特集 「美味しい」は「楽しい」
ラーメン、日本の“国民食”が世界を席巻—中国には逆上陸
[2014.08.27] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية | Русский |

ラーメンの故郷はもちろん、中国大陸。漢字では「拉麺」と書き、練り上げた小麦粉を「拉」、即ち、「引っ張って伸ばした」麺という意味で、中国にも「蘭州拉麺」などが存在するが、日本のラーメンと比べ、麺も、スープも、そして味も、あまり種類が多くない。しかも、日本のラーメンは今や、庶民に愛され、カレーと並ぶ“国民食”。進化を続け、味もさらに深まり、種類も増え、欧米諸国にも進出し、今や故郷の中国に逆上陸して人気を博している。

日本のラーメン店は全国で3万5千軒!?

「日本に戻ったら真っ先に食べたいのはラーメン」-。中国駐在の日本人たちがよく言う言葉で、事実、日本のラーメンは格別にうまい。日本の生活の中に溶け込んでよく食され、調理人たちが研究を重ね、具材や調味料を厳選し、競い合ってきたからだ。

日本にはラーメン店が実に多い。ネット情報サイト「都道府県別統計とランキングで見る県民性」によると、「全国のラーメン店舗数(2013年)は35,330軒で、人口10万人あたり27.71軒。最も多いのは山形県で70.92軒。2位以下は栃木県、新潟県、秋田県、鹿児島県と続いている」そうだ。ただ、この数字はタウンページに「ラーメン店」として登録されているものを集めたもので、実際にはさらに多い可能性がある。

とにかく、日本中、どこでもラーメン店があり、東京の都心でも歩いていればすぐにみつかる。一般的に、値段が手ごろで、注文してから出てくるまでに時間もかからない。まさに日本の“ファストフード”。小腹がへったときに丁度よく、ランチにも適している。このため、競争も激しく、ラーメンの味やトッピングの差別化も進み、日本には、だれもが唸る、さまざまな素晴らしいラーメンが多数、誕生し、「ラーメン・オタク」も存在する。

日本人のラーメン体験第1号は「黄門さま」

日本で最初にラーメンを食べたのは、江戸時代の水戸藩第2代藩主、徳川光圀(とくがわ・みつくに)、即ち、「黄門さま」だったとの説がある。光圀は当時、中国・明からの亡命儒学者、朱舜水に師事しており、その朱がラーメンの元祖といえる「中華麺」を光圀に献上したというのである。記録によると、この麺は小麦粉とレンコンの粉で作ったもので、うどんのような「汁麺(しるめん)」だったとされている。これが現在、再現され、ご当地ラーメンの一つ、「水戸藩らーめん」として売られている。

ただ、「黄門さま」の食べた「中華麺」がそのまま日本の食文化に入って定着することはなかった。ラーメンが日本に根付き始めたのは明治時代。横浜の中国人街(南京街)の中華料理店などで、中華麺とスープに、チャーシューとメンマ、半分に切られたゆで卵などが添えられた、ラーメンが提供されるようなったという。ラーメンを「中華そば」「支那そば」「南京そば」などというのはこのためである。

熊本「こむらさき」のラーメン

戦後引揚者の屋台で売り出し爆発的に普及

ところで、ラーメンがカレーと並ぶ日本の“国民食”となっていくのは第二次世界大戦後のことで、大陸からの引き揚げ者らが各地でラーメンを売り出したことにあるらしい。戦後の混乱期、食糧も乏しい中で、屋台でだされる安くてうまいラーメンは多くの人たちに大歓迎され、屋台は徐々に店舗に変わり、日本中、「どこに行ってもラーメン店がある」という状況が出現した。

この中で、ラーメン店同士の競争も激化。いろいろなラーメンが登場し、フカひれや伊勢海老の載った一杯数千円から1万円もする超高級ラーメンも登場。その一方で300円以下の格安ラーメンを提供するチェーン店もある。とはいえ、ラーメンの基本はやはり、安くて、うまくて、素早く食べられることにあり、こうした制約のもとで究極のラーメンを模索しているところがある。

