特集 伝統美のモダニズム “Cool Traditions”
樹々の声を聞け! 盆栽職人・川辺武夫の世界

竹森 良一【Profile】

[2017.03.24] 他の言語で読む : ENGLISH | FRANÇAIS | ESPAÑOL | Русский |

盆栽の世界でこれまでの常識を打ち破り、「型(かた)」にとらわれない斬新な作品を次々と世に出している盆栽職人が大宮にいる。その人は川辺武夫(70)。特に欧州には熱烈なファンがいて、彼の作品を一目見たいと日本までやってくる。川辺が盆栽に向き合う哲学と、その自然観を探った。

型破りな盆栽

「人それぞれに個性があるように、樹にも一本一本個性があります。樹木は生まれながらに、私たちの想像を超えた生命力を持っています。そして、それぞれが育まれた環境によって異なる、生命のドラマと歴史を持っています。ですから一本一本の盆栽は、それぞれ異なるメッセージを発信しているのです」と川辺は語る。

例えば、盆栽界には切るべき枝とされている「忌み枝」という言葉がある。鑑賞者を威嚇するように正面側に突き出た枝や、幹と交差する枝などは「忌み枝」として嫌われる。しかし川辺は、盆栽作家がしのぎを削る「日本盆栽作風展」で、あえてそのような「忌み枝」を残した樹姿の盆栽を発表している。

「いかにも盆栽然とした樹姿にすることには抵抗があるのです。自然界の厳しい環境で生きている樹々の前に立つと、いわゆる盆栽界の常識などは吹き飛んでしまいます。極端に言えば自然界は『忌み枝』の宝庫なのです。そんな姿をありのままに受け入れる度量が必要なのだと思います。とにかく自然界の樹々は多様で、個性的で、豊かなのです」

東北真柏(撮影=澤野 新一朗)

欧州で得た高い評価

川辺の手がける大胆で個性的な盆栽を、欧州の盆栽ファンたちは見逃さなかった。日本の盆栽専門誌で川辺の作品を発見した彼らは、その虜となった。

2002年、スペイン最大の盆栽商社のイベントでメインゲストとして招待されたのを皮切りに、ドイツ、フランス、ベルギー、モナコなど欧州諸国へ60回以上招かれ、川辺は欧州で「盆栽マイスター」と称されるまでになる。

12年、日本政府観光局が海外向けに、日本全国の盆栽園を紹介するパンフレットを作った時のこと。その際に行った欧米でのアンケート調査で、川辺の知名度と人気は抜きんでており、彼が巻頭ページを飾ることになった。

「国内の盆栽はここのところ活気がありません。歌麿の浮世絵のように、欧米人が評価すると、日本人はそれに追従する傾向があります。今、海外では盆栽は『BONSAIアート』として盛り上がっています。将来、浮世絵のように盆栽を欧州からの評価によって日本でも再評価されるようにしたいです」 とずっと前に宣言した川辺の言葉は今、着実に実現されつつある。

スイス人グループに盆栽を教える川辺(撮影=澤野 新一朗)

川辺のもとには現在、欧州の盆栽指導者たちが次々と学びに訪れる。その一人、欧州有数の盆栽クラブ「スイス盆栽クラブ」会長のオスカル・ロンカリが、川辺の盆栽に惹かれる理由を語ってくれた。

「川辺先生の盆栽には、樹に対する深い敬意と、大きな愛情を感じ取ることができます。今日、残念ながら盆栽文化は商業主義に陥りつつあり、盆栽が非常に紋切り型になり、樹への敬意をおろそかにしているように思えます。樹に何かを押しつける前に、川辺先生のように、樹が私たちに与えてくれる何かを受け取るようにすべきではないでしょうか」

オスカルの言葉は川辺の盆栽のみならず、職人文化の本質を的確についている。職人たちは皆、扱う材料に対し、深い敬意と大きな愛情を抱いている。

樹々の声を聞く

鋏は燕三条で特注(撮影=澤野 新一朗)

川辺は、自分の盆栽づくりが劇的に変わったエピソードを語ってくれた。もともとはエンジニアで、自動車メーカーの工場長として活躍していた川辺が、周囲の反対を押し切って盆栽の世界に身を投じたのが30歳。その7年後、まだ修行中の37歳の時の話である。

