特集 伝統美のモダニズム “Cool Traditions”
蔡國強:日本への帰郷

出村 弘一 (文)【Profile】/泉谷 玄作 (撮影)【Profile】

[2016.08.15] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | ESPAÑOL | Русский |

中国の文化・歴史・思想から着想を得ながら、日本滞在中に火薬の爆発によるアートを編みだした蔡國強。彼にとって、日本とはどのような国なのか。グローバルなアーティストに成長した蔡と日本の関係を探る。

グローバルに活躍する現代美術家

蔡國強は若い頃から火薬や花火を用い、それまで誰も試みなかった新たな芸術の地平を切り拓き、研鑚を積んだ日本から世界へと羽ばたいていった。その後、世界各地で開催された展覧会は枚挙にいとまがない。

≪美人魚≫の制作風景 2010年 和紙に火薬 日本 愛知県
あいちトリエンナーレ ©Cai Guo-Qiang. Mermaid: Project for the 2010 Aichi Triennale, 2010. Gunpowder on paper. Approximately 300 x 1600 cm (118 1/8 x 629 15/16 in.) Photo by Gensaku Izumiya 

2015年の夏、現代美術界のスーパースターとなった蔡の大規模な個展が横浜で開催されたが、彼には心に秘めたある想いがあった。それは、自らの原点と言ってもよい日本に帰還し、東洋や日本の精神文化に再びふれ、その神髄を自分の中に取り戻してみようという決意であった。そして、その決意を形にしたものが、横浜美術館で行なわれた「帰去来-There and Back Again」展(2015年7月11日から10月18日)の作品の数々であった。

日本から世界へ

いわき回廊美術館オープニング・プロジェクト作品≪エヂィション・フォー・SMoCA≫にサインする蔡國強。2013年 瓦に火薬 日本 福島県 
©Cai Guo-Qiang. Editions for SMoCA, 2013. Gunpowder on tile. 25.5 x 25.5 x 0.8 cm (10 1/16 x 10 1/16 x 5/16 in.) Photo by Gensaku Izumiya

1957年に福建省泉州で生まれた蔡は、上海で舞台美術を学んだあと86年に来日した。筑波大学に在籍し、東京や取手市、いわき市に滞在しながら創作活動を開始。やがて火薬を和紙の上で爆発させる作品を制作し始め、注目を集めた。91年福岡での中国前衛美術家展[非常口]でのプロジェクトをはじめ、各地での大規模な野外爆破イヴェント《外星人のためのプロジェクト》を展開し、その後も多数の展覧会に参加した。

95年以降はニューヨークに拠点を移し、欧米、東欧、南米、豪州などで幅広く活動を続け、99年ヴェネツィア・ビエンナーレ国際金獅子賞など、数多くの賞を受賞した。また、上海で開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)の祝賀イヴェント(2001年)や北京オリンピックの開会式では、芸術監督として壮大なスケールの花火パフォーマンスを行ない、テレビを通して世界中の人びとを魅了した。

中国独自の世界観が融合

新たな手法に挑戦を続ける一方、蔡は風水思想や漢方医学といった中国独自の文化的な要素を作品に積極的に取り入れている。そこには、簡単に欧米の現代美術の流行には取り込まれたくないという意志を感じる。融通無碍(ゆうずうむげ)な自由さとでも言ったらよいのだろうか。飄々(ひょうひょう)とした蔡の風貌とその作風がマッチして、ごく自然に作品に接することができる。

「帰去来」展の図録には蔡の自伝的エッセイ「99の物語」と題された文章が収録されている。そこでは、風水を信奉する故郷・泉州の思い出、深い愛情を注がれた祖父母や両親の影響、祈祷(きとう)師のおばさん、亡霊や仙人、道教寺院での夢占いなど、およそ現代美術というイメージからはかけ離れた物語が紡がれ、作品を読み解く手掛かりとして興味深い(99という数字は、道教において、永遠に循環することを意味する数字だという)。

