特集 伝統美のモダニズム “Cool Traditions”
東京下町の新名所「すみだ北斎美術館」がオープン

小山 ブリジット【Profile】

[2016.11.28] 他の言語で読む : ENGLISH | FRANÇAIS |

米ライフ誌の「この1000年で最も重要な功績を残した世界の人物100人」に選ばれた唯一の日本人が浮世絵師・葛飾北斎。この稀代の天才絵師の世界が丸ごと詰まった美術館が、江戸の情緒を残す東京・両国にオープンした。

世界で最もよく知られた日本の芸術家といえば、それは今なお葛飾北斎(1760-1849)であろう。そして北斎といえば、誰もが『富嶽三十六景』の『神奈川沖浪裏』や『山下白雨』といった版画を思い浮かべるはずだ。しかし彼の才能がそれだけにとどまらないのは言うまでもない。その並外れた作品の数々を、このほど東京に出現した北斎専門の美術館で目の当たりにすることができる。

葛飾北斎『富嶽三十六景 山下白雨』(すみだ北斎美術館蔵)。山麓に描かれた稲妻がこの美術館のロゴマークに使われている。

北斎が生まれた東京の下町・墨田区。両国国技館や江戸東京博物館の最寄り駅でもある両国駅から少し歩いた一角に区立緑町公園がある。その小さな公園に面した4階建ての建物が2016年11月22日にオープンした「すみだ北斎美術館」だ。

斬新な建物を設計したのは、世界的に有名な建築家の妹島和世。金沢21世紀美術館(2004年)、ニューヨークのニュー・ミュージアム・オブ・コンテンポラリー・アート(2007年)、ルーブル・ランス(2012年)などを西沢立衛とのユニット「SANAA」で設計し、その独特で洗練されたデザインは高く評価されている。

すみだ北斎美術館が同様の評価を受けるのは間違いない。アルミのパネルで覆われた幾何学的なブロックを組み合わせた外壁は、陽射しを浴びて鏡のように輝く。中に入ってもその明るさに驚かされる。1階のエントランスホールには、ガラス張りの講座室と図書館、ミュージアムショップが接し、地下には会議室や所蔵庫などが設けられている。

妹島和世が設計したすみだ北斎美術館(写真提供:すみだ北斎美術館)

楽しみながら北斎の生涯を学ぶ常設展

エレベーターで4階に上がり、常設展示室から見学しよう。迎えてくれるのは、質素な長屋のアトリエで制作する北斎と娘の阿栄(おえい)(※1)。ろう人形とはいえ、その鬼気迫る姿に見学者の目は釘づけとなるに違いない。

黒い壁に囲まれた展示室の床には、隅田川の流れを思わせる光の筋が走っている。展示された北斎の肉筆画や版画のレプリカを、生涯のさまざまなエピソードとともにたどることができる。楽しみながら学べる工夫が秀逸だ。

会場のあちこちにタッチパネルが配置され、モニターに触れて作品の説明を読めるようになっている。有名な「北斎漫画」は弟子や絵師を志す人たちのために北斎が残したものだが、これもタッチパネルを操作しながら、ゲーム感覚で北斎の技法について理解を深めることができる。

常設展示室を出て展望ラウンジに立てば、高さ634メートルのスカイツリーが近くにそびえている。その奥からが企画展示室となり、その下の3階にも続く。

娘の阿栄(おえい)が見守る北斎の制作風景(撮影:ニッポンドットコム編集部)

常設展示室(写真提供:すみだ北斎美術館)

タッチパネルを操作して『富嶽三十六景』などシリーズごとにまとめられた作品を見ることができる(撮影:ニッポンドットコム編集部)

オープニング企画展「北斎の帰還」

すみだ北斎美術館の所蔵品は1500点を数える。浮世絵研究で日本の第一人者といわれる美術史家、楢崎宗重(1904-2001)からの寄贈品や、北斎コレクターとして世界的に知られるピーター・モース(1935-1993)のコレクションに加え、墨田区が開館に先立って多数の肉筆画や版画を収集してきた。今後も所蔵品の充実を図りながら、国内外の美術館のコレクションを展示する機会を増やしていく予定だという。

