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日本のワイン文化は女性が創る

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世界各国からエントリーした1900銘柄のワインを日本人女性延べ240名が審査する第1回「サクラ ワインアワード」が開催された。その背景には日本のワイン文化を担う熱い女性たちの思いがある。

日本女性がワインの新たな価値観を生む

ブラインド審査は、東京・品川の寺田倉庫本社イベントスペース「テラトリア」で4日間にわたり行われた

2014年2月初めのある日、東京・品川の倉庫会社が運営するイベントスペース内に、いくつものテーブルが並び、それぞれのテーブルを囲んで女性たちが神妙な面持ちでワイングラスを傾けては、メモを取っている。テーブルとテーブルの隙間を縫うように、男性ソムリエたちがずらりと並んだグラスにラベルが隠されたボトルからワインを注いでいく。

日本初、そして世界でも珍しい、女性審査員のみによる国際ワインコンテスト「 “Sakura” Japan Women’s Wine Awards (サクラ ワインアワード)」のブラインドテイスティング審査の光景だ。4日間にわたり、延べ240名の女性たちが、29カ国からエントリーした1922銘柄を審査した。審査員は全員、ソムリエ、ワインジャーナリスト、ワイン醸造家、ワイン輸入業者など、何らかの形でワインに関わるプロフェッショナルたちである。

審査員は5人一組のチームを組んだ。中央は河原容子氏

「今までもテイスティングに参加した経験はありますが、男性の中に混じって、という感じでした。これだけ女性が一堂に会したのは初めて」と語るのは、4日間にわたり審査に参加した河原容子氏。アルゼンチンワインの輸入業務に携わっている。「テイスティングでも、単にタンニンがどうとか、酸味が強いとかいう評価だけではなく、例えば『女子会』で飲むのにはどうかとか、女友達に贈るなら、という女性ならではの身近な視点があります」

 女性ソムリエ8000人の活躍の場を

日本のワインの消費量は増加傾向にあるとはいえ、1人当たりの年間消費量は3リットル弱。フランスやイタリアなどの「ワイン伝統国」(40~50リットル/2009年)(※1)はもちろん、「新興国」の米国(8.9リットル)と比べてもかなり低い。その日本でのワイン消費拡大の鍵を握るのは、女性消費者のけん引力だ。

田辺由美氏は十勝ワインの生みの親・丸谷金保元池田町長の次女。津田塾大学数学科を卒業後、米国コーネル大学ホテルスクールでワインを学び、1986 年に都内で総合ワインコンサルタント会社「ワインアンドワインカルチャー」を創立。1992 年よりワインスクールを主宰。2009年に仏政府から農事功労賞シュヴァリエ勲章を受章し、2011年から一般社団法人ワインアンドスピリッツ文化協会理事長を務める

欧米では男性が購入するワインを決めるが、「日本でワインの購買層の中心となっているのは30代~50代の女性」と語るのは、この画期的ともいえる女性目線のコンテストを立ち上げ、審査員長を務めた田辺由美氏。

21年間ワインスクールを主宰し、1万人にものぼるソムリエなどの専門家を育ててきた田辺氏には、女性消費者のけん引力への期待と、「ワイン業界で女性の活躍の場をもっと広げたい」という強い思いがある。女性ソムリエは現在約8000名で、全体の47パーセントを占めているが、まだまだ活躍の場が限られているという。

日本に限らず、「欧米でもワイン業界は保守的。最近ようやく女性ソムリエや醸造家が増えてきました」と田辺氏。このコンテストを毎年開催することを通じて、女性たちの活力をフルに生かし、業界全体の活性化とワインの消費増を実現し、ワイン文化が日常生活に根付くことを目指している。

「日常的に家庭で、お寿司(すし)やお刺身を食べるときにはこのワインが飲みたいな、というような感覚は男性の審査員にはあまりないでしょう」。特に田辺氏がこだわったのが、「価格帯」だ。今年のコンテスト結果を踏まえ、来年以降も「2000円から5000円で買えるワインにたくさんエントリーしてほしい」と言う。

“女性の視点”生かした「特別賞」選出

3月4日「FOODEX JAPAN 2014」での授賞式

賞の中で最高位は「ダイヤモンドトロフィー」だが、「女性の視点」を一番反映しているのが「特別賞」の設定だ。特別賞には、赤、白、ロゼなどカテゴリーごとにコストパフォーマンスの高いワインを選ぶ「Best Value Wines(ベストバリュー・ワイン)」、日本ワインを対象とした「Best Japanese Wine(ベスト日本ワイン)」、特に若い世代に勧めたい「Best Wine for Under 30’s(30代未満のためのベストワイン)」、女性醸造家をたたえる「Best Wine Produced by a Woman Winemaker(女性醸造家によるベストワイン)」、アジア料理とのマリアージュを勧める「Best Accompanying Wine for Asian Foods (アジア料理に最適のワイン<寿司、中華、韓国、タイ>」、ワインラベルのデザインを評価する「Best Label Design--Best 10(ベストラベルデザイン―ベスト10)」がある。(賞の概要は囲み参照)

