特集 巨樹をたずねて
巨樹をたずねて⑥~晩秋のイチョウ

高橋 弘【Profile】

[2016.11.19]

晩秋になると、神社の境内や公園を黄色く染めるイチョウ。日本人には親しみ深い木だが、植物分類上の仲間をもたない特殊な樹種で、氷河期を生き抜いた「生きた化石」なのだ。その旺盛な生命力に触れてみよう。

日本人に身近な「絶滅危惧種」

イチョウは日本人にとって最もなじみ深い樹木の一つである。都会の公園や並木道に好んで植えられ、神社には御神木としてあがめられている巨木も数多くあり、すっかり日常の風景にとけ込んでいる。

イチョウは中生代から新生代第三紀にわたり世界中でかなり勢力を広げたと見られるが、100万年ほど前からは徐々に衰退し、絶滅寸前まで追い込まれたようだ。かろうじて生き残った種の原産地は中国とされ、日本に入ってきたのは平安時代から室町時代まで諸説あるが、約600~700年前に入ってきたという説が有力である。

氷河時代をも生き延びたとされるイチョウは、1科1属1種で仲間は他になく、「生きた化石」とも言われる。日本に住んでいると、どこでもイチョウを見ることができるために意外に感じるが、実は世界的には絶滅危惧種に指定されている貴重な樹種でもある。200年ほど前までアジア北東部にしか生育しなかったことは確かだが、現在は世界各地で植栽され、いずれは絶滅危惧種リストから外れる時がやってくると思われる。

銀杏ノ木窪の大銀杏(青森県)

樹種:イチョウ(Ginkgo biloba イチョウ科イチョウ属)
生息地:〒039-1201青森県三戸郡階上町(はしかみちょう)道仏(どうぶつ)字銀杏木窪(あざいちょうのきくぼ)
幹周:13.28m 樹高:27m(筆者実測値) 樹齢:1000年
階上町指定天然記念物
大きさ ★★★★★
樹勢  ★★★★
樹形  ★★★★
枝張り ★★★
威厳  ★★★★

このイチョウは長いこと世間に知られることなく、巨樹好きの間でも話題にすら上らなかった。環境省のデータベースでは幹周10メートルと報告されていた。ところが、2001年に現地に赴き、このイチョウを実測すると、なんと資料にある数値とはかけ離れた13.28メートルの太さをもつことが分かったのである。これは当時の環境省データ上でイチョウの全国トップ10に入る大きさであった。早速データベースへ追加登録を済ませたのは言うまでもない。これが、徐々にその存在を知られていくきっかけともなったようである。

これだけの木でありながら、10年ほど前までは独自の名称がなかった。地元の方々は、ただ「イチョウの木」と呼び親しんでいたのだ。ちょっと大きめのイチョウ程度にしか考えていなかったのかも知れない。

転機が訪れたのは8年ほど前、階上町の文化財指定を受ける際にイチョウの正式名称を決めようとする動きが起きた。環境省の巨樹・巨木林データベースを管理している森林館(東京都奥多摩町)に階上町より連絡があり、町の担当者と私が検討した結果、現在の名称「銀杏ノ木窪の大銀杏」に決まった。

字名からも連想できるが、このイチョウには地域のシンボル的な存在として古くから親しまれてきた歴史がある。乳房状に垂れ下がる数多くの気根(幹や枝から空中に伸びる根)の様子から、乳飲み子をもつ母親からは特に敬われてきたようだ。

全国各地のイチョウの中でも樹形のよさでは出色の一本だったが、2011年の大風によって気根を垂らした特徴的な大枝が折れてしまった。樹形の大きなアクセントとなっていた大枝だったこともあり、特徴的な姿を失ってしまったのは残念である。

しかし倒れた大枝からも新しい芽が吹き出しており、このうち何本かが大きくなれば、主幹と合体しつつ生長し、数百年後には日本最大のイチョウとして君臨する日が来るのかも知れない。

正法寺の大銀杏(埼玉県)

樹種:イチョウ(Ginkgo biloba イチョウ科イチョウ属)
生息地:〒355-0065埼玉県東松山市岩殿1229
幹周:10.9m  樹高:31m(筆者実測値) 樹齢:700年
東松山市指定天然記念物
大きさ  ★★★★
樹勢   ★★★★
樹形   ★★★★★
枝張り  ★★★★
威厳   ★★★★

埼玉県一のイチョウの巨樹である。正法寺(しょうぼうじ)は東松山市の西部にある真言宗の寺院で、1300年の歴史をもつ関東の名刹(めいさつ)。板東三十三観音霊場の第10番札所でもあり、一般には岩殿観音と呼ばれている。関東平野がまさに秩父の丘陵として立ち上がる物見山の山腹に位置し、眺望に恵まれた寺院である。

