特集 巨樹をたずねて
巨樹をたずねて⑤~秋の色

高橋 弘【Profile】

[2016.10.22] 他の言語で読む : ESPAÑOL |

多種多様な落葉広葉樹のおかげで、日本の秋の野山は世界に類のない美しさを誇る。ただし巨樹となると、きれいに色づく樹種は多くない。その代表格は神社の境内、公園や街路を黄金に彩るイチョウだ。

色づく巨樹

日本の紅葉は世界でもっとも美しいと言われることが多い。落葉広葉樹の種類が豊富なためだ。特にモミジは紅葉の代名詞であり、見事に色づくことで知られる。山や谷を美しく彩るだけでなく、神社や古い日本家屋とも絶妙に調和する。ただし大きさで言えば、巨大に成長するモミジはほとんどない。

葉が色づく巨木で目につくのは、イチョウやケヤキ、サクラなどが中心となる。その中でも、きれいに色づく巨樹の代表はイチョウであろう。カツラの黄葉も雄大ではあるが、主に山奥に分布するため、なかなか人の目には触れずじまいだ。一方、人里を中心に植えられるイチョウは、街路樹や神社の御神木としてもおなじみで、日本人の多くが親近感を抱く木と言える。

秋が深まると、東京の明治神宮外苑や大阪の御堂筋など繁華街に近いイチョウ並木は、大勢の見物客でにぎわいを見せる。イチョウの黄葉が舞い落ち、神社の境内や公園、舗道を埋め尽くす光景は、日本人にとってしみじみと秋を感じさせる眺めの一つだろう。

西善寺のコミネカエデ(埼玉県)

樹種:コミネカエデ(Acer micranthum Sieb. et Zucc. カエデ科カエデ属)※イロハモミジとの説もある
生息地:〒368-0072埼玉県秩父市横瀬町横瀬598
幹周:3.8m 樹高:7.2m 樹齢:600年
埼玉県指定天然記念物
大きさ ★★★
樹勢  ★★★★
樹形  ★★★★★
枝張り ★★★★★
威厳  ★★★★

西善寺は、秩父三十四観音霊場の八番札所として数多くの巡礼者でにぎわう。本堂に祀られる本尊の阿弥陀三尊は、別名「ぼけ封じ」と呼ばれ、長寿を願う人々に古くから信仰されてきた。

この秩父の名刹のもう一つの名物がカエデ。四季を通じて参詣者を飽きさせない魅力を持つ木である。枝張りは南北18.9メートル、東西20.6メートル、樹冠(幹から伸びる枝や葉を総合した部分)の外周はなんと56.3メートルにも及ぶ、カエデとしては全国でも有数の大木なのだ。

以前このシリーズでこのコミネカエデが緑のビロードに覆われた姿を紹介した(巨樹をたずねて①~青葉の季節)。新緑の鮮やかな緑は言うまでもなく美しいが、梅雨時に苔の緑が雨に濡れてさらに深い色となる姿もまた秀逸なのだ。根元も一面苔むし、緑のじゅうたんを敷き詰めたかのような神秘的な光景が広がる。

一方、11月に入って秋も深まると、葉の色を紅に変化させて見頃となる。紅葉が進んでいく間、一部に黄色い葉が混じって素晴らしいグラデーションが楽しめる。また冬になると、秩父は積雪も珍しくないため、全身を雪でまとった姿を見ることもできる。いつ見ても飽きることのない、関東を代表するモミジの名木である。紅葉の見頃は例年だと11月中旬から12月初旬にかけて。この時期には、徐々に深紅に染まっていく姿を求めて、多くの参拝客が訪れる。

西善寺の境内は、コミネカエデ以外にも、初夏には牡丹が咲き誇り、初秋には金木犀(きんもくせい)が見頃を迎える。ムクゲやサルスベリなども咲く「花のお寺」としても広く知られ、「東国花の寺百ヶ寺」の「埼玉1番」に指定されている。まさに一年を通じて楽しめる寺院である。

「森の神(ブナ)」(青森県)

樹種:ブナ(Fagus crenata ブナ科ブナ属)
生息地:〒034-0301青森県十和田市奥瀬
幹周:6.01m  樹高:29m 樹齢:推定400年
大きさ  ★★★★
樹勢   ★★★★★
樹形   ★★★★★
枝張り  ★★★★
威厳   ★★★★

