特集 「美味しい」は「楽しい」
世界一のレストラン「ノーマ」シェフ、レネ・レゼピの大冒険@日本
[2015.03.02] 他の言語で読む : ENGLISH | ESPAÑOL | العربية |

世界が注目する北欧の革新的レストラン「noma(ノーマ)」。5週間にわたり東京で日本の食材を使った斬新な料理を提供した。デンマークと日本の食の融合の舞台裏に迫った。

世界No.1レストランの「舞台裏」探訪

デンマーク・コペンハーゲンのレストラン「noma(ノーマ)」が5週間にわたる東京での「冒険」をまさに終えようとしていた2月の朝、冠雪した富士山が望めるマンダリン・オリエンタルホテル東京37階の厨房を取材した。

厨房に一歩に足を踏み入れると「一ついかが?」と副料理長のボー・クラグストンが、長野産のサルナシを冷蔵庫から差し出した。小さな黄緑色の果実の青酸っぱく、濃厚な香りと、ひんやりとした舌ざわりがさわやかな気分をもたらす。

入り口付近では、シェフの卵たちが、青森の十三湖で採れたシジミの殻を一つ一つこじ開け、塩漬けの山椒の葉を並べ、胡桃を割っていた。いくつかの部屋に分かれた厨房は、ちょっとした迷路のようだ。おまけに下ごしらえのための厨房は、地下3階だという。「もし、酸味付けに使う蟻(後述)を忘れたら、エレベーターで40階下まで降り、蟻を手に入れ、また37階まで戻ってこなくてはならないのです」とマンダリン・オリエンタル東京総支配人アンソニー・コスタ氏が説明してくれた。

(左)厨房の入り口付近では、山椒の葉、シジミ、胡桃の下ごしらえをしていた。(右)塩漬けの山椒の葉の形を丁寧に整える。

ノーマは、英レストラン誌が選ぶ「世界ベストレストラン50」で何度も1位に輝き、ウェイティングリストは常に5000人待ち。世界で最も予約の難しいレストランのひとつだ。今回、世界初の試みとして、5週間限定の「ノーマ@東京」開店のために、コペンハーゲンからオーナーシェフのレネ・レゼピを筆頭に総勢77人のスタッフ——シェフから皿洗い担当まで——が来日した。  

世界初、期間限定の移動レストラン

レネ・レゼピ氏はデンマーク、コペンハーゲンのレストラン「noma(ノーマ)」のオーナーシェフ。15歳より料理の道に入り、「El Bulli (エル・ブジ)」など一流レストランで修業を積んだ。2003年のノーマ設立時よりスカンジナビア地域の旬の食材と文化を織り交ぜた料理を探求して提供。“noma”は、デンマーク語の “nordisk” (=北欧) の“no”と “mad”(=食べ物)の“ma”をあわせた造語。

レゼピの初来日は2009年、京都の老舗料亭「菊乃井」の主人、村田吉弘氏の招聘だった。約一週間の旅で、味噌蔵から造り酒屋、醤油蔵、豆腐屋、昆布屋から柚子農家まで、あらゆる食を訪ね歩いた。そこでレゼピは、ただの旅人としてではなく、長期滞在を実現して日本の慣習の中で料理を学ぶ方法はないかと考えた。しかし、37歳の彼には、6歳、3歳、そして生まれたばかりの3人の娘がいて、家族への責任もある。そこで「いっそ、スタッフと家族ごと移動したらどうだろう?」と考えついた。

2013年9月、滞在先がまだ決まらないままスタッフにこの計画を告げると、スタッフは飛び上がって大喜びだったという。レストランと宿泊先を探し当てたのは同年12月。多くのホテルに問い合わせたが、実際に返事をくれたのはマンダリン・オリエンタル東京だけだったそうだ。実際、コスタ支配人は、ノーマとの前代未聞の「コラボレーション」に熱意を注いだ。

もちろん、このコラボレーションは大反響を呼んだ。2014年6月23日開始のオンライン予約は1日で埋まり、6万2000人がウェイティングリストに並んだ。そして「ノーマ@東京」は5週間(2015年1月9日~2月14日)の営業期間中、約3600人のゲストに日本で調達した食材を生かした15~16品からなる斬新なメニューを提供。日本国内はもちろん、台北、シンガポール、オーストラリア、カラチ、ドバイなど世界各国から席を確保できた幸運な予約客たちがやって来た。

マタギ、蟻、そして石垣島のピパーチ

レゼピとそのスタッフは、2014年に7回調査のために来日し、レゼピ自身の滞在総日数は5カ月にもなる。彼にとって「スキーのできる北海道から、さんご礁の沖縄」まで、その多様性は驚きの連続だった。石垣島では島胡椒として知られる「ピパーチ」に魅かれ、「柑橘とピパーチ」の一皿に使った。

「柑橘とピバーチ」——刺身同様、味わい深くなるように包丁を入れた高知産のハッサク、ブンタン、バンペイユ、ミカンに、塩漬けの山椒の葉、ピパーチ、松フレーバーの塩をふり、ローストした利尻昆布オイルをかける。

最も忘れがたい経験の一つは、青森で狩猟をするマタギたちと過ごした白神山地の2日間。「本物のマタギに会った」と目を輝かせた。夏にブナ林に分け入り、根、葉、枝、樹皮、奇妙な花と実、あらゆるものの匂いをかぎ、かじり、鳥や森の動物の捕まえ方や、食べ方を学んだ。

