトイレットペーパーは、強烈な悪臭を放ち、「白い川」と呼ばれた。

当時、ごみ問題に対する登山者の意識は低く、空き缶や吸い殻などの投げ捨てが跡を絶たなかった。山頂の浅間神社奥に湧き出る“霊水”にさえもごみが浮いていた。五合目以下の道路脇には電化製品やバイク、車などの大型ごみの不法投棄が横行していた。

遠くから眺める富士山には誰もが崇敬の念を抱くが、その懐に入って姿が見えなくなると“霊峰”に対してさえ身勝手な振る舞いをする。ほんの10年前の日本人は、これほどモラルが低かったのだ。当時、山を汚してきた日本人に、富士山を愛する気持ちがあったかどうかは疑問だ。

市民ボランティアによる一大清掃活動

ありがたいことに、富士山を本当に愛する人が皆無だったわけではない。世界遺産登録の話が持ち上がる以前から、富士山の清掃や環境保護活動を行ってきた地元の人々もたくさんいた。例えば、富士山の環境保護のために1998年に設立されたNPO法人「富士山クラブ」は、のべ6000人を超えるボランティアとともに、毎年60回を超える清掃活動を続けてきた。回収したゴミは年間数十トンにもなる(2009年度は57トン)。こうした活動には企業や学校、その他のさまざまな団体、子どもから高齢者までがボランティアで参加している。

富士山クラブは、前述の「白い川」解消にも大きく貢献した。2000年から2002年にかけて「富士山トイレ浄化プロジェクト」と銘打ち、バイオトイレの設置に取り組んだ。便槽に杉チップを詰め、糞尿を微生物の働きで分解、堆肥化させるという仕組みだ。富士山の過酷な気象条件下でも機能するように改良を重ね、山小屋と協力しながらトイレを切り替えていった。

こうした地道な活動が実り、ごみ・屎尿問題は徐々に改善されていった。行政もバイオトイレへの補助金制度を新設して山小屋への普及を促し、PR活動も行った。登山者のモラルも向上しつつあり、現在では五合目より上は、ごみがほとんどなくなっている。

世界遺産登録の取り消しもあり得る!

しかし悲しいことに、山麓部へのごみの不法投棄は続いている。夏のピーク時の登山者受け入れ態勢も決して十分とは言えない。世界遺産登録を機にさらに多くの登山者が押し寄せれば、解決できない問題が出てくることは必至だ。

静岡県環境局自然保護課の大川慎一さんは、「世界遺産は登録が目的ではなく、富士山の環境を守っていくことが目的です。登録をきっかけに自然保護への意識とモラルについて考えてほしい」と話す。

登山者がますます増えそうな状況を受け、地元の山梨県と静岡県は、この夏から環境保全協力金として“入山料”を導入することを検討してきた。金額はいろいろと議論されたが、今の所は、入山期の10日間、1000円を目安に任意の協力金を集めることになりそうだ。京都大学の栗山浩一教授(環境経済学)らは、登山者数を抑える効果があるのは「1人7000円」と試算しており、今後さらなる議論が必要になるだろう。

富士山の環境保護や世界遺産登録の活動に早くから取り組んできた都留文科大学の渡辺豊博教授は、「登録は喜ばしいことだが、お祭り騒ぎになってしまうことが心配です」と語る。

「ごみ問題のほかにも、登山者の安全対策、景観整備、開発の抑止など課題はまだたくさんあります。特にユネスコは、富士山の保護・管理について一元化された包括的な管理計画がないことを指摘しており、早急に対応しなければなりません。環境が悪化して登録が取り消された例もある。富士山がそうならないよう、法整備も含めた態勢づくりが必要です」

ユネスコから世界遺産登録を受けた富士山。自然遺産ではなく、文化遺産としてではあるが、その文化を育んできたのが美しい自然であることは間違いない。私たちは、富士山を「日本の象徴」、「日本人の心の原風景」と呼ぶ。その山を日本人が守り続けられるかどうかが、いま問われている。

取材・文=戸矢 晃一
バナー画像=静岡県観光協会

  • [2013.06.24]
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