特集 伝統美のモダニズム “Cool Traditions”
花火界のトップランナー 花火師・青木昭夫

泉谷 玄作【Profile】

[2014.03.24] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية |

江戸時代から現代に至るまで、花火師たちは腕を競い合い、さまざまな花火を生み出してきた。21世紀の花火名人と呼ばれる青木昭夫さんがつくり上げた花火の世界を紹介する。

江戸時代から腕を競い合った花火師たち

江戸時代の花火は、一体どんな色だったのか。「たまや~、かぎや~」の掛け声も賑やかな時代だから、さぞ多彩なものだったと思われるかもしれない。しかし、意外にも赤橙(だいだい)色だけの花火だった。当時の花火は硝石、硫黄、木炭など黒色系の火薬を原料としたため、炭が燃えるときの赤橙色しか出せなかった。しかし、そうした条件の中で花火師たちは、木炭の種類を使い分けて色の濃淡を出すなど、さまざまな工夫を凝らして独特の花火を作り上げていった。

現在のような色鮮やかな花火が作られるようになったのは、明治時代に欧米の薬剤が使われるようになってからだ。その後、日本の花火は花火師たちの努力によって、大いなる進化を遂げていった。特に大正から昭和にかけての時代に“名人”と呼ばれる花火師たちが続々と登場し、互いに切磋琢磨(せっさたくま)して、腕を競い合い、現代の日本花火の基本形を築き上げた。

今、そうした名人花火師の一人が、長野市の「紅屋青木煙火店」社長の青木昭夫(64歳)さんだ。祖父は、“花火の神様”と呼ばれた儀作さん。父親の多門さんも著名な花火師だった。昭夫さんは高校時代から父親と一緒に全国の花火大会に出かけ、数多くの花火を見て育った。父親の間近で薫陶を受けながら花火師としての修業を積んでいった。

その後、青木さんは秋田県大仙市「全国花火競技大会 大曲の花火」と茨城県土浦市「土浦全国花火競技大会」で内閣総理大臣賞を受賞、全国の花火大会の入賞者の常連に名を連ねるようになった。現在、名だたる花火師たちが結成した技術者集団「日本煙火芸術協会」の会長を務める、押しも押されもせぬ花火界のトップランナーである。

壮観、夜空に咲いた大輪の菊の花

菊の花びらが球形に花開いた「二重の輪の菊花型花火」(青木昭夫作)

青木さんを“現代の花火の神様”と呼ぶ人がいるが、それは日本で最も美しい「菊花型花火」を作る人だからだ。「菊花型花火」は菊の花びらのように開く花火。青木さんの手掛ける菊の花びらは見事なまでに球形を描き、ほれぼれするほどに優美だ。

直径約30センチ、重さ約9キロの10号玉というサイズの「菊花型花火」が、打ち上げ筒から垂直に打ち上げられると、一気に高度約330メートルの夜空に昇っていく。その頂点で爆発(花火師の世界では「開発」と呼ぶ)すると、花火に詰められた「星」と呼ばれる火薬粒が、燃えながら飛散する。飛散距離は最大で約160メートル。つまり直径約320メートルもの球形の大輪の花を夜空に咲かせる。

「星」と呼ばれる火薬粒を乾燥させる。

六重の輪の花火に挑戦中

「八重芯菊」(青木昭夫作)

「菊花型の花火」の中には、三重の球形が出現する「八重芯菊」と呼ばれる花火がある。花火がドーンと上がり、上空で一瞬静止し、はじめに小さい球形が一斉に開き、それを中心にして二つ目の球形が開く。最後に一番大きな外側の球形が開いて、全体で三重の球形となって一斉に揃って消える。この花火の開発者は祖父の儀作さんだが、当時は三重の球形を超える花火は不可能だと考えられ「八重芯菊」と名付けられた。

父親の多門さんも、もう一つ球形を加えた四重の輪の花火を完成させたが、他の花火師によって五重の輪の花火が作られた。このため、昭夫さんは六重の輪の花火を創案し、現在その完成を目指している。花火玉の中には、約3000個の星がきれいな六重の球形の層をなして正確な位置に詰め込まれている。

四重の輪の花火(青木昭夫作)

六重の輪の花火玉が高度約330メートルの夜空で“開発”すると、六重の層に詰められた星々が一斉に飛散し、直径約320メートルの外輪の内側に五重の球形が描かれることになる。外輪の星の一粒一粒の燃焼時間は約6.5秒。丹精込めて作られた星たちは、飛散とともに7回もの変色を遂げる。わずかな時間の中で表現される「六重の球形」や「7回の変色」は、肉眼で認識するのは難しい。青木さんが作り出そうとしている花火は、そうした限界への挑戦だ。

五重の輪の花火(青木昭夫作)。もう一つの輪を加えた六重の輪の花火に挑戦中だ。

「花火には星が約3000個詰め込まれている。この中の一粒が乱れただけで失敗作となってしまうんだ。1ミリでもずれたら、そのずれは大空で何千倍にも拡大され、花開いた時にどこから見ても球形に見える花火にはならない。細部にまでこだわる緻密なモノづくりの精神がなければ、到達できない花火だね」と青木さんは言う。

一瞬の芸術に賭ける花火師の世界は奥が深い。数十年、彼らを取材して何よりも印象に残ったのは、日本の花火職人の仕事に賭けるひたむきさだ。彼らが完璧な表現を求めて発揮する集中力と忍耐力は求道者のそれに近い。そうした精神は陶芸や漆芸など日本の伝統工芸の職人たちにも通じるものだ。

花火の打ち上げ現場 長野県長野市「長野えびす講煙火大会」

バナー画像=「20号玉の二重の輪の菊花型花火(青木昭夫作)」神奈川県横浜市「神奈川新聞花火大会」
撮影と文=泉谷玄作

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  • [2014.03.24]

写真家。1959年 秋田県に生まれる。花火の撮影をライフワークとする。現代作家、蔡國強(Cai Guo-Qiang)氏の依頼で、2002年MoMA(ニューヨーク近代美術館)主催の「動く虹」の花火や、2003年ニューヨークセントラルパーク150周年記念の「空の光輪」の花火などを撮影。著書に、『心の惑星-光の国の物語』(クレオ)、『花火の図鑑』(ポプラ社)、『花火の大図鑑』日本煙火協会/監修 (PHP研究所)、『日本の花火はなぜ世界一なのか?』(講談社+α新書)など、花火に関するもの多数。

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