2007年、新たに確認されたブナの巨樹である。青森県のブナといえば、真っ先に白神山地を思い浮かべる方が多いだろうが、意外にも太平洋側、十和田市の奥入瀬渓流に近い山林にあった。知人から、「大きなブナがあるからぜひ確認に来てくれ」と依頼されていたのだが、実際に駆けつけてブナの前に立つと、直幹で樹高が高く、スマートな姿で実に優美なブナであった。あまりのスマートさゆえ、遠目にはそれほどの巨樹には見えないのだが、実測してみるとその印象は見事に裏切られた。幹周りは6メートルを超え、一本立ちのブナとしては日本最大であることを確認したのだ。

訪問時はちょうど紅葉の真っ最中で、朝日を浴びて立つさまは神々しく、まさに森の神と呼ばれるにふさわしかった。不思議なことに周囲に他のブナはなく、ほとんど伐採し尽くされているようだが、森の神だけは生き残った。単独で立つ姿は、孤高のブナとでも呼びたいほどの凛々(りり)しさに包まれているのだった。

森の神は上部で幹が3本に分かれている。「三種の神器」があるように、日本では古来より3という数が神聖なものとされてきた。地元のきこりたちの間には、3本に分かれた木には神が宿るという考えがあり、頑としてこの木にだけは斧を入れることを受け入れず、そのために伐採を免れたのだという。

数々の偶然が重なり現在まで生き抜いてきた森の神。このブナの持つ強運は計り知れないものがありそうだ。これだけの大きな体躯(く)を持ちながら、大枝が折れた痕跡も空洞も見られず、ほとんど完全に近いきれいな姿で生きてきたとは、奇跡に近いと言えるだろう。

現在は解説板や柵などが設置されている。やがては十和田の新たな観光スポットとして人気を集めるに違いない。ただし、解説板の設置後すぐに熊がひっかき傷を残していった。訪れるのであれば、熊のテリトリー内にあることを心に留めておいてほしい。

首かけイチョウ(東京都)

千代田区といえばまさに東京のど真ん中。そんな場所にも巨樹が存在する。地下鉄日比谷駅からすぐ、皇居外苑に接する日比谷公園だ。官庁街とオフィス街に挟まれた立地で、働く人々の憩いの場として人気が高い。

公園内の地図で見ると分かるのだが、ちょうど真ん中に位置しているのが「首かけイチョウ」と呼ばれる都内でも有数のイチョウの巨木である。10円カレーチャリティーでも有名なレストラン「松本楼」のすぐ前にあり、老舗のシンボルともなっている。テラスに席を取れば、このイチョウを眺めながら食事をするという何とも贅沢な時間を過ごすことができる。

最近ではスピリチュアルブームのおかげでパワースポットとして一躍脚光を浴び、願掛けに訪れる女性が後を絶たないそうだ。この首かけイチョウをめぐる逸話がさらにその人気を高めている。

かつて日比谷交差点にあったこのイチョウ、1901(明治34)年頃、道路拡張のために伐採される運命だったのだが、日比谷公園の生みの親でもある植物学者の本多静六氏が「私の首を賭けてでも移植させる」との信念から移植を断行。現在の場所まで約450メートルほど移動させ、見事移植に成功した経緯が語り継がれているのだ。一度聞いたら忘れられないインパクトのある名前も、ここから来ている。

現在では移植前の端麗な容姿を取り戻しており、樹高も幹の太さもまだまだ成長の途上にある。都心の排気ガスや振動にも負けずに巨木となった首かけイチョウ。人間のわがままによって境遇を大きく変えられてしまったが、その結果これほどまで人々に愛される木になったのだから、不思議な運命である。

樹種:イチョウ(Ginkgo biloba イチョウ科イチョウ属)
生息地:〒100-0012 東京都千代田区日比谷公園1-6
幹周:6.5m 樹高:20m 樹齢:不明
大きさ  ★★★
樹勢   ★★★★
樹形   ★★★★★
枝張り  ★★★★
威厳   ★★★

文・撮影=高橋 弘

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  • [2016.10.22]

巨樹写真家。1960年、山形県に生まれ、北海道で育つ。1988年より巨樹の探訪を開始し、2016年現在まで撮影した数は3300本以上におよぶ。主な著書に『神様の木に会いに行く』(東京地図出版)、『日本の巨樹』(宝島社)、『千年の命 巨樹・巨木を巡る』(新日本出版社)など。奥多摩町森林館で解説員を務め、環境省巨樹データベースを管理するほか、「東京巨樹の会」を主宰。

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