開館記念展「北斎の帰還」では、北斎の最も有名な作品を含む120点を選んで展示している。目玉はやはり、全長7メートル近い肉筆の絵巻『隅田川両岸景色図巻』だろう。この絵巻は、画商の林忠正(1853-1906)がかつて所蔵していた。林は国外の日本愛好家と親交があり、フランスのエドモン・ド・ゴンクール(1822-1896)が『北斎』(1896年)を著した際に手助けをした。絵巻は林の1902年の日本・中国美術品コレクション販売目録にも記載されていたが、その後、長らく行方不明となっていた。昨年、国外で再発見され、開館準備中だった北斎美術館のコレクションに加えるために墨田区が購入し、100年以上ぶりに里帰りが実現したのだ。

葛飾北斎『隅田川両岸景色図巻(部分:両国橋付近)』(すみだ北斎美術館蔵)

葛飾北斎『隅田川両岸景色図巻(部分:吉原室内)』(すみだ北斎美術館蔵)

オープニング企画展は、まず北斎の生涯について解説しながら、自画像や他の絵師が描いた肖像画で北斎のイメージを浮かび上がらせていく。次いで、北斎が暮らした江戸時代のすみだ地区の生活を描いた作品が並ぶ。

再発見された「幻の絵巻」に続くのは、北斎の代表的な名品の数々。中でも見逃せないのは、空摺(からずり)と雲母刷(きらずり)を駆使した「摺物(すりもの)」(※2)だ。もちろん、モネ、ドガ、マネ、ゴッホなど19世紀後半の西洋の画家に多大な影響を与えた『富嶽三十六景』の一部など、北斎の最も有名な版画も展示されている。

渓斎英泉『北斎肖像画』(すみだ北斎美術館蔵)

自身の筆が世界的にこれほど多大な影響を及ぼしていたのを北斎が知ったら、さぞかし驚いたことだろう。北斎は自らの作品には決して満足せず、生涯にわたり究極の探求を続けた。『富嶽百景』(1834年)の有名な跋(ばつ)文には次のようにある。

九十才にして猶其奥意を極め 一百歳にして正に神妙ならんか
百有十歳にしては一点一格にして生るがごとくならん
願わくは長寿の君子 予言の妄ならざるを見たまふべし

卍(まんじ) 画狂老人

(90歳で奥義を極め、100歳に至っては正に神妙の域に達するであろうか。100歳を超えて描く一点は一つの命を得たかのように生きたものとなろう。長寿の神には、このような私の言葉が世迷い言などではないことをご覧いただきたく願いたいものだが)

この願いは叶わず、北斎は89歳を前に世を去った。その代わり、巨大な作品群を世に残し、世界中の芸術家にインスピレーション与えている。そんな北斎だからこそ、その名を冠した美術館が東京にこうして生まれた。すみだ北斎美術館は、あらゆる国から訪れるさまざまな年齢層の人びとの目を輝かせ続けるに違いない。

(原文フランス語。バナー:葛飾北斎『隅田川両岸景色図巻(部分:吉原室内)』すみだ北斎美術館蔵)

すみだ北斎美術館

場所:〒130-0014 東京都墨田区亀沢2-7-2
開館時間:9:00~17:30(入館は閉館の30分前まで)
休館日:毎週月曜日(祝日・振替休日の場合は翌平日)、年末年始12月26日~1月1日
開館記念展「北斎の帰還」:2016年11月22日(火)~2017年1月15日(日)
http://hokusai-museum.jp/

(※1)^ 北斎の三女で浮世絵師。生没年は不詳。画号は葛飾応為(おうい)といった。

(※2)^ 空摺は版木に絵の具をつけず摺って凹凸を出す技法。雲母摺は、版木に糊(のり)や膠(にかわ)をつけて紙に摺り、その上に雲母の粉をふりかける技法。摺物とは、市販を目的とせず、祝い事など特別の機会に受注制作された版画を指す。新年の挨拶に配る歳旦(さいたん)摺物が代表的。

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  • [2016.11.28]

武蔵大学人文学部教授。パリ生まれ。パリ大学大学院で比較文学博士号を取得。早稲田大学大学院で日本の近代文学を学ぶ。専門は比較文学、美術(ジャポニスム)。著書に、『夢みた日本 エドモン・ド・ゴンクールと林忠正』(平凡社)などがある。

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