≪美人魚≫ 2010年 和紙に火薬 サイズ300 x 1600 cm 日本 愛知県 
あいちトリエンナーレ  ドローイング「美人魚」部分
©Cai Guo-Qiang. Mermaid: Project for the 2010 Aichi Triennale. Photo by Gensaku Izumiya

絵画による表現を意識

蔡は日本を離れたあとも2、3年おきにやって来ては展覧会や講演を行なった。2011年の東日本大震災後は毎年来日し、いわきの人たちと「いわき万本桜プロジェクト」を実施し、2013年にいわき回廊美術館をつくった。このプロジェクトは蔡が支援しているもので、いわき市の里山に2千本の桜が植樹された。今後、99年という長い歳月をかけて9万9千本の桜を植えていく予定だ。

いわき回廊美術館オープニング・プロジェクト 2013年 火薬 日本 福島県 
©Cai Guo-Qiang. Ignition at SMoCA (Snake Museum of Contemporary Art): Everything is Museum No. 4, Iwaki, Japan, 2013. Photo by Gensaku Izumiya

さてそんな折、若い頃の出発点となった日本での活動をさらに本格化させようと考え始めていた時に、幸いにも横浜美術館から個展開催の招きを受けた。

展覧会のタイトルは故鄕を想う陶淵明の詩「帰去来辞」から名付けられたものだ。一人の美術家の芸術上の帰郷でもあり、当初の純粋な気持ちを取り戻し、原点に遡(さかのぼ)りたいという願いを込めたという。図録に収録された「今回の帰還」と題された文章には、「絵画に専念し、日本絵画の構図や情感、東洋の文化思想や生き方について考え、現代絵画の言語や表現手法に置き換えることを模索した」と記されている。

そして岡倉天心について調べていくうちに、パフォーマンスアートに加え、絵画制作にも重点を置くようになったと述べている。天心は東京美術学校の設立に尽力し、日本美術院を創設、のちにボストン美術館東洋部長を務めた思想家だ。日本で西洋化の波が荒れ狂っていた明治時代、東洋の価値観や世界的な意義を強烈に自覚し、その真髄を西洋に理解してもらうべく『茶の本 The Book of Tea』(1906年)を英文で著した。

花火の色彩と春画

日本に来た頃は、昼用の花火を使って爆発させ、色を出すことに試行錯誤を重ねていたが、スペインでの《黒い虹》(2005年)、広島での《黒い花火》(2008年)などで色つき花火を試し、上海での個展《九級浪》(2014年)のオープニングのために、昼用花火を打ち上げ、手応えを感じたという。

≪黒い花火≫ 2008年 日本 広島県 
原爆ドームの上空に現れた「黒い花火」
Cai Guo-Qiang (b. 1957, Quanzhou, China; Lives in New York) Black Fireworks: Project for Hiroshima 2008 Realized at Motomachi Riverside Park near the Atomic Bomb Dome, Hiroshima, October 25, 2008, 1:00 p.m, 60 seconds. Black smoke shells. Commissioned by Hiroshima City Museum of Contemporary Art [Ephemeral]
©Cai Guo-Qiang. Black Fireworks: Project for Hiroshima 2008. Photo by Gensaku Izumiya

夜用の花火は光を主としすぐに消えてしまうが、昼用の花火はスモークを主とする。スモークは気流によって変化しながら、水墨画や水彩画のように大空というカンヴァスに溶け込み、滲(にじ)んでいく。こうした色彩感覚や情感が、横浜展で初めて描かれた春画作品の《人生四季》とつながったと言う。

《人生四季》
Seasons of Life: Summer, 2015. Cai Guo-Qiang (b. 1957, Quanzhou, China; lives in New York).
Gunpowder on canvas. 259 x 648 cm (102 x 255 1/8 in.). Collection of the artist; photo by the Yokohama Museum of Art.

Seasons of Life: Spring, 2015. Cai Guo-Qiang. Gunpowder on canvas. 259 x 648 cm (102 x 255 1/8 in.). Collection of the artist; Ignition at the Yokohama Museum of Art, 2015. Photo by Kamiyama Yosuke.

