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世界に広がれ! 日本が生んだ男子新体操

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男子新体操は日本発祥の競技。力強さと躍動感あふれる演技で観客を魅了するが、知名度や普及率は低い。そんな中、世界的なデザイナーの三宅一生さんが青森大学の新体操部とコラボし、公演をプロデュースした。【動画】

新体操といえば女子専門の競技というイメージが強いが、男子種目も存在する。実はこの男子新体操は日本で生まれた競技。原型は「団体徒手体操」の呼び名ですでに戦前からあり、1949年には国民体育大会(国体)の競技種目にもなった。同年、第1回の全日本学生選手権(インカレ)が開かれ、今年で65回を数える。

しなやかな美しさが際立つ女子種目に対し、男子種目は筋力とスピードを生かしたダイナミックでアクロバティックな演技が魅力。その躍動美にすっかり魅了されたひとりに、世界的な衣服デザイナーの三宅一生さんがいる。

三宅一生が魅せられた男子新体操の躍動美

三宅さんが男子新体操を「発見」したのは、つい最近の2013年2月のことだ。テレビに映し出された青森大学新体操部の演技に目を奪われた。青森大学は全日本選手権4連覇、インカレ11連覇中(当時)という男子新体操のトップチーム。震災後の東北に強い思いをはせる三宅さんには、跳躍する若者たちの姿が青森から発せられる未来への光明に見えた。

中田吉光ヘッドコーチ

一方、青森大学新体操部を率いる中田吉光ヘッドコーチは、男子新体操を「青森の文化」にしたいという思いを抱く。しかし知名度も普及率も低いのが現状で、国際体操連盟には競技種目として認められておらず、2009年に国体の種目から外されてしまった(公式には「休止」扱い)。中田さんは日頃から、部員たちを鍛える傍ら、公益財団法人日本体操協会の男子新体操委員会委員長として、競技の発展にも心を砕いている。

そんな両者の思いが結びつき、生まれたのが「公演」というアイディアだ。競技種目の演技に、より自由な表現を加え、肉体を駆使したパフォーマンスとして大勢の観客の前で披露する。三宅さんはさっそく3月には中田さんにコンタクトを取り、思いを伝えた。

ダニエル・エズラロウさん

コスチュームは、三宅さんが手がけるメンズの新ライン「オム プリッセ イッセイ ミヤケ」によるオリジナル。演出は、三宅さんと30年以上の親交があるダニエル・エズラロウさん。ソチ冬季五輪の開会式も手がける世界的な振付師・演出家だ。音楽、照明、映像にも最前線で活躍する一流のクリエイターたちを配した。舞台裏にはファッションショーさながらに、ヘアメイクやフィッター(モデルに服を着せる役)が控える。まさに三宅ワールドの総力を結集したような布陣で固めた。

一糸乱れぬシンクロ演技に拍手喝采

7月18日、会場の国立代々木競技場・第二体育館。炎天にもかかわらず開場の1時間以上前から熱心なファンが列をつくるほどの盛況で、およそ2600人がスタンド席に陣取った。観覧に応募したものの抽選で外れた人も多かったという。広く知られてこそいないが、すでに一部の熱烈な支持を受けているのは確かだ。

オープニングは壮大で幻想的、大観衆が思わず息をのんだ。直径約40mの円形フロアを覆い尽くすほどの大きな青い布が、かすかな光に照らされ暗闇の中に浮かび上がる。布は選手たちの手に操られて波打ち、巨大な水の塊の如く球形にふくらんだかと思うと、凪いだ海原のように平らになる。

やがて原始の海に誕生した生命のように選手たちの姿が現れ、場面は静から動へとゆるやかに転移していく。体育館の円形フロアを海に見立て、「選手たちには、その中を泳ぎ、飛び跳ねる魚やイルカになってもらった」というエズラロウさん演出の世界に、場内は早々と引き込まれていった。

およそ1時間。新体操と今回オリジナルの演技を交互に組み合わせたプログラムに、観客は時間を忘れて釘付けになった。高い跳躍やキレのある回転技もさることながら、指の先まで意識を集中した繊細な動き、そして何より、ぶつかるギリギリのタイミングで宙返りしながら交差したり、一糸乱れずシンクロしたりするチームワークが満場の拍手喝采を集めた。

夜中まで続いた練習も「やってよかった」

大舞台での演技を終えて表情も晴れやかな選手たち。しかし話を聞くと、誰もが練習は大変だったと振り返る。やはり一番の苦労は、普段通りに競技の練習をしながら、同時進行で公演の準備もしてきたことだった。

「公演のための本格的な練習は1カ月ちょっとでしたね。とにかく時間が足りなかった。東京には5日前に入り、完成度を上げていきました。注意された点をすぐに修正できないと周りに迷惑がかかってしまうので、プレッシャーも大きかった。ひとりひとりが集中して何とか乗り切ったと思います」(大川佳成選手、4年生)

公演の約1カ月後には、12連覇のかかるインカレが控えていた。

「今回のような企画は、男子新体操というマイナーな競技を世界に広めるためには必要だと感じました。試合と違って部員27人全員が参加できたので、チームワークも高まったと思います。1日12時間、夜中まで練習した日もあったけど、やってよかった。でも、大会をおろそかにしては、今回の企画の意味がなくなってしまう。しっかり気持ちを切り替えて、あすから再スタートしたい」(鈴木仁選手、2年生)

男子新体操を世界に広げたい

その言葉通り、第65回全日本学生新体操選手権大会(8月24~27日、北九州市立総合体育館)では、青森大学が見事に団体優勝、12連覇という偉業を成し遂げた。次は11月の全日本選手権。そして12月から2014年1月にかけてオランダとドイツで海外公演を行う。

「ヨーロッパには、2年に1度くらいイベントに招待されて行く機会があります。競技としては普及していませんが、認知度は日本より高いと言っていいかもしれません。6人が気持ちを合わせてシンクロする集団の美を感じてほしい。この競技は、人との関係を大切にし、人のために尽くすという気持ちがあるからこそ成立するんです。日本の若者のそんな姿を世界に伝えたい」(中田ヘッドコーチ)

自分たちが世界に向けて新しい分野を開拓する——。そんな大きな夢と強い意志をもった頼もしい若者たちが東北の地に育っている。

撮影=川本 聖哉















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