特集 巨樹をたずねて
巨樹をたずねて⑩~花咲く桜の下で

高橋 弘【Profile】

[2017.03.21] 他の言語で読む : Русский |

日本の桜の約8割を占めるソメイヨシノは、近代に交配で生まれた品種。しかし全国を探せば、何百年もかけて巨大に育った桜の名木がある。それらが満開の花をつけたときの美しさは筆舌に尽くしがたい。

日本人と桜

日本人はかつて、植物の開花や渡り鳥の飛来などによって季節を判断し、農作業の予定作りに役立てた。中でも桜は、年によって微妙に異なる寒暖を教えてくれる、もっとも優れた自然暦であった。葉よりも先に花を付ける桜は、その開花のタイミングで田植えの時期を判断するのに打ってつけなのである。

種まき桜、田植え桜などと呼ばれて親しまれている桜が全国各地にあるのはそのためだ。指標植物としての役目を終えつつある現代でも、桜は地域住民から大切に敬われている。そもそも桜は、神が宿ると考えられた木である。花見の宴も、その起源は山から人里に下りてきた田の神を料理と酒でもてなし、豊作を祈る儀式であった。

桜はまた、古来より死者と結びつけられる木でもある。全国各地の墓地で桜が咲き乱れる光景をよく目にするが、墓標として植えられたものが生長したのだろう。樹齢数百年とされる桜の巨樹の根元にも、数々の墓が存在する。いつの時代も、桜に見守られながら眠りたいという人は少なくないようだ。満開に花を咲かせた巨大な桜がいざなう幽玄の世界に足を踏み入れてみよう。

三春の滝桜(福島県)

樹種:シダレザクラ(Cerasus spachiana f. spachiana  バラ科サクラ属)
生息地:〒963-7714 福島県田村郡三春町大字滝字桜久保296
幹周:7.9m 樹高:19m 樹齢:1000年
国指定天然記念物
大きさ ★★★★★
樹勢    ★★★★
樹形    ★★★★★
枝張り ★★★★
威厳    ★★★★★

福島県中部にある三春町は、梅・桃・桜が一斉に咲く花の里。三つの春が同時に来るから三春と呼ばれるようになったという。その三春の花を代表するのが全国的に有名な滝桜だ。岐阜の薄墨桜、山梨の神代桜とともに日本三大桜として知られ、シダレザクラとしては日本最大を誇る。

四方に垂(しだ)れる枝から薄紅の花が流れ落ちているように見えることから、滝桜の名称で呼ばれるようになったと言われる。毎年4月中旬の開花時期には、全国から訪れる観光客でにぎわい、その数は20万人以上にも達するという。満開を迎えるとライトアップされ、日中に見るのとはまた違った幻想的な姿が現れる。

滝桜のある桜久保地区は、地名の「久保(窪)」が表すように、緩やかなすり鉢状の地形となっている。強風から守られ、水はけもよく、さんさんと注ぐ日光を浴びることができる場所だ。周囲に広がる畑からの養分を取り込める絶好の立地条件も忘れてはならない。滝桜を一周する歩道も整備され、360度どの角度からも眺められるよう配慮されている。正面からは、まさに垂れる枝の真下にまで入ることができ、滝桜の素晴らしさを満喫できるだろう。

2002年の台風による大枝の折損に続き、05年には雪害で枝を多数失ったが、幸いにも樹形にダメージを与えるほどの変化はなく、現在も優美な姿を保ち続けている。

三春町には桜が多く、合わせて1万本ほどにも上る。そのうち約2000本のシダレザクラは、滝桜の子孫とも言われ、1990年には滝桜を含む「三春町のシダレザクラ」として「日本桜名所100選」に選ばれた。町全体が桜の名所として認知されたわけだが、ツアーだと滝桜だけを見て帰ってしまう団体もあり、何とももったいない。

吉高の桜(千葉県)

樹種:ヤマザクラ(Cerasus jamasakuraバラ科サクラ属)
生息地:〒270-1603 千葉県印西市吉高930
幹周:6.85m 樹高:10.6m 樹齢:300年以上 (解説板値)
印西市指定天然記念物
大きさ ★★★★
樹勢    ★★★★★
樹形  ★★★★
枝張り ★★★★★
威厳  ★★★

桜の巨樹といえば、上位はほぼエドヒガンが占める。その中で唯一気を吐くのが吉高(よしたか)の桜。知る人ぞ知るヤマザクラの巨樹である。エドヒガンと同様、ヤマザクラも長寿を誇る桜で、1000年近く生きることもあるのだ。

千葉県北総に根を張るこのヤマザクラは、まだ若々しく活力豊かで、周辺のソメイヨシノの開花より遅れること約1週間、可憐なピンク色の花を樹冠いっぱいに咲かせる。ヤマザクラは開花と同時に葉を出すために、花の見頃が2日ほどと非常に短く、満開の状態を見ることはなかなかむずかしい。満開に遭遇するのが困難なために「奇跡の桜」と呼ぶ人もいるそうだ。そのため開花時期ともなると、満開を逃さぬよう毎日通い続けるカメラマンも大勢いるのだとか。

