特集 日本の果物
日本のユズを欧州に:高知県北川村の挑戦
[2017.02.17] 他の言語で読む : ENGLISH |

レモンともライムとも味の異なる日本のユズが、欧米のトップシェフやグルメたちの注目を集めている。厳しい検疫基準をクリアし、欧州向けの輸出に成功した高知県北川村を取材した。

和食の香り付けに欠かせないユズ。一片の皮を添えるだけで、食卓に上る一皿の風味を引き立たせる「名脇役」だ。これまで欧米ではほとんど知られていなかったこの日本の食材に、海外の一流シェフやパティシエから熱い視線が注がれている。フランスや米国のレストランでは近年、日本語そのままの「YUZU」としてメニューに載るほどだという。

ユズは中国が原産。日本の温暖な地域では家々の庭先に木が植えられている、とても身近な食材だ。だが、これを欧米に輸出しようとなると一筋縄ではいかなかったらしい。

超一流のシェフが感激し、世界に紹介

欧米の料理界にユズの魅力を伝えたのは「世界一予約の取れないレストラン」として映画にもなった「エルブリ」の元料理長、フェラン・アドリア氏のようだ。服部栄養専門学校(東京)の服部幸應校長は、この名シェフが2002年に初来日した際のエピソードを話してくれた。

「フェランを銀座の京料理『壬生』に連れて行った時のこと。ユズを丸ごと使った料理を口にすると、彼は料理長に『本物を見せて欲しい』と頼みこんだ。ユズを手に取るやいなや、彼はそれをぎゅっと握りつぶした。果汁が飛び散り、周囲がゆずの香りいっぱいに包まれた。フェランは感激して、その場で涙を流していたよ。『この深い香りはなんだ!』と」

その後、スペインで開催された料理人の祭典「マドリッドフュージョン」で、アドリア氏は日本の食材「YUZU」を紹介している。

欧州の食品を手がける商社、トップトレーディング(大阪市)の中澤敏郎社長は「毎年招聘(しょうへい)するフランスのシェフたちが日本独自の食材に興味を持ち始めたのは2005年ごろで、ユズもそのうちの一つ」と話す。

「たいていの料理人は、いい食材を見つけると他人に教えずに抱え込むものです。しかし、フェランのように『料理界に貢献したい』と常日ごろから公言しているトップシェフがユズを世界に紹介したのなら、それをきっかけに海外で急激に広まった可能性は十分ありますね」

フランスの試食会で大好評に

北川村役場の大坪崇さん(左)と土佐北川農園の田所正弥さん(草野清一郎撮影)

フランスからの強い要請もあり、2006年ごろから中澤さんは日本のかんきつ類を輸出したいと考えていた。07年にはユズ果汁やパウダー、ジャムなど加工食品の輸出を始めた。

08年、中澤さんは高知県でユズの加工食品を生産する「北川村ゆず王国」の加藤忍取締役と出会う。加藤さんもブランドの付加価値を付けたユズを輸出することを考えていた。09年、10年はユズが大豊作となり、価格が暴落。高知県も地元自治体として、輸出による販路拡大が必要だと考えるようになった。

中澤さんとフランス商社が働きかけ、パリ市内で北川村産ユズの賞味会が初めて開かれたのは、11年6月。会場は、2つ星レストラン「サンドランス」。招かれた地元のシェフや料理ジャーナリスト約140人が、サンドランスの料理長、ジェローム・バンクテルと日本の有名シェフ、熊谷喜八氏の手によるコース料理を楽しんだ。メニューは食前酒からデザートまで、すべてにユズが使われた。大好評を得たこの賞味会で、多くのシェフが「生のユズがほしい」と口にした。

しかし、当時はまだ、日本とEU(欧州連合)間で、かんきつ類の輸出・検疫規格が定まっていなかった。

2011年に開催されたペストリー・ワールドカップで世界一となったスペイン人パティシエ、ジョルディ・ボルダスによる「ゆずの夜明け」(北川村提供)

減農薬、病害虫対策:高いハードルをクリア

フランスで高い評価を受け、「帰国してすぐに、県の担当者や技術者、北川村、農園、業者のすべてが輸出の実現に向け努力しました」とゆず王国の加藤さんは言う。

まず、青果の輸出が可能な条件を満たす環境づくりが可能なモデル農園を選定。白羽の矢が立ったのは、県最大のゆず農家である土佐北川農園だった。

「まず取り組まなければならなかったのは、減農薬と病害虫対策の強化でした」と同農園の田所正弥社長(57)は話す。

「防除(消毒)に使える農薬の種類は国内と比べて3分の1と厳しく制限されます。残留農薬基準も厳しく、栽培計画は県の技術者が一から作成しました。除草剤も使えないので、手で草刈りをしましたし、輸出向けユズ農園の周囲10メートル四方に、農地のない緩衝地帯を設けなくてはならない。国内向けの100倍条件が厳しかったです」

最終的には農水省がEUと交渉し、新たな輸出条件「EU加盟国向け日本産かんきつ生果実の輸出検疫条件」が2012年2月に決められた。

12年10月、フランスで開かれた欧州最大の食品見本市「SIAL 2012」に青果ユズ(玉)が初登場し、当面輸出が可能な数量すべての商談がわずか3日でまとまった。11月には、公式に青果ユズがフランスに向けて初出荷された。その後もユズの需要は増え続け、輸出向けの生産が追いつかない。

食品見本市「SIAL2012」でのユズ紹介ブース(北川村提供)

北川村の2016年青果ユズ輸出高は4トン。高知新聞によると、県内のユズ果汁と青果の輸出額合計額は年々増加し、10年は2600万円、11年は4000万円。青果ユズ輸出を始めた12年は8900万円、14年には1億3000万円に達している。

ブランド確立し、果汁の輸出増目指す

土佐北川農園での黄ユズの収穫(草野清一郎撮影)

青果ユズ輸出の成功は、生産者の平均年齢が70歳を越え、担い手不足などの問題を抱える村の農家の意識を大きく変えた。生産者の栽培講習会への参加率は11年には48%だったが、12年には91%に跳ね上がった。

北川村産業課の大坪崇さん(39)は、「今年の1月にもフランスの展示会に出展したが、わずか4年でユズの認知度は確実に高まっている。現地のスーパーにはユズ風味のビスケットまでありました」と話す。

とはいえ、欧州への輸出はまだ緒についたばかりだ。「手間のかかる青果ユズの輸出で北川村産ユズの味とブランドを覚えてもらい、最終的には果汁輸出を増やしていきたい」。わずか人口1300人の、北川村の挑戦はまだまだ続く。

取材・文=土井 恵美子

バナー写真=土佐北川農園の、輸出向けに整備されたユズ畑(草野清一郎撮影)

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