特集 巨樹をたずねて
巨樹をたずねて⑨~春を待つ

高橋 弘【Profile】

[2017.02.21] 他の言語で読む : 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | Русский |

立春を過ぎても、北国ではまだ厳しい寒さが続く。しかし木々はすでに春を迎える準備を着々と始めている。葉を落として丸裸に見える木も、近寄ってよく見れば、枝の先に小さな冬芽をふくらませているのだ。

寒さがピークを過ぎると、木々は芽吹きや開花の準備を始める。冬の間にじっと蓄えたエネルギーがあふれ出るかのように、一斉に新芽を吹き始めるのももうすぐだ。

厳しい冬を乗り切るために、葉を落とした木々は、冬芽(とうが、ふゆめ)を付けて休眠状態に入っていた。その冬芽が春に伸びて葉や花になる。

巨樹の中で落葉する樹種といえば、ケヤキやイチョウなどとともに、カツラが思い浮かぶ。カツラの冬芽は、葉が出てくる前に真っ赤な花が先に咲くため、すでに赤い色をして春を待ち構えている。冬芽の奥には、カツラ特有の愛らしいハート型の葉が眠っているのだと想像してみる。春の到来を待ち切れない思いが今にもわき出てくるようではないか。

日差しは暖かくなってきたとはいえ、朝晩はまだまだ冷え込む時期。木々の芽がふくらむのを目にして、人間たちは待ちに待った春がもうそこまで来ていることを実感するのだ。

鳥海の千本カツラ(秋田県)

樹種:カツラ(Cercidiphyllum japonicum  カツラ科カツラ属)
生息地:〒015-0503 秋田県由利本荘市鳥海町栗沢
幹周:17.6m 樹高:40m 樹齢:800年
秋田県指定天然記念物
大きさ ★★★★★
樹勢 ★★★★★
樹形 ★★★★
枝張り ★★★★
威厳 ★★★★

秋田県の南部、由利本荘市矢島地区。平家の隠れ里の言い伝えが残る集落もあるほどの山深い地だ。自然が多く残る栗沢集落には、背後の山の中腹に「千本カツラ」の呼び名で親しまれている木がある。

カツラの古木は多数の小さい幹の集合体となる場合が多く、全国にあるカツラの巨樹には、千本カツラという名称を付けられたものが多数存在する。その中でも、最大クラスと思われるのがこの木である。主幹はすでに失われ、無数のヒコバエが絡まって太い幹を形作っている。ヘビを連想させることから、別名「蛇喰(じゃばみ)の千本カツラ」とも呼ばれているそうだ。

訪問したのは4月中旬。まさに芽吹きの時期で、千本カツラは梢に赤い花を付け始めたところだった。特に雄株の花は目の覚めるような深紅の色が特徴で、サクラと同じく葉よりも先にまず花を付けるため、木全体が真っ赤に燃えているように見える。40メートルにも及ぶ樹高ゆえに、その姿は素晴らしく雄大であり、満開のカツラの巨木を見たならば、決して忘れることのできない体験となるだろう。しかも、すぐ後を追うように葉が出てくることから、見頃は2日間ほどと短い。春のカツラがくれる期間限定のありがたいプレゼントなのである。

千本カツラは実測値で幹周17.6メートルを計測した。全国でも3本の指に入る大カツラだ。周辺はかつては原生林だったが、町おこしの一環なのだろうか、近年は観光名所として整備されている。カツラへの林道がきれいに舗装され、周囲に生息していた木々も伐採されて、気軽に訪問することが可能となった。平成元年に「新日本名木100選」(大阪市と読売新聞社による企画)に選ばれたことから、全国にその名が知られるようになった。千本カツラのある高台は、見事な富士山型の鳥海山を眺めることができる絶好の展望台でもある。

和池の大カツラ(兵庫県)

樹種:カツラ(Cercidiphyllum japonicum  カツラ科カツラ属)
生息地:〒667-1347 兵庫県美方郡香美町村岡区和池709
幹周:15.35m 樹高:39m 樹齢:1000年
兵庫県指定天然記念物
大きさ ★★★★
樹勢 ★★★
樹形 ★★★★
枝張り ★★
威厳 ★★★★

兵庫県の北部、香美町の但馬高原植物園内にある雌株のカツラの巨樹。「和池の大カツラ」は植物園のシンボルで、開園自体が大カツラと湧き水を守るためだったと言われている。園内奥の森にひっそりとたたずむカツラを初めて目にした人は、誰もがその立つ場所に驚くことだろう。上手から1日約5000トンもの湧水が、高坂川の源流となる幅1メートルほどの流れとなって、カツラの根元を下っている。普通は川岸に生息するカツラであるが、この巨木はあろうことか、川を完全にまたいでしまっているのだ。どのような経緯でこうなったのか、あれこれと想像をめぐらせるが答えは出ずじまいだ。他のどの樹種よりも水を好むカツラとはいえども、ここまで水と一体化した姿に出会えることは珍しく、全国でも貴重な存在と言えるのではないだろうか。根元部分は常に水と接触しているため、深い緑色をしたビロード状の苔に覆われており、湿潤を好むカツラがいかにも気持ちよさそうに見える。

