特集 日本人作家がパリで注目された春
日本文学がもたらす喜ばしい邂逅
パリ国際ブックフェアに参加して
[2012.05.03] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS |

パリ国際ブックフェアでの日本に対する注目度、歓迎ぶりは想像をはるかに超えていた。シュバリエ勲章を受章し、招待作家として招かれた関口涼子が、現地で目の当たりにした「日本現象」のインパクトを振り返る。

関口涼子 SEKIGUCHI Ryoko
詩人、エッセイスト、翻訳家。1970年東京・新宿生まれ。17才で現代詩手帖新人賞を受賞。1997年よりパリ在住。2001年にフランス語での第一詩集、『Calque』を現代文学出版で定評のあるPOL社から出版、以後日本語とフランス語での執筆を同時に行う。現在日本語での著作7冊、フランス語での著作10冊。昨年秋にフランス語で出版した『Ce n’est pas un hasard (これは偶然ではない)』(POL社)は、震災を巡る諸問題をクロニクル形式で綴り、話題を呼んだ。2011年秋からは「食」をテーマにした日本文学のコレクションを仏訳出版している。邦訳書にジャン・エシュノーズ、アティーク・ラヒーミー等、仏訳書に多和田葉子、梁石日、吉増剛造など。マンガの仏訳も『テルマエロマエ』『二つ枕』他多数。2012年シュバリエ文化芸術勲章を受章。

大江健三郎氏のサイン会に並ぶ、連日の長蛇の列。そして、その読者の年齢と出自の多様さ。2012年3月にパリで行われたブックフェアで最も象徴的だったのは、実はこの光景だったのではないだろうか。

日本を「主役」に大盛況をおさめたブックフェア

今回のパリ国際ブックフェアには、日本が招待国として選ばれた。毎年、このブックフェアは、招待する国を1カ国選定して開催される。招待された国の文学は、その後もメディアの注目度が上がり、翻訳される機会も増えることが多い。この催しには、単なるブックフェアを越えた社会的な意味がある。

パリ国際ブックフェアの特設コーナー「日本パビリオン」

日本はすでに1997年に1度招かれているのだが、15年という比較的短い間に再び招待が決まった背景には、もちろん震災後の日本文学を盛り立てようというフランス側の好意的な配慮もあるだろう。しかし冷静に見れば、それだけではなく、日本を取り上げることで、このブックフェアそのものを盛り上げようという思惑があったとも考えられる。

その2つの目的は、今回十分に達成されたと言える。会場内に設けられた日本パビリオンでの書籍販売は記録的な売り上げを計上し、入場者数も前年比5%の増加を達成した。震災後ちょうど1年という時期と重なったことも相まって、文芸誌だけでなく、一般誌、日刊各紙、宗教関係誌にいたるまで、3月にはフランスの多くの新聞・雑誌で日本特集が組まれていた。

しかし、そういった数字に表れる現象だけなら、想定の範囲内と言える。日本ブームはここ10年ほど続いていたし、マンガの出版点数は、落ち着いたとはいえ相変わらず無視できないものであり続けている。コスプレを目当てにフェアに足を運んだ若者も多い。

今回私を驚かせたのは、何よりも、フランス人にとって日本文化が、想像以上に身近なものになり、その受容のあり方も多様になっているということだった。

大江健三郎という「現象」

ノーベル賞作家・大江健三郎氏の「反原発アピール」はひときわ注目を集めた

サイン会でファンとの交流を深める古川日出男氏

大江健三郎氏のサイン会に、若者を含む多くの読者が長蛇の列をなした、という「現象」を取り上げてみよう。日本で大江氏がサイン会を開く、あるいは外国人のノーベル賞作家がサイン会を開くとき、そこにどれほどの人が集まるだろうか。今回、大江氏のサイン会に集まった人たちの数の多さと多様さは日本では考えられないレベルであった。

日本のメディアには、大江氏がフランスで行った反原発関係の発言が主に取り上げられていた。それももちろん重要だし、氏の講演はフランスのメディアでも注目を集めていた。しかしその背後には、この作家の作品を実際に読み、サインを欲しいと訪れてくる、具体的な読者の厚い層がフランスに存在するという事実がある。これはもっと知られてもよいのではないだろうか。

