特集 おいしいごはん
炊飯器でかまどの味の再現に挑む
“炊飯器の神様”と“釜仙人”
[2011.12.19] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL |

スイッチ一つでごはんが炊ける炊飯器は、1955年の登場以来、日本の食卓を支えてきた。ハイテク化が進む炊飯器の究極の味は「かまどで炊いたごはん」。炊飯器開発の世界で“炊飯器の神様”“釜仙人”と並び称される2人を訪ねた。

まず登場するのは、1992年に業界初の「圧力IH(電磁誘導加熱)炊飯器」を開発し、ハイテク炊飯器の礎を築いた元鳥取三洋電機の開発者・下澤理如(まさゆき)さん。これまでに手掛けてきた炊飯器は200種類以上。開発者として炊飯技術を高めてきただけでなく、コメの品種から精米方法、食べ方についての豊富な知識で“炊飯器の神様”と呼ばれてきた。退職した今も、開発者の立場から究極のごはんを追求している。

“炊飯器の神様”下澤さんの自宅には、炊飯器が4台。

 

利便性の時代からおいしさの時代へ

「私が一番おいしいと思うごはんは何かって? それは粒感があって、しっかりと甘みを感じ、水っぽさがないこと。そして、自分の唾液がスッと吸い込まれるようなスッキリとした後味になる。そんな理想の味を35年以上かけて追い求めてきたんですよ」

そんな下澤さんが炊飯器の開発担当になったのが1975年。まさに日本は高度経済成長期の真っ直中だった。その後80年代に入って炊飯器市場は大きく変化したという。

「70年代はスピード性重視の時代で、より早く炊ける、便利であるというのが求められた時代。芯がないごはんが炊ければいいという程度でした。それが1982年にマイコン機能を搭載した炊飯器が登場すると、ごはんにおいしさを求める方向に勢いがつきました」

“炊飯器の神様”が再現した究極のごはん

1987年には政府米と自主流通米の割合が逆転、1992年頃からは市場に「コシヒカリ」や「ひとめぼれ」「ヒノヒカリ」といったブランド米が流通するようになった。それが、ごはんにおいしさを求める追い風となった。

「なんとなくごはんを食べていたのが、おいしいものを食べたいという具合に消費者の嗜好が変化していくのを感じ、それに合わせて開発を進めていきました。日本人が理想とするごはんの味は、ずばり、かまどで炊いたごはん。炊飯器にはその味を再現することが期待されました」

研究と試作を繰り返して作り上げたのが2002年に発売した“匠純銅おどり炊き”。可変圧力機能を搭載することで豪快なかき混ぜ沸騰を実現、いわゆるかまど炊きごはんのようなふっくらとツヤのあるごはんが炊けるようになった。10万円台と高額だったが、大ヒット商品となり、21世紀を代表する製品となった。

モノを作るのではなく、感動を届けたい

「時代が豊かになり、飽食の時代の中で、人は逆に食の本質に気付くことが増えたのだと思います。本当の贅沢とは、毎日食べるごはんがおいしいのが一番だということに。開発者として、単にモノを作るのではなく、製品を通して感動を届けたいという思いが強かった。日本人はおいしいごはんを食べると幸せな気持ちになれる。そんな日常の、些細だけれど大切な幸せを炊飯器に託しました」

下澤さんは現在、炊飯器開発の後継者を育成しながら、おいしいごはんの炊き方や食べ方について、実演を交えた講演活動を行っている。

「コメの消費量は50年前に比べて半分ほどになっています。けれど、本当のおいしさを知ることで、ごはんの需要はもっと高まるはず。だからこそ炊飯方法をはじめ、ごはんについてトータルで伝えることで、意識を変えることができれば、と思っているんですよ」

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  • [2011.12.19]
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