主幹はすでになく、周囲に成長する大きな支幹もかなり失われているが、樹高は高く、勢いはまだまだ旺盛なようである。根元まで通じる木道の終点には水飲み場が設置され、「かつらの千年水」として「平成の名水百選」(環境省選定)にも選ばれた自然の恵みを堪能できる。また近くを通る道路脇にもスタンドが設置され、手軽に名水が味わえる。

訪れたのは周囲の雪も溶け始め、冬の眠りから目覚めたカツラが新芽を吹き出す直前だった。日差しがさんさんと降り注ぐ中で、川のせせらぎや木もれ日の暖かさを楽しみながら、巨樹の傍らで贅沢な癒しの時間を過ごさせてもらった。

兵庫県北部は大カツラの宝庫とも言える巨樹密集地で、芽吹きのシーズンにいくつか訪ね歩いてみるのもよいだろう。あまり知られていないカツラの花の美しさに魅了されること間違いなしである。

根古屋神社の大ケヤキ(山梨県)

樹種:ケヤキ(Zelkova serrata  ニレ科ケヤキ属)
生息地:〒408-0103 山梨県北杜市須玉町江草字根古屋5336
田木(写真左) 幹周:11.2m 樹高:20m 樹齢:1000年
畑木(写真右) 幹周:12m 樹高:21m 樹齢:1000年
国指定天然記念物
大きさ ★★★★★
樹勢 ★★
樹形 ★★★
枝張り ★★
威厳 ★★★★

全国各地の神社で、ケヤキの巨樹は頻繁に見られる。古来より、参道を挟んで2本植えられることが多く、参詣者は一対のケヤキの間を通り、拝殿まで歩を進めることになる。こういったケヤキは、多くの場合「夫婦(めおと)ケヤキ」と呼ばれる。

しかし、幹周りが10メートルを越えるようなケヤキが2本並び立っている場所は、日本ではこの根古屋(ねごや)神社だけであろう。拝殿に向かって左手にあるものを田木(たぎ)、右手にあるものを畑木(はたぎ)と呼んでいる。2本のケヤキには年によって芽吹きのズレが若干あり、畑木が早く芽吹くと畑が、田木が早く芽吹くと稲が豊作になるという言い伝えがある。双方とも根元に巨石を抱えていることも注目に値し、人の手によって植えられたと考えられる。かつては巨石信仰の盛んであった山梨県らしく、大変興味深い。

昭和初期の田木・畑木の写真を見ると、両木とも大きな樹冠を誇り雄大な樹形であったが、1968年4月には畑木が火災に遭い、大きな空洞が出現して樹勢も相当そがれてしまった。田木も大きな空洞を開き、主幹も折れた状態。今から20年ほど前までは、両木とも数本の太枝が残るのみで、見るからに寂しい樹形となっていた。

樹木医の手で集中的に治療が施されたのが10年ほど前。根元の土を入れ替えるとともに、踏圧の影響を軽減すべく、移動式の柵の設置や表面の土の保護も行った。根元を通る道の舗装も一部やり直し、水が供給されやすいように改良を施した。現在では、20年前の姿とは見違えるほどに枝や葉の数も増え、どうやら最大の危機は去ったようである。

根元を通る道は小尾(おび)街道と呼ばれ、付近はかつて信州と甲州を結ぶ要衝であった。武田氏の影響が強く残る地でもあり、背後の山には獅子吼城(ししくじょう)と呼ばれる城があり、狼煙(のろし)台なども復元されている。武田が勢力を拡大していった当時は樹齢500年と目され、すでに相当な巨木に生長していたであろうこのケヤキに、信玄も必勝を祈ったのだろうか。

文・撮影=高橋 弘

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  • [2017.02.21]

巨樹写真家。1960年、山形県に生まれ、北海道で育つ。1988年より巨樹の探訪を開始し、2016年現在まで撮影した数は3300本以上におよぶ。主な著書に『神様の木に会いに行く』(東京地図出版)、『日本の巨樹』(宝島社)、『千年の命 巨樹・巨木を巡る』(新日本出版社)など。奥多摩町森林館で解説員を務め、環境省巨樹データベースを管理するほか、「東京巨樹の会」を主宰。

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