なぜならば、春画の中にはいのちが流れており、自然の変化も取り入れられているからだ。これは東洋文化における時空一体の概念そのもので、現代アートにも通じる。完全には制御できない花火という画材が、作家の想像を超えて予期せぬ美を生み出す。天心の言うように、不完全な中に永遠の美を見いだす繊細な試みこそ、日本文化の本質なのである。

新たなる旅の始まり

横浜展でひときわ目を引いたのが日本で制作した《夜桜》である。縦8メートル、横24メートルの巨大な作品が、グランドギャラリーに展示された。和紙に描かれているのは、柔らかな桜の花びらで、花蔭に身を隠すミミズクの鋭いまなざしが観(み)る者を射る。

《夜桜》
Nighttime Sakura, 2015. Cai Guo-Qiang. Gunpowder on paper. 800 x 2,400 cm (314 15/16 x 944 7/8 in.). Collection of the artist; Installation view at Yokohama Museum of Art, 2015. Photo by Kenryou Gu; courtesy Cai Studio.

《夜桜》の制作風景
Nighttime Sakura, 2015. Cai Guo-Qiang. Gunpowder on paper. 800 x 2,400 cm (314 15/16 x 944 7/8 in.). Collection of the artist; Ignition at the Yokohama Museum of Art, 2015. Photo by Wen-You Cai; courtesy Cai Studio.

この作品も筆を使わず、火薬を爆発させて描いた。「桜を選んだのはどうしてか?」というテレビインタヴューでの質問に、蔡は「桜の命は短く、すぐに消えていく。しかし、再び春を待つ。この力と美しさは、火薬と共鳴して一体的なところがある」と答えている。

今回の日本への帰還は、多くのものを得た末にたどりついた、慕わしい「東洋」を自分の中に取り戻すための試みだと語る蔡。新たなる旅の成果を刮目(かつもく)して待ちたい。

文=出村 弘一
写真=泉谷 玄作

バナー写真:≪動く虹≫ 2002年 アメリカ ニューヨーク
イーストリバー対岸のマンハッタンから、こちら(ブルックリン)側に向かって「動く虹」が移動を開始した。一連の花火の爆発時間は15秒間
Cai Guo-Qiang (b. 1957, Quanzhou, China; lives in New York) Transient Rainbow 2002 Realized over the East River, from Manhattan to Queens, New York, June 29, 2002, 9:30 p.m., 15 seconds 1,000 3-inch multi-color peony fireworks fitted with computer chips Explosion radius approximately 200 m Commissioned by the Museum of Modern Art, New York for the opening of MoMA Queens [Ephemeral] ©Cai Guo-Qiang. Transient Rainbow. The Museum of Modern Art, New York, 2002. Commissioned by MoMA. Photo by Gensaku Izumiya

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  • [2016.08.15]

エディター+ディレクター。1970年美術出版社入社。『美術手帖』、『デザインの現場』(編集長)の編集に携わる。90年より編集事務所を主宰し、『FUKUOKA STYLE』、『INAX BOOKLET』などの編集(いずれも編集長)に従事する一方、東北電力秋田支店のウエブサイト「秋田域外キャンペーン」を起ち上げる(ディレクター・制作・運営)。ビジュアルムック『新しい京都駅』(美術出版社)、『紙の大百科』(同)、『福を招くお守り菓子』(中山圭子ほか 講談社)、単行本では『伝説の風景を旅して』(海野弘 グラフ社)、『上海有情』浅野盛治 文藝春秋)など多数編集、現在に至る。(ポートレイト写真撮影:OKU Masahiro)

写真家。1959年 秋田県に生まれる。花火の撮影をライフワークとする。現代作家、蔡國強(Cai Guo-Qiang)氏の依頼で、2002年MoMA(ニューヨーク近代美術館)主催の「動く虹」の花火や、2003年ニューヨークセントラルパーク150周年記念の「空の光輪」の花火などを撮影。著書に、『心の惑星-光の国の物語』(クレオ)、『花火の図鑑』(ポプラ社)、『花火の大図鑑』日本煙火協会/監修 (PHP研究所)、『日本の花火はなぜ世界一なのか?』(講談社+α新書)など、花火に関するもの多数。

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