「いつものようにその日も、私は盆栽園の奥にある作業場で1人、黙々と盆栽をつくっていました。作業場はまさに盆栽の実験室ともいえるところで、周囲には作業中の樹々が置かれています。負担のかかる大胆な改作を施されていた樹々はどれも非常に弱っていました。突然、頭をぎゅっと締め付けるような力を感じたのです。そして、盆栽たちの声が頭の中に響き渡りました。『俺たちだって生きているんだぞ!』と樹々が一斉に叫んでいたのです。確かに樹々の叫びを聞いたのです」

「それから、盆栽づくりに対する考え方が根本的に変わりました。最優先するのは人の美意識ではなく、あくまで樹の健康状態、生命(いのち)です。樹の健康状態をよく見て、『今するべきこと、今できること、今やってはいけないこと』を見極めなければいけません。そうしていると、やがて樹づくりのアイデアが泉のように湧いてくるようになりました。作り話のように聞こえるかもしれませんが、真剣に向き合っていると、本当に樹がこういう姿になりたいと教えてくれるのです」

スペインで行った初の海外講演を振り返り、川辺は「まず自分の失敗話をしました」と笑う。「生徒たちには樹の生命を奪うようなことをして欲しくないから、自分の恥をさらけ出したのです。そんな私の姿勢をよく理解してくれたようで、それ以後、欧州各地へ頻繁(ひんぱん)に招かれるようになりました」

加賀一位の再生

自宅にある加賀一位の盆栽 (撮影=澤野新一朗)

川辺の代表作の一つに、加賀藩ゆかりのイチイの木「加賀一位」を使ったものがある。金沢市の兼六園で15年10月に開催された『加賀一位盆栽展』で、彼の手による12の作品がお披露目された。

加賀一位は、今から350年以上前、金沢・加賀藩の三代目藩主・前田利常が生け花等の素材にするために植林したイチイだ。近年は放置され、蔦(つた)や葛(くず)類に覆われて、林は壊滅寸前だった。それを金沢ゆかりの人が、盆栽の素材として素晴らしいものだからと救出に乗り出した。数々の盆栽園でうまくいかなかったものを、最後に川辺が引き受け再生させた。

「うまくいかなかったのは、おそらく加賀一位が育った環境をよく理解していなかったからだと思います。本来、イチイは弱酸性の土壌で育ちます。ところが、加賀一位が植えられた場所は海が隆起し貝殻の残っている、カルシウムの多いアルカリ性の土壌だったのです。350年以上その土地に植えられていたため一応はそこに順応し、なんとか生きている状態でした。ですから、安易に弱酸性の土壌に植えられて枯れてしまったのでしょう。2年間かけて2段階に分け、樹を鉢の中へ移しました。そういうことも、樹の声を聞いて判断したのです」

(左)樹高95cm、樹齢1000年以上の東北真柏。銘は「階(きざはし)」(撮影=杉崎 美穂)、(右)樹高100cmの加賀一位(撮影=澤野 新一朗)

職人文化の真髄

日本の職人は五感のみならず、「第六感をも使ってものづくりをしている」との指摘がある。例えば、優れた仏師は「木から仏像を引き出す」と言う。西洋では材料を使って頭の中の像を形にしていくといわれるが、日本の仏師は「木の中に仏像が埋まっていて、それを掘り出していく」というのである。

道具はほとんど自分で作る(撮影=澤野 新一朗)

また、今も庭師がバイブルにしている平安時代の『作庭記』には、例えば「石の乞(こ)はんに従え」と書いてある。つまり、自分が置きたい所を探すのではなく、石の欲していることを捉えて、それに従って置きなさいと教えているのである。

川辺の盆栽づくりもよく似ている。全身全霊を傾けて樹と向き合い、樹の声に耳を傾け、樹の望む姿になるよう手助けしていく。「こういう風にしたら樹が格好良くなる、などという人間の勝手な願望は二の次、三の次なのです。最優先するのは、樹のみずみずしい生命(いのち)です。生命の輝きに勝るものなど無いのです」

職人文化の本質がそこにある。扱う材料の生命(いのち)を引き出す。「美」は人が創造するのではない。生命(いのち)に宿るのである。

自宅にて(撮影=澤野 新一朗)

(バナー写真:樹齢1000年以上の東北真柏の前で 撮影=澤野 新一朗)

*「第8回世界盆栽大会inさいたま」の期間中(2017年4月27日〜4月30日)、大宮駅コンコースに、川辺の代表的な盆栽3作品が飾られる。

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  • [2017.03.24]

編集者、神社専門誌『WAGO(和合)』編集長。1962年福岡県生まれ。84年広島大学理学部卒業。広告代理店、植木職人、園芸誌の編集者を経て、11年より現職。

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