もちろんファンのお目当ては大江氏だけではなかった。日曜日に家族連れで来た入場者にとっては、五味太郎氏や駒形克己氏などのイベントが何よりの目玉であっただろう。「GOMI」という名は多くのフランス人の子供にとって、自分が持っている絵本の作者として親しいものだ。

おそらく、これら小さい子供たちは、書き手がフランス人か、日本人かということをそれほど意識せず、自分が好きかどうかで本を選んでいるにちがいない。やはりここでも、日本人によるクリエーションがフランス人の身近にあるのだと感じられた。

フランスの有名シェフが語った日本

招待作家たちは連日、目の回るようなスケジュールだったという。フランス語が流暢な関口さんは最も忙しかったひとり。参加したイベントは10を超えた

私はこのフェアのイベントのひとつで、日本にもレストランを持つシェフ、ピエール・ガニエール氏と対談する機会を得た。その際にも、フランス料理と日本料理が、単なる表層的な影響関係を越えたつながりを築きつつあることに気づかされた。

「日本の食材をフランス料理に取り入れたり、料理方法を真似してみたりすることは、私にとってはどうでもいいのです。私自身は、自分が料理に対するときの態度と、日本料理の調理人の間にある共通点にひかれています。それは、限りない正確さであったり、日常の仕草に対する重要性であったりするのです」

「自分にとって一番重要な食材は水です。現在、水はどんな高価な食材よりもっと貴重なものになっているし、すべての食べ物の中に存在するのと同時に、我々の身体にいつも流れているからです」

ガニエール氏は、日本を何度訪れたか数えきれないというくらい、フランス人シェフの中でも日本との関わりはとりわけ長いのだが、それでも、ガニエール氏がこのように語るとき、彼が持っている料理哲学に、日本料理と深いところで通底する何かがいみじくも現れているように思われた。

震災に心を痛めたフランス人たち

またフェアのイベントには、2011年秋に私がフランス語で書いた新刊のサイン会もあった。そこで話しかけてくる多くの読者が、日本と何らかの関わりを持っていることに驚かされた。私の本は東日本大震災を巡るクロニクルで、執筆中は、震災という大きな悲劇、出来事を、遠くにいる者が書くことにどんな意味があるのか、常に自問自答していた。

日本関連書籍が並ぶ「日本パビリオン」では、東日本大震災の写真展も開かれた

しかし、このフェアで読者と直接話すことによって、多くのフランス人が、日本で働いたことがあったり、日本に友人や家族がいたりして、私と同じように「遠くにいながら、自分にとって離れがたく愛着のある国の不幸に遭遇している」という状況にあったことを知った。そして、一冊の本が思いもかけないところに読者を見いだすことに驚きつつ、日本とフランスとのつながりが、個人的経験というレベルでも密になっていることを実感したのだった。

震災を経て、フランス人の中では、日本人がどのようにこの不幸を乗り越えるのかが今までになく身近な問題として現れていることもあるのだろう。「日本人が何を考えているのか、どのように生きているのか」ということが、書籍だけではなく、ラジオやテレビのドキュメンタリーなどでもテーマとなった。『地震列島』という題の、日本の文学者のみならず社会学者、歴史家などのテキストを集め、仏訳したアンソロジーも好評を博したという。

日本文学は長い間、フランスとの距離がもたらすエキゾチスム、ミステリアスな雰囲気、近づきがたく理解しがたい世界があったために好まれ、読まれてきたところもある。それを思うと、日本文化の受容が今、私たちにとっては喜ぶべき根本的なレベルでの転換期に来ていることが、このフェアで改めて明らかになったのではないだろうか。

社会党の大統領候補フランソワ・オランド氏も「日本パビリオン」を訪れ、小松一郎在仏日本大使夫妻と談笑。右端はオランド氏のパートナーでジャーナリストのバレリー・トリエベレールさん

撮影=樋野 ハト

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  • [2012.05.03]
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