古い町並みの残る門前町を抜け、長い石段を登り切ると正面に観音堂が見え、その傍らに埼玉県では最大とされるすさまじい形相のイチョウが立っている。驚くべきことに、直径3メートルほどの大岩の上にイチョウが生長しているのだ。よくぞ転倒もせず無事に育ったものである。人の手によって植えられたのだろうが、あえて岩の上に植えたのは何が目的だったのだろうか。おそらく1株だけではなく、数株を寄せ植えしたものと考えられる。

このイチョウの最大の特徴は、3メートルほどの高さまで根が露出しているところだ。初めて見たら、まずこの根のおどろおどろしさと、並外れたボリューム感に目が釘付けとなるのは間違いないだろう。巨岩の上の不安定さから逃れるため、イチョウ自身が根の生長を最優先させたのだろうか、まるで無数のヘビが絡み合っているような姿で、雄株のイチョウ独特のバイタリティーにあふれている。その根の荒ぶる表情は日本中のどのイチョウよりもすさまじく、関東ではもっともインパクトのあるイチョウと言えそうだ。

黄葉の見頃は11月後半から12月初旬にかけて。これだけの大きさをもつイチョウが全身を黄色に染める姿は迫力に満ちあふれる。黄葉時期の後半、地面を覆い尽くす黄色い絨毯はまさに圧巻の一言。

正法寺は、過去に何度か火災に遭ったそうだが、その都度このイチョウは生き延びてきた。イチョウは火事の際に水を噴くとも言われるが、この木が本堂の類焼を食い止める役割を果たしたのかも知れない。このイチョウの強運に是非ともあやかりたいものである。

法量のイチョウ(青森県)

樹種:イチョウ(Ginkgo biloba イチョウ科イチョウ属)
生息地:〒034-0303青森県十和田市法量字銀杏木16-2
幹周:13.48m  樹高:31m(筆者実測値) 樹齢:1100年
国指定天然記念物
大きさ  ★★★★★
樹勢   ★★★
樹形   ★★★
枝張り  ★★★
威厳   ★★★★

平安時代、この場所に善正寺という寺が開かれ、イチョウはその建立記念に植えられたとする伝承がある。現在は森林と畑で周囲を囲まれており、もう当時の痕跡はまったく見られない。おそらく樹齢も、この伝承から推定されているものと思われる。

1926年、当時の内務省が全国から5本のイチョウを選び、初めて国の天然記念物に指定したのだが、その中の1本がこの「法量のイチョウ」である。よほど全国にその名を轟(とどろ)かせていたのであろう。街道沿いに立地しているのも幸いしたのかも知れない。

法量のイチョウは、幹の太さで全国第4位にランクされている。1990年には、新日本名木100選にも選ばれており、青森県を代表するイチョウの1本であることは間違いない。

地上7メートル付近から6株の大枝に別れて生長しており、雄株のイチョウらしく数多くの気根が垂れ下がる様から、「乳イチョウ」「乳もらいの木」として母乳の出ない女性から信仰の対象とされたという伝承が残る。

どういう理由なのかは分からないが、イチョウは巨木になると黄葉時期が遅くなる。このイチョウもご多分に洩(も)れず、黄葉時期は11月中旬あたりと東北地方ではかなり遅い部類で、全体が黄色くなる前に下半分が落葉してしまったり、北側だけが黄葉して落葉したりを毎年繰り返す。黄葉する前に初雪を迎え、緑色のまま一斉に落葉してしまうことも少なくないのだ。そんなことから「日本一気難しいイチョウ」と写真愛好家たちを嘆かせる。しかし、いったん黄葉すると、杉林の濃い緑を背景に見事なコントラストを見せてくれ、息を飲むほどの美しさを誇る。もしこの木が色づく風景を見られたならば、とても貴重な体験だと言えるだろう。

2016年8月30日に東北地方に上陸した台風10号により、数本の大枝を折損してしまった。中央部分のもっとも高かった主幹も失うこととなり、樹形が著しく損なわれた。国指定天然記念物の解除が心配されるところであったが、樹木医らの診断により、本体には影響が及んでいないため、指定解除までには至らないだろうとの判断が下され、まずはひと安心。樹勢回復手術も11月に入ってから行われている。1日も早く、過去の壮大な樹形に戻ってくれることを願ってやまない。

文・撮影=高橋 弘

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  • [2016.11.19]

巨樹写真家。1960年、山形県に生まれ、北海道で育つ。1988年より巨樹の探訪を開始し、2016年現在まで撮影した数は3300本以上におよぶ。主な著書に『神様の木に会いに行く』(東京地図出版)、『日本の巨樹』(宝島社)、『千年の命 巨樹・巨木を巡る』(新日本出版社)など。奥多摩町森林館で解説員を務め、環境省巨樹データベースを管理するほか、「東京巨樹の会」を主宰。

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