ラーメンの聖地、新横浜ラーメン博物館

新横浜駅北口から徒歩数分の距離にあるフードテーマパーク「新横浜ラーメン博物館」、通称「ラー博」だ。オープンしたのは1994年で、建物内に懐かしい昭和30年代の街並みを再現。喫茶店、駄菓子屋、そしてラーメンに関する展示などとともに、全国から選りすぐられたラーメンの有名店が順繰りで店を出しており、来場者が全国各地の有名なラーメンを味わえる仕組みとなっている。関係者によると、「全店舗合計で、平日は3,000杯、休日は6,500杯のラーメンを提供している」という。

新横浜ラーメン博物館

また、「ラー博」の来場者はオープン以来、既に2千2百万人を突破し、1日当たりの来場者数最高記録は10,185人。取材当日も、来場者は少なくなく、日本人の家族連れに交じってバルセロナから来たスペイン人の観光客の姿もあった。そのうちの30代の男性、曰(いわ)く。

「ラーメンが大好きで、日本に来てから、毎日食べています。スペインでも月に一回は食べていますよ」

実は、日本のラーメンは今や「Ramen」という名前で米国、英国、フランス、ドイツ、スペインなどに進出し、故郷の中国大陸にも逆上陸している。「ラー博」関係者によると、日本を除く世界のラーメン店の数は、欧米、アジアを中心に増えており、その数は13年2月現在、1,000店舗を超えている。特に、ニューヨークは既に、“Ramen激戦区”で、市内には日本のラーメン専門店が50~60店舗もあるそうだ。

また、経済産業省の「2013年度クール・ジャパン戦略推進事業」に選ばれたプロジェクトの一つが、何と、ラーメン関連だった。日本から欧州へのラーメン店の出店を促進していくというもので、「博多一風堂」などを展開する株式会社「力の源カンパニー」が申請・承認された。パリを中心に「Ramen」で日本文化のよさを伝え、外国人観光客を日本に誘致する「インバウンド」効果も狙っている。

まさに、「人類は麺類」-日清食品の創業者、安藤百福氏(故人)が発した言葉が響き渡っている。

バナー写真:気仙沼「かもめ食堂」のラーメン

取材協力:株式会社新横浜ラーメン博物館
写真撮影:加藤 タケ美

この記事につけられたタグ:
  • [2014.08.27]
関連記事
この特集の他の記事
  • 梅の魅力③ 梅酒をプラムワインから“umeshu”へ近年、日本酒ブームに追随するように、海外で梅酒人気に火がついている。甘くて飲みやすく、健康にも良いため、特に女性や若年層から人気が高い。梅酒の海外輸出に力を入れる和歌山県の酒造メーカーを取材し、その魅力や製造方法、今後の展望を聞いた。
  • 梅の魅力② 梅干しづくりフォトギャラリー梅の収穫量ナンバーワンの和歌山県では、どのように収穫し、梅干し作りをしているのか—。南高梅の名産地であるみなべ町に工場を構える梅干しメーカー・勝僖梅(しょうきばい)と、その契約梅農家を訪ね、収穫や白干し梅作り、加工などの作業を写真で紹介する。
  • 梅の魅力① 梅干しが持つ健康パワー日本で古くから愛されている食べ物で、健康食品や保存食としても重宝されてきた「梅干し」。しかし、その強烈な酸っぱさとしょっぱさ故に訪日観光客には苦手な人が多く、国内でも若者の梅干し離れが進む。しかし、梅干しにはすごいパワーと魅力が秘められている。
  • 日本を味わう:フードライター、マイケル・ブース日本と日本料理をこよなく愛する英国のライター、マイケル・ブース氏。日本での食べ歩きの記録をまとめた著書は『英国一家、日本を食べる』(亜紀書房)として日本でも出版された。来日したブース氏に東京の居酒屋で、食と旅行にまつわるさまざまなエピソードを語ってもらった。
  • ネバネバしない納豆で海外市場に挑む茨城県の納豆メーカーが粘り気の少ない新製品「豆乃香」(MAMENOKA)を開発し、海外への市場開拓に挑戦している。「糸引き」をなくし外国人にも食べやすくアレンジした納豆は、しょうゆや豆腐に続く「日本発のグローバル食品」になれるのか?

ピックアップ動画

最新の特集

バナーエリア2
  • nippon.comコラム
  • in the news
  • シンポジウム報告