吉高の桜は、根元部分より数本の幹に分かれ、大きく枝を広げた樹形をもっている。傷みのない整った半円形の姿を保っており、満開時にはこんもりとしたピンクの小山を見ているかのようである。畑の中に一本だけの独立木として生長したためか、周囲の木々と生存競争をすることもなく、思い切り日を浴びてのびのびと育ったのだろう。その圧倒的な風格と神さびた色合いは、ソメイヨシノにはない優美さと奥ゆかしさを兼ね備えている。

周囲に咲く菜の花とのコントラストもきれいで、一本桜だけにどこから眺めても美しい。周囲には遠巻きに一周する遊歩道も整備され、満開時には車の乗り入れも規制されるなど管理も行き届いている。今後、ますます注目を集めそうなヤマザクラの巨樹だ。

醍醐桜(岡山県)

樹種:エドヒガン(Cerasus spachiana var. spachiana forma ascendens  バラ科サクラ属)
生息地:〒719-3157 岡山県真庭市別所2277
幹周:7.6m 樹高:18m 樹齢:800年
岡山県指定天然記念物
大きさ ★★★★
樹勢    ★★★
樹形  ★★★★
枝張り ★★★
威厳  ★★★★★

醍醐桜のある別所地域は落合と勝山の境にある高所の集落。付近にはカタクリの自生する山や、落差41mの塩滝などがあり、自然豊かな地だ。周辺には桜の名木が数多く、桜の里といった趣もある。落合町の中心部より車で約30分。吉念寺集落への長い坂道を上ると、あたかも1本の桜のためだけにしつらえたような小高い丘が見えてくる。

丘の頂上部分に醍醐桜が悠然と姿を現す。中国山地の山々を見下ろし、堂々たる体躯(たいく)を自慢するかのようで、登場の仕方になんともインパクトがある。もちろん、それに負けないほどの優美さと力感を備えた名桜である。一般には樹齢700年とされるエドヒガンの巨樹であるが、地元では1000年との説もあり、住民から親しみを込めて「大桜」と呼ばれている。

醍醐桜という名称は、鎌倉時代末期、後醍醐天皇が隠岐に流される際、この地に立ち寄って大桜を愛(め)でたという言い伝えに由来する。やがて噂が噂を呼んで「岡山の山中に醍醐桜あり」と、その名を全国に知られることとなり、開花の時期は大勢の花見客でにぎわう。

例年の満開は4月10日前後。細い集落への道を一方通行にしてまで見物客を迎えてくれる地元の方々の配慮には頭が下がる。夜にはライトアップされ、まるで異次元の世界にでも迷い込んだかのよう。静かにゆったりと幽玄な景色を味わいたい人には、夜桜がおすすめである。

醍醐桜は地域の守り神であり、生活の一部となっている。周囲を必要以上に公園として整備せず、自然を残した保護を目指しているようだ。西日本屈指の桜の名木と言っていいだろう。

文・撮影=高橋 弘

この記事につけられたタグ:
  • [2017.03.21]

巨樹写真家。1960年、山形県に生まれ、北海道で育つ。1988年より巨樹の探訪を開始し、2016年現在まで撮影した数は3300本以上におよぶ。主な著書に『神様の木に会いに行く』(東京地図出版)、『日本の巨樹』(宝島社)、『千年の命 巨樹・巨木を巡る』(新日本出版社)など。奥多摩町森林館で解説員を務め、環境省巨樹データベースを管理するほか、「東京巨樹の会」を主宰。

関連記事
この特集の他の記事
  • 巨樹をたずねて⑨~春を待つ立春を過ぎても、北国ではまだ厳しい寒さが続く。しかし木々はすでに春を迎える準備を着々と始めている。葉を落として丸裸に見える木も、近寄ってよく見れば、枝の先に小さな冬芽をふくらませているのだ。
  • 巨樹をたずねて⑧~雪の巨樹雪景色の中にそびえ立つ巨樹。春の訪れを静かに待つ峻厳な姿をじっと見つめれば、やがてあふれ出す強大な生命力が、堅牢な樹皮の内側にしっかりと蓄えられているのを感じることができるだろう。
  • 巨樹をたずねて⑦~裸の巨樹秋に葉が落ちて裸になった冬の巨樹からは、他の季節では味わえないむきだしの迫力を感じとることができる。何世紀もの間、風雪を物ともせずに生きてきた、揺るぎない威容を誇る巨木3本を紹介しよう。
  • 巨樹をたずねて⑥~晩秋のイチョウ晩秋になると、神社の境内や公園を黄色く染めるイチョウ。日本人には親しみ深い木だが、植物分類上の仲間をもたない特殊な樹種で、氷河期を生き抜いた「生きた化石」なのだ。その旺盛な生命力に触れてみよう。
  • 巨樹をたずねて⑤~秋の色多種多様な落葉広葉樹のおかげで、日本の秋の野山は世界に類のない美しさを誇る。ただし巨樹となると、きれいに色づく樹種は多くない。その代表格は神社の境内、公園や街路を黄金に彩るイチョウだ。

ピックアップ動画

最新の特集

バナーエリア2
  • nippon.comコラム
  • in the news
  • シンポジウム報告