「ベスト女性醸造家」のクレール・ノーダン氏

「ダイヤモンドトロフィー」および特別賞の発表と授賞式は3月4日、国際食品・飲料展「FOODEX JAPAN 2014」の会場内で行われた。「ベスト女性醸造家」に選出され、このセレモニーのためにフランスのブルゴーニュから来日したクレール・ノーダン氏は、父親から1994年にワイン造りを継承し、近年は添加物を極力減らした自然な味わいのワイン造りに力を入れている。受賞した「オート・コート・ド・ボーヌ」もピュアな味わいの白ワインだ。

ノーダン氏によれば、フランスにはワイン好きの女性が参加する “Feminalise” という女性だけのフランスワインを対象としたコンテストがあるそうだ。「まだスタートして5、6年ですが、年ごとに規模が大きくなって、今では1000人ほどの女性が参加し、ネットワークが広がっています」。今回の「サクラ」コンテストでの受賞は、ブルゴーニュの「シンプル」なワインをプロモーションする良い機会であり、何よりも自分自身の大きな励みとなると言う。「なんだか若返ったみたい。まだまだワイン造りには課題や改良の余地がたくさんあるけれど、挑戦するエネルギーがわいてきました」。

流行に踊らされない日本独自のワイン造りを

ワイン醸造では「新興国」である日本だが、現在では全国各地にワイナリーがある。今回、日本産ワインはどれだけ健闘したのだろうか。 150 銘柄がエントリーしたという日本ワインから「ダイヤモンドトロフィー」に選出されたワインはなかったが、「ゴールド」受賞ワインの中から甲州種で作られたスパークリングの「ハギースパーク」が「ベスト日本ワイン」に選ばれた。「甲州種を違うスタイルに作り上げていく、一つの指針になるのでは」と言う田辺氏だが、日本ワインを特別視しようという姿勢はない。

「日本の醸造家の努力は認めます。が、2000年以上の伝統を持つヨーロッパのワインの品質や味わいに到達するには、まだまだ時間がかかります。発展途上にある日本のワインを必要以上に褒めることは、かえってマイナス効果です。日本のマスコミは『世界に通用する国産ワイン』と言い過ぎ。そんなに簡単においしいワインは生まれませんよ」

辛口のコメントも、ワイン醸造の苦労を幼い頃から目の当りにしているからこそといえる。田辺氏の父は北海道・十勝ワインの生みの親である丸谷金保氏。「十勝ワインが生まれて、50年ほどになります。日本のワインを確立しようとした先駆けです。幼い頃から、栽培から醸造まで、寒冷地でのワイン造りの血のにじむような努力を見てきました。日本で新しくワインを造っている山梨県、長野県、山形県の醸造家たちがどれだけ苦労しているか、ほかの誰よりもわかっているつもり。心底応援したい。だからこそ、マスコミや流行に踊らされることなく、地についたワイン造りをしてほしい」。

日本女性のセンスを世界に発信

一方、「サクラ」コンテストを5年、6年と続けていくうちに、女性ならではの業界活性化が形として見えてくることを田辺氏は期待している。具体的には、例えば「ロゼ」ワインの認知度向上だ。「バイヤーにまだ男性が多いので、ロゼをどうプロモーションしようか、とはあまり考えていないのです。コンテストを続けるうちに、結果としてロゼの消費が非常に伸びるという結果に結びつけばうれしいですね」。

毎年コンテストを開くことで、女性パワーによる業界活性化を目指す

今回の特別賞では、和食の中でも「寿司」に合うワインに焦点を当てたが、選ばれたのは南フランスのロゼ(Marrenon Petula Rose 2012)だった。「料理とワインはお互いに高めあうことが大事。このワインがあるからこのお寿司がおいしくなる、あるいはその反対が成立するというように。すっきりとしてくせのないワインであるロゼが、その条件にかなうと思った」と田辺氏。「日本の女性が選んだ寿司に合うワインとして、世界中の寿司屋に発信したいですね」。

「サクラ」コンテストは、世界に向けて、日本女性が創りだすワイン文化を発信する場にもなりそうだ。

審査と賞の概要 ^

29カ国からエントリーされた1922アイテムを品種やワインのタイプごとに50品目に分類。銘柄を隠した4日間のブラインド審査で、1日約40~50銘柄に100点満点で点数をつけ、点数ごとに「シルバー」「ゴールド」「ダブルゴールド」の各賞を選出。最終的に735アイテムが受賞。最高位の「ダイヤモンドトロフィー」は、WGを受賞した96アイテムの中から20アイテムを選出。受賞ワインの詳細は、「サクラ ワインアワード」のウエブサイト参照。4月20日には京王プラザホテルで、受賞ワインが楽しめる消費者向けのイベントも予定されている。

(2014年3月14日 記)

(※1) ^ OIV(国際ぶどう・ぶどう酒機構)発表資料による。

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