特集 「いざ、日本の祭りへ」(5)さっぽろ雪まつり
「さっぽろ雪まつり」の歴史とトリビア
[2014.03.14] 他の言語で読む : ENGLISH | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية | Русский |

札幌の冬の一大イベント「さっぽろ雪まつり」。今や世界中から観光客が訪れるが、最初は学生たちが作った小雪像6基からのスタート。その歴史と思いをご紹介する。

始まりは中高校生が作った6基の雪像

1950年当時、中・高校生が雪像を作っている様子。

「さっぽろ雪まつり」が札幌市と札幌観光協会の主催でスタートしたのは1950年。当時、冬期間の雪捨て場として使われていた大通公園7丁目に、地元の中高校生が高さ3~5mの雪像を6基作ったのが始まりだった。まだ敗戦後の苦難が続いていた時代で、食料などの基本的な生活物資さえ不足していた。雪像作りのノウハウもない学生たちが道具を持参し、美術教師の指導のもと試行錯誤しながら雪像を作ったという。

第1回さっぽろ雪まつり「くま」。

雪まつり当日は雪像展示のほか、ドッグレースやダンス会、演芸大会など工夫を凝らした催しも開かれ、5万人余りの観衆で賑わった。暗く長い冬に楽しみをもたらしてくれたと札幌市民に大好評となり、第2回から札幌市の正式な年間行事と位置づけられ、定着していった。制作される雪像は回を重ねるごとに精巧で巨大になり、祭りの規模も拡大していった。

観客の度肝を抜いた大雪像「昇天」

第4回さっぽろ雪まつり「昇天」。

第4回(1953年)には、高さ15mに達する大雪像「昇天」が登場。それまでの一般的な雪像の3倍以上という想像を絶する大きさに、観客は度肝を抜かれた。

第6回(1955年)からは陸上自衛隊が参加し、大規模な雪像作りに挑戦。第10回(1959年)には2500人もの自衛隊員が動員され、大雪像が何基も制作された。テレビや新聞で初めて雪まつりが紹介されたのもこの年。以降、本州からの観光客が増え始め、「さっぽろ雪まつり」の名は全国的に知られるようになった。

自衛隊が大雪像を制作する現在の様子。

第14回さっぽろ雪まつり「雪像とテレビ塔」。

第16回(1965年)から陸上自衛隊真駒内駐屯地内に第2会場が設置された。すべり台つきの大雪像や、ドラえもんなど子供に人気のキャラクターをモチーフにした大雪像が制作され、雪と遊べる会場として家族連れで賑わった。

札幌冬季オリンピックが開催された1972年には、札幌が世界的に注目されたこともあり、世界各地で雪まつりが紹介された。

オイルショック後にスタートした「国際雪像コンクール」

苦難の年となったのは第25回が開催された1974年。第2次オイルショックの影響で雪の輸送に必要な燃料を十分に調達できないという事態が発生し、雪まつりの開催そのものが危ぶまれた。大・中の雪像の中に合わせて800本ものドラム缶を入れて不足分を補い、ようやく開催にこぎつけたものの、雪の中に異物があると雪は解けやすく、いつ崩れるかとハラハラし通しだったという。

第40回国際雪像コンクール優勝作品 タイ「自然からの芸術家」。

一方で、雪まつりの国際色が強くなったのも1974年だった。国際親善を深めようという目的で「国際雪像コンクール」もスタート。初回はカナダ・フランス・大韓民国・南ベトナム(現ベトナム社会主義共和国)・米国・日本の6チームが参加し、それぞれの民族カラーで観客を魅了した。以後、カナダ、ドイツ、オーストラリアといった諸外国や、瀋陽(中国)、ポートランド(米国)、大田広域市(韓国)など、札幌とつながりの深い地域が趣向を凝らした雪像を制作するなど、国際色あふれる祭りに成長した。

第34回(1983年)から第3会場としてすすきの会場が登場。この会場のメインは雪像ではなく氷像。夜の歓楽街のメインストリートに氷像が立ち並び、ネオンに輝く美しさが評判を呼んだ。真駒内会場は2005年で閉鎖され、現在はつどーむ会場が第2会場となったが、すべり台やスノーラフトなど、雪とふれ合うコンセプトは真駒内時代と同じ。大規模な休憩所や飲食ブース、ファミリー広場などの屋内スペースも充実し、冬の北海道の魅力を存分に楽しめる会場となっている。それぞれの会場で異なる特色を味わうのも雪まつりの醍醐味のひとつだ。

第58回さっぽろ雪まつり「チャックリー・ハマー・プラサート宮殿」(タイ)。(C)HBC

第59回さっぽろ雪まつり「エジプトの遺跡」。(C)HBC

近年は市民参加型の色合いが強まる

第35回(1984年)から会期が5日間から7日間に延長され、世界中の人々から愛される祭りとして定着した。近年の雪まつりは市民参加型の色合いが濃くなっている。第53回(2002年)から大雪像の制作に市民ボランティアが参加、延べ1,000人が制作に携わった。現在は札幌市大雪像制作団が結成され、参加者は制作隊の指導のもと、大雪像作りに協力している。道外から札幌市に転入した家族や外国人留学生が初めて見る雪に感動し、冬の思い出にと積極的に参加しているケースも多いという。市民グループの手による小さな雪像も多数作られるようになったが、希望者が多く、抽選の倍率は5〜6倍にものぼる。

第60回さっぽろ雪まつり「崇礼門(すうれいもん)略称、南大門」。(C)HBC

第64回(2013年)にはプロジェクションマッピングが登場。雪像に映し出された華やかで迫力のある映像が観客を魅了した。世界初の試みに観客が殺到し、安全への配慮から2日を残し中止せざるを得なかったほどだ。そこで、第65回(2014年)にはプロジェクションマッピングの会場が3カ所に拡充されることになり、240万2000人と過去最高の来場者を記録した。

札幌の先人たちは厄介者の雪を創造物としてとらえ、創意工夫して楽しみに変えようと“雪まつり”を立ち上げた。その心を受け継ぎ、札幌から世界に発信する冬のイベントとしてこれからも進化し続けていく。

第64回さっぽろ雪まつり「プロジェクションマッピング」。

取材・文=吉田 弥生
取材協力:写真提供/さっぽろ雪まつり実行委員会
協力:(株)北海道新聞情報研究所

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  • [2014.03.14]
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