伝統美のモダニズム “Cool Traditions”

盆栽—大自然を凝縮する美学

文化 暮らし

盆栽は、身近に自然を愛でるために生まれたグリーン・アート。若い愛好家が増えるなど、その価値が見直されつつある。海外でも人気のBONSAI。その美学を紹介しよう。

最近、街で盆栽を見かけることが多くなった。若者が集まるレストランや雑貨店、インテリアショップなどで、手のひらに載るほどの盆栽(※1)がさりげなく置かれているのを目にすることがある。オフィスのデスクに置いて、パソコン画面で疲れた目をリフレッシュする人も多いのではないだろうか。かつては隠居老人の道楽というイメージだったが、ここ数年カジュアルに盆栽を楽しむ人が増えている。

盆栽を楽しむルール

盆栽を楽しむためには、いくつかの約束事を頭に入れておいた方がいい。

ウメモドキ

まず盆栽とは、「盆(陶磁器の鉢)」と「栽(植物)」が一体化したアート作品だということ。樹木だけを見るのではなく、鉢との相性が重視される。樹木と鉢との相性を「鉢映り(はちうつり)」と呼び、その相性がいい盆栽が高く評価される。ここが園芸とは異なるポイントだ。例えば松柏(しょうはく)(※2)の盆栽には釉薬(ゆうやく)を使わない土肌の鉢が、雑木(ぞうき)(※3)の盆栽には釉薬を使った光沢のある鉢がふさわしい。また赤い実をつけた盆栽には青い鉢を合わせるなど、盆栽を引き立てる色遣いにも配慮しなくてはならない。

第二に、盆栽には「正面」があるということ。正面とは、その盆栽の鑑賞価値が最も高いとされる位置だ。本来なら植物は前後、左右、上下、どこから眺めてもいいわけだが、盆栽はあくまで正面からの姿を意識して作られる。根の張り方や幹の模様、枝ぶりや樹木の姿勢などからその正面が決められる。その正面も不変ではなく、木の様子によって変わることもある。つまり盆栽とは絵筆の代わりにハサミ(※4)と針金(※5)を使って描く風景画で、真正面から眺めるものなのだ。

盆栽を床の間に飾る「床飾り」。掛け軸と自然石、そして盆栽が合体して一つの世界をつくる。

第三に、盆栽は室内で鑑賞するものだということ。床の間に飾られたり、台の上に載せて畳に置かれたりする。最近ではリビングルームやキッチン、オフィスに置かれることも多い。日本の室内は土足厳禁である。根元の土の部分を隠すために苔で覆い、清潔感を保つように留意しなければならない。しかし観葉植物と違い、直射日光に当てたり、日に何度か水を上げたりしなければならないので、いつも室内に飾って置くということはできない。

盆栽の醍醐味

「盆栽づくりの醍醐味は、盆栽を通して大自然の風景を出現させることです」と、盆栽に関する多数の著作がある山本順三さんは言う。「素晴らしい盆栽を眺めていると、いつしかその樹木を見上げている自分がいます。そしてそこに季節の移り変わりや風のそよめき、大地の霊感など、かつて体験した自然美の光景が立ち現れてくるのです」

盆栽の本質について、画期的な日本論である『「縮み」志向の日本人』(※6)も、「われわれはひとつの縮められた木を眺めるのではなく、そういった姿を彫刻してのけた海や潮風を脳裏に思い浮かべることができるのです」と述べている。

真柏(しんぱく)(左)とタチバナモドキ(写真上段)。マユミとスギ(写真下段)

同書では俳句の本質について、「俳句はたんに短い詩であるというところにのみ特色があるのではない」と言っている。「大きく広い、そして漠然とした世界を、小さく縮小しようとするところに、いわば小さな巨人をつくるところに、そのユニークな美学があるのです」―こうした美学が盆栽にも通じるのは言うまでもない。

