特集 怖いは楽しい—ようこそ、日本の怪異の世界へ
明治生まれの画家・伊藤晴雨がいざなう幽霊の世界
[2016.08.25] 他の言語で読む : ENGLISH | FRANÇAIS | العربية | Русский |

日本人にとって、夏は怪談を楽しむ季節。幽霊画は日本の怪談話と深く結びついている。江戸東京博物館で開催中の『伊藤晴雨 幽霊画展』から幽霊画の不思議な魅力を探る。

円朝の怪談と幽霊画

落語といえば、滑稽話や人情話をまず思い浮かべるが、実は怪談と縁が深い。怪談で名を馳せたのは、幕末から明治にかけて活躍した三遊亭円朝(1839〜1900)だ。円朝は数々の新作落語を創作し、その中の「真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)」「牡丹灯籠(ぼたんどうろう)」などの怪談話は、歌舞伎の演目である鶴屋南北の「東海道四谷怪談」と並んで有名だ。

円朝は生前、怪談会を催していたが、その際 “百物語”(日本の伝統的な怪談会の様式。夜に数人が集まって100本のろうそくに火をつけ、怖い話を1話語るごとにろうそくの火を1本ずつ消していき、最後のろうそくが消えたときに化け物が現れるとされた)にちなんで、百幅の幽霊画を収集し始めたといわれる。その円朝のコレクションとされる幽霊画のうち、50幅が円朝の墓がある東京・谷中の全生庵(ぜんしょうあん)に寄贈されている。

毎年、全生庵では円朝忌の行われる8月の1カ月間、円朝コレクションの幽霊画を公開している。

ジブリの鈴木プロデューサーが魅せられた幽霊画

現在、江戸東京博物館で開催中の幽霊画展も、全生庵のコレクションの一部だが、展示されている19幅の幽霊画は5代目柳家小さん(1915〜2002)が全生庵に寄贈したもので、伊藤晴雨(1882〜1961)が描いた。晴雨は芝居の看板絵描きを皮切りに、講談や新聞小説の挿絵などで知られるようになった。「縛り絵」「責め絵」(まさにSMの世界)の絵師として一番有名だが、江戸風俗研究にも情熱を傾けた。「最後の浮世絵師」と呼ばれることもある。

小さん師匠のコレクションだった伊藤晴雨の幽霊画

伊藤晴雨の幽霊画に強く魅了されたのが、今回の展示を提案したスタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーだ。この数年、毎年夏になると全生庵を訪ねては幽霊画を楽しんでいた。昨夏、全生庵を訪れた際、見慣れぬ幽霊画に引きつけられた。それが晴雨の作品だったそうだ。

8月10日の『伊藤晴雨 幽霊画展』内覧会に出席した鈴木氏は、晴雨の巧みな筆さばき、そして「明らかに観察して描いているリアルさ」に引かれたと語った。「(人物)モデルに同じ格好をさせてそれを描いたのではないかと思うほど、幽霊画の伝統を受け継ぎつつ、どこかリアル」。それが、他の画家の幽霊画と一線を画していると言う。

“消えた” 幽霊画

内覧会では、鈴木氏と江戸東京博物館の藤森照信館長、そして全生庵住職の平井正修(しょうしゅう)住職の鼎談(ていだん)が行われた。平井住職によれば、昨夏、東京芸術大学大学美術館で開催された幽霊画の展覧会に、円朝コレクションの半分を貸し出したため、8月に行う全生庵の展示に空きスペースができた。そのために、久しぶりに小さん師匠から寄贈された伊藤晴雨の幽霊画を10幅展示したそうだ。これが、鈴木氏の晴雨の “再発見” につながった。「晴雨のことを縛り絵、責め絵の絵師としか認識していなかったので、びっくりした」そうだ。

江戸東京博物館内に復元されている19世紀の芝居小屋「中村座」の前で鈴木敏夫プロデューサー(左端)、藤森照信館長、全生庵の平井正修住職の鼎談(ていだん)が行われた。中村座では寄席が開催されることもある

小さんコレクションには、展示されている作品以外にも晴雨の幽霊画があると聞いた鈴木氏は、その幽霊画を全て見たくなり、なおかつ図録も欲しくなった。その思いが、今回の展示提案のきっかけだったと言う。

ちなみに、小さん師匠から寄贈された晴雨の幽霊画は20幅あったが、いつの間にか1幅無くなってしまったそうだ。「(あの世に)逝ってしまったのか、誰かが手助けしたのか…」と平井住職が言うと、鈴木氏は「(その)一枚返してほしい、よろしくお願いします」と謎の犯人(?)に向かって呼びかけていた。

江戸東京博物館の幽霊画展と合わせて、8月31日まで全生庵で展示されている円朝コレクションを見るのもお薦めだ。そこには、晴雨の「怪談乳房榎図」が展示されている。また、円山応挙の筆と伝えられる有名な幽霊画にも会える。

【展覧会情報】

名称:伊藤晴雨 幽霊画展
会期:2016年9月25日(日)まで(休館 8月29日、9月5日)
時間:9:30〜17:30 (9月9日(金)、10日(土)は21時まで開館)
会場:江戸東京博物館 常設展示室内 5F企画展示室
入場料:一般600円、大学・専門学校生480円、中学生(都外)・高校生・65歳以上300円、中学生(都内)・小学生以下無料
お問い合わせ:03-3626-9974
公式サイト:http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/s-exhibition/project/11852/伊藤晴雨-幽霊画/

『伊藤晴雨幽霊画集』

鈴木プロデューサーは、『伊藤晴雨幽霊画集』も企画した。美術評論家・安村敏信氏の解説付きで晴雨の19幅の絵を紹介したこの画集は、江戸東京博物館5階ミュージアムショップで販売中(税込2700円)。

8月28日まで、特別展「大妖怪展 土偶から妖怪ウォッチまで」も開催中。
公式サイト:http://yo-kai2016.com/

全生庵(台東区谷中5-4-7)の幽霊画展は8月31日まで開催中(土日も開館)
時間10〜17時、入館料500円
最寄り駅は地下鉄千代田線千駄木駅(徒歩5分)。
問い合わせ:  03-3821-4715
公式サイト:http://www.theway.jp/zen/yuureiga_goaisatsu.html

幽霊画ギャラリー

伊藤晴雨の幽霊画から何点か紹介する。

「位牌(いはい)を持つ幽霊」。逆さまの姿勢で飛び出してきた男の幽霊。かすれ、ぼやけを効果的に用いた曲線によって、素早い動きが表現されている

「累(かさね)の盆灯籠」。揺れる盆灯籠に浮かんでいるのは、殺されて怨霊(おんりょう)となった累という女性の顔。片方のまぶたがはれて目をふさいでいる

「盂蘭盆会(うらぼんえ)の亡者(もうじゃ)」。盂蘭盆会は旧暦7月15日(2016年は8月17日)を中心に行われる仏事。ナスやキュウリで作った牛馬を供える。正月や盆は地獄の鬼でさえも罪人を裁く仕事を休むと考えられた

「皿屋敷のお菊」。10枚一そろいの家宝の皿を割ったことがもとで下女・お菊が命を落とし、その幽霊が夜な夜な井戸から現れては、皿を数える。足元が消える描き方は幽霊画の典型

「猫の怪談」。古来より猫が死者をよみがえらせるという俗信があり、落語「猫怪談」では、与太郎が義父の亡きがらを運ぶ際に起きる怪異として描かれる

取材・文=ニッポンドットコム編集部

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