このマタギとの調査をアレンジしたのは、今回の企画全体を通して強力な右腕として協力を惜しまなかった、ミシュラン二つ星のフレンチレストラン、「レフェルヴェソンス」の生江史伸(なまえ・しのぶ)シェフだ。

レゼピの知識は、マタギをも驚愕させるほどで、逆にスイバ(スカンポ)についてマタギに熱く語った、と生江シェフは驚きを隠さない。いきなりウワミズザクラの枝をかじり、マタギをびっくりさせたそうだ。そのウワミズザクラの樹皮は、「ほっこり南瓜」の一皿で、オイルの香付けに一役かっている。

「ほっこり南瓜」——ウワミズザクラの木のオイルとサクラの花の塩漬け。

長野を訪れた際は、戦後の昆虫食に関する文献を読みあさり、スズメバチの幼虫(蜂の子)や、柑橘味の蟻を見つけた。生のボタンエビに柑橘系の味を少し利かせたかったが、レモン汁はすぐにエビの肉質を壊してしまう。そこで、蟻の中の酸性をレモン代わりに使おうと思いついた。新鮮なエビに黒い蟻を散りばめたこの料理は「長野の森香るボタンエビ」と命名された。

日本には、シジミやマツブサの実、サルナシや柑橘類など、北欧育ちのレゼピをそそる食材は数え切れないほどあったが、中でも利尻昆布の風味の奥深さに感銘を受けたそうだ。

日本の「関係性」重視を実践する

「日本は、世界で食文化が最も豊かな国です」とレゼピは言う。人々は洗練され、何より、食に対する感謝の気持ちを抱いている。また、料理に携わるレゼピにとって、築地は東京の「エッフェル塔的存在」だと言う。

しかし同時に、デンマークと比較すると日本は“別の惑星”のような文化的違いもあるそうだ。食材を調達するにも、西欧ではすべてがビジネスの「取引(transaction)」だが、日本では「関係性(relationship)」が大事だ。イチゴを譲ってもらうために那須で生産者と餅を食べ、ハウス見学し、7時間も過ごした。また、カブの入手のためには農家に何度も通った。「レネは、外国人にもかかわらず、それぞれの生産者について熟知し、きちんと関係性を構築しています。まったく舌を巻きます」とコスタ総支配人は語る。

「環境に配慮し、命の尊厳を大切に考えるのがレネの料理です」とは、調査の旅を共にした生江シェフの弁。野生の鴨をまるごとテーブルに載せることで、命の重みを表現する。また、通常捨ててしまうところも料理に生かす(trash cooking)。「彼は、未来のシェフ。常にみんなの先を行っています。美味しさを通じて社会の価値感にいろいろな形でインパクトを与えていく料理人です」。

「複雑な簡素さ」の伝統を学ぶ

スカンジナビア地方では、発酵は伝統的な料理法として越冬材料に欠かせない。春、夏、秋の間に塩漬けし、乾燥させ、発酵させて6カ月の冬に備える。今回のノーマの料理にも、発酵食品と、レゼピが「料理の未来を担う」と重視する野菜類が多く使われている。

盛り付けにも和のスタイルを活かした。西欧では、通常一皿に料理を盛るが、日本では、例えば「そばつゆが横にあり、漬物が別の器に盛られる」とレゼピは言う。「寿司一貫を手にとり、醤油につけるなど、食べ手の工夫の余地が楽しい」と言う。このインスピレーションは、「甲烏賊(コウイカ)の“蕎麦”とバラ」で美しく表現されていた。

「甲烏賊の“蕎麦”とバラ」——細切りにしたソバ状の甲烏賊(コウイカ)に、発酵させた烏賊のワタ、味噌漬けの燻製豆腐、舞茸ペーストを刷毛で塗り、松の出汁をスプレー、羅臼昆布のつけ水を60℃でゆっくり乾燥させたフレークをちりばめる。そばつゆがわりは、石垣島ローズの香りを散りばめた白ゴマ油。

「食を通じて人々を喜ばせたい」、そして「自分たちも料理を楽しみたい(fun)」がレゼピのモットー。ノーマのワクワクは、マンダリン・オリエンタル東京にも伝染したらしい。「彼は、私のホテルを一変させてしまいました」とコスタ総支配人は、満面の笑みで語った。

「まず、朝8時にノーマのシェフたちは、大ボリュームでロックをかけ、鮮やかな刺青を施した両腕を忙しく動かして、作業に取り組みます。最初はホテルの日本人スタッフもショックを受けていましたが、今では一緒にAC/DCのロックを聞いています」。

開店前のスタッフミーティング。当日のお客の構成や到着時間まで、細かい報告と打ち合わせを行う。

日本での経験が、今後のメニューに具体的にどのような影響を与えるかはまだ未知数だ。だが、日本文化の「複雑な簡素さ(complex simplicity)」という本質的な部分で、深い影響を受けているとレゼピは言う。「緑茶を考えてみてください。たった一服のお茶ですが、ただのお茶ではないのです」。お茶の一服には、しかるべき段取りがあり、背後に儀式と哲学がある。「一服のお茶を飲むことによって、シンプルな一日の一瞬一瞬を味わい、シンプルさの中に価値と美を見出し、複雑で、豊かで、奥深い経験ができるのです」。

(2015年2月13日の取材に基づき、ニッポンドットコム編集部が構成/撮影=山田慎二)

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