虐待ではなく、溺愛

五葉松

盆栽とは独自の美学に基づいて作られたグリーン・アートだと言ってもよいが、その美学が理解されないと誤解を受けることもある。例えば、盆栽は人間のエゴの産物だという見方だ。同書にも、「盆栽は自然を纏足(てんそく)させた虐待」という記述が見られる。果たしてそうなのか。

「そういった見方も分からないではないですが…」と山本さん。「しかし、盆栽愛好家からすると、それは的外れ以外の何物でもないでしょうね。なぜなら、彼らは自分が育てている木を溺愛しているからです」

「それは才能あるアスリートを育てるのに似ています」と山本さんは熱く語る。「実生(みしょう)(※7)で盆栽を育てる場合、1000本の苗木があって、本当に素晴らしい盆栽になるのは1本か2本。才能ある木を見つけたらもう夢中になって、理想の樹形に仕上げていきます。ハサミと針金を使って、木の生命力を損なわないようにして目指す樹形に近づけていくんです。才能のない木にはそんなことはしません。才能がある木は鬼コーチの期待に応えてくれる木でもあるんです。そこを見誤ると苛めているように見られてしまうかもしれせんが、寝ても覚めてもその木のことしか考えられないくらいに入れ揚げてしまうんです」

高まるBONSAI人気

海外でも盆栽は「BONSAI」として知られ、年々愛好家が増える傾向にある。日本貿易振興機構(JETRO)によると、盆栽と庭木を合わせた輸出額が2011年には過去最高の67億円に達したという。この10年間で10倍近い伸びで、主な輸出国は中国、イタリア、オランダ、ベトナム、米国など。アジア諸国では富裕層のステータスシンボルとして、欧米ではインテリアとして定着しつつあるそうだ。特にイタリアでは盆栽熱が高く、専門学校や美術館、専門誌まであるという。海外のBONSAIフリークたちは、一体どんな光景を思い描きながら盆栽づくりに励んでいるのだろうか…。

ケヤキ(左)と石化ヒノキ

写真・編集協力=山本 順三

(※1) ^ 盆栽の大きさは、樹の高さによって分類される。鉢の上縁から樹のてっぺんまでの長さによって、大物盆栽(約60㎝以上)、中品盆栽(約25㎝~約60㎝)、小品盆栽(約25㎝以下)に分けられている。小品盆栽はさらにミニ盆栽(約10㎝以下)や豆盆栽(7㎝以下)に分けられることもある。今回の記事では、最近の主流である小品盆栽の写真を掲載した。

(※2) ^ 一年中葉をつけている常緑針葉樹の盆栽。松の仲間や杉、真柏(しんぱく)、ヒノキなど。

(※3) ^ モミジやケヤキのように四季折々の葉の変化(新緑、青葉,紅葉、落葉)を楽しむ「葉もの盆栽」と、梅や椿など花を愛でる「花もの盆栽」、ピラカンサなど実を愛でる「実もの盆栽」がある。

(※4) ^ ハサミを使って枝や幹を切り込む作業を「剪定(せんてい)」と呼ぶ。残した幹の枝や芽を新しい幹にして育てていく。こうした幹の剪定を何回か繰り返すことで、盆栽らしい形を作っていく。

(※5) ^ 針金(銅線・アルミ線)の力を借りて、枝を固定させ、理想の樹形を作っていく。枝の根元から枝先にらせん上にくるくると針金を巻き上げていく。きつく締めつけて枝を傷つけないように、木と針金の間に微かな間隔をあける。数カ月はそのままにして枝ぶりが固定した所で外す。

(※6) ^ 韓国の文芸評論家、李御寧(イー・オリョン)(1934-)が1982年に日本語で書いた日本文化論。当時ベストセラーとなり、現在も読み継がれている。国際交流基金大賞を受賞。

(※7) ^ 種子から芽を出して育てること。接ぎ木や挿し木で作る盆栽は親木の性質を受け継ぐことができるが、種から育てるので手間と時間がかかる。

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