特集 秘境を訪ねて
そこは水と太陽に恵まれた天空の里 長野県飯田市「下栗の里」
[2016.04.13] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية | Русский |

宮崎駿監督のアニメ『千と千尋の神隠し』のモデルになったと言われる「霜月祭り」を継承する「下栗(しもぐり)の里」。急峻な斜面に家々や畑がへばりつくようにして存在する小さな集落である。神々しい峰々に抱かれた山里を訪ねた。

標高約1000mの山岳地に、まるで空中に浮かぶようにしてその集落はある。飯田市上村遠山郷(とうやまごう)にある「下栗の里」だ。南アルプスの美しい峰々が間近に迫る集落内に平地はほとんどなく、最大傾斜38度(!)という急斜面に続く曲がりくねった小道に立てば、深い谷底までいっきに吸い込まれそうな感覚になる。

天空に浮かぶ”異界”のような秘境の集落、下栗の里。

豊かな山里だが消滅の危機も

そもそもなぜ、こんな場所に集落ができたのか? その理由は、自然環境にある。まずは太陽と水。南斜面に家や畑がへばりつくような集落は「足元から太陽が昇る」と言われ、日照時間が長い。1日中ぽかぽかの日差しに包まれた畑では、ジャガイモやソバをはじめ、さまざまな野菜が育てられている。また、集落内の水路には清らかで美味な山水がふんだんに流れ、人々はその水で野菜を洗ったり、畑で育てた茶葉でお茶を入れたり、と日々の生活に利用している。

転げ落ちそうな急斜面の茶畑。だが、胡桃沢三枝子さん(右)ら地元の女性たちは軽やかな足取りで歩く。

交通の不便さなど関係なかった古代、下栗の里は日々の暮らしに困らない楽園だったのだろう。その証拠に、集落近隣では縄文時代の土器が発掘されるなど、古くから人々がここで暮らしを営んできたことがわかっている。

とはいえ、現在下栗の里には商店もなく、路線バスも来ない。旅行者がここを訪れるためには、一般的にはマイカーを利用するか、ふもとの上町バス停からタクシーに乗らなければならない。そんな不便さゆえに、近年この里の人口は減少の一途をたどっている。2008年には53世帯117人が暮らしていたが、2016年は48世帯93人に。空き家もちらほらあり、いずれは集落が消滅してしまうだろうと言われて久しいのも事実だ。

昔ながらの畑仕事と食文化

食事は自家栽培の野菜中心。集落全体が急斜面のために田んぼをつくることができず、古くから「二度芋(にどいも)」と呼ばれる小粒のジャガイモを主要作物として育ててきた。二度芋というユニークな名前は、毎年同じ畑で夏と秋の2回収穫できるから。通常、日本ではジャガイモを同じ場所で続けて栽培すると連作障害が起こり、うまく育たないが、ここは例外。ジャガイモの原産地、アンデス山脈を思わせる環境のおかげなのかもしれない。

「ここのジャガイモは小粒だけど、甘みがあっておいしいの。3つぐらいを串に刺して、自家製のえごま味噌やくるみ味噌をつけて、囲炉裏であぶったいも田楽が昔からの食べ方」

そう教えてくれたのは、隣村からお嫁に来て以来、何十年もこの地で暮している胡桃沢三枝子さん。そのほか、秋に収穫した大豆で味噌や豆腐をつくり、そば粉でつくったまんじゅうを蒸かしたり、水路のきれいな水で育つセリを摘んだり…。そんな健やかで豊かな食生活が受け継がれている。

たった1軒の食事処「はんば亭」

集落唯一の食事処「はんば亭」で味わえる、二度芋のイモ田楽。はんば亭の敷地は、1986年に廃校となった上村立上村小学校下栗分校の跡地。

集落でたった1軒の食事処「はんば亭」では、下栗の里に伝わる郷土食を味わえる。料理をつくり、接客しているのは集落の農家の女性たちだ。前出の胡桃沢さんもここで働いている。

「お金がなくても、食べ物に困ることがないから気楽。空気がおいしいし、日当たりがいいし、たいていの作物はどんどん育ちます。ここでの暮らしに不便は感じていません」

ちなみに下栗イモを収穫した後の畑ではソバが育てられる。8月末から9月半ば、集落の斜面の畑はソバの白い花が咲き乱れる。その風景は、俗世を離れた“天界”を思わせるほど美しい。

神々とともに蘇生する祭り

12月、遠山郷の各地区では不思議な祭りが行われる。日本中のあらゆる神々を招待し、願いごとを申し上げるとともに湯を献上する神事、「霜月祭り」だ。夕刻になると、釜の中でぐらぐら煮えたぎる湯を囲み、太鼓や笛の音に合わせ、面をつけた神の化身とともに、飛び跳ね、舞い踊り、酒を飲む。夜更けには見物人も地元の人々も、そして神の化身さえも一体となり、すさまじい熱気に包まれる。夜空が白むまで祭りが続けられるのも、昔から変わらない。

一晩中、神々とともに戯れ、舞い続ける「霜月祭り」。夜更けると面をつけた神々の化身が次々に登場する。

陰鬱(いんうつ)な表情の面は「八社」。江戸時代初期に断絶した遠山谷の豪族、遠山一族の霊を祀(まつ)る死霊の面とされる。

草木が枯れ、あらゆる命の力が弱まる季節に行われる霜月祭りは「蘇生の祭り」。神々は一年の終わりに、湯を浴びて穢(けが)れをはらい、清らかな魂を得て生まれ変わる。人々もその湯から生まれ変わりの力をもらい、新年を迎えるのだ。この霜月祭りは、宮崎駿監督のアニメ『千と千尋の神隠し』のモデルになったと言われている。

圧倒的な絶景とともに、昔ながらの信仰や食文化が守られている秘境。この地を訪れれば、都会にはない、日本の知られざる一面に触れることができるだろう。

交通アクセス

JR飯田駅(長野県)から路線バス遠山郷線で60分、上町バス停下車、バス停からタクシーで15分。天竜観光タクシー TEL0260-36-2205

旅行情報

遠山郷観光案内所
〒399-1311 長野県飯田市南信濃和田548-1アンバマイ館内
10:00~17:00 無休 TEL0260-34-1071
遠山郷観光協会公式サイト

霜月祭り
下栗の里では「拾五社大明神」を会場とし、12月13日13:00~翌朝5:00 開催 ※見学は19:00以降がおすすめ。

はんば亭
長野県飯田市上村下栗1250-1 TEL 0260-36-1005  10:00~15:30
無休(12月~4月上旬は休業)

取材・文=加藤 恭子
撮影=加藤 武美

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