特集 PHOTO CITY TOKYO
日本の写真文化を語ろう③ 東京都写真美術館・学芸員 伊藤貴弘
[2017.05.22] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | ESPAÑOL |

写真と映像を専門にしている公立の美術館は世界でも多くない。2016年にリニューアル・オープンした東京都写真美術館は写真文化が盛んな日本でも重要な役割を果たしてきている。90年代以降の日本の写真を紹介するTOPコレクション「いま、ここにいる―平成をスクロールする 春期」展を担当した学芸員の伊藤貴弘さんに話を伺った。

伊藤 貴弘

伊藤 貴弘ITŌ Takahiro東京都写真美術館学芸員。1986年東京生まれ。武蔵野美術大学美術館・図書館を経て、2013年より東京都写真美術館に学芸員として勤務。関わった主な展覧会に「いま、ここにいる―平成をスクロールする 春期」展、「山崎博 計画と偶然」展など。

ティルマンスに惹かれて

最初写真に興味を持ったきっかけは、佐内正史さんをはじめとした1960~70年代に生まれて、90年代に活躍した写真家たちでした。大学は美術学部ではなかったのですが、3年生の時に美術書を多く扱っている書店でアルバイトをしたので、写真集の仕入れや関連イベントの企画などで、直にさまざまな種類の写真集を手にする機会がありました。その中で多くの作家、作品に触れ、また名前も覚えていくようになりました。「写真って面白いかもしれない」という思いが強くなり、大学院で美術や写真の批評をしている倉石信乃先生の下で本格的に写真の勉強をしました。

倉石先生が2003年に横浜美術館で中平卓馬展を企画されたこともあって、中平のテキストを熟読しました。写真理論や写真の見方は彼の影響をかなり受けています。ただ、あまりにも影響を受け過ぎてしまったので、あえてそこから離れたいという思いと、自分の興味対象であった90年代以降の写真に関わりたいと考えるようになりました。

そうした中でドイツ人写真家ウォルフガング・ティルマンスの写真に強く惹(ひ)かれるようになりました。日常的な写真を撮りつつも、ゲイという自身のアイデンティティやその時の政治的な趨勢(すうせい)と結びついている作品の強さ、しなやかさに魅力を感じました。主張がはっきりしているのだけれど、それを大きな声を上げて言うのではなく、無理のないスマートな形で表現する。そのスタイルは日本にあまりないように感じました。自分に限らず、ティルマンスの影響を受けた日本人は多いと思います。

どうしたらあんな写真が撮れるんだろうと思って、ティルマンスや佐内さんが使っていたカメラで撮影していた時期もありました。しかし撮影以上に、仕上がった写真を選んだり並べたりする過程が特に好きでした。写真に触れる機会が増えるにつれ、写真集や展覧会を企画する側への興味が強くなりました。その興味が今の仕事につながっていると思います。

写真集というメディアの重要性

日本の写真史を振り返ると、「VIVO」や「provoke」に代表されるような、写真家や批評家によるグループが新しい潮流を作り出していることに気付かされます。一方、1990年代の写真家たちは、グループを作ったり、仲間と共に何かを作り上げたりすることを目に見える形では行っていないように思います。ただ、調査を重ねていくと、彼らが同世代の写真家たちをライバル視し、動向をチェックしていたことが分かってきました。

その関係性で重要な役割を果たしたのが写真集を手掛けるデザイナーです。長年にわたって日本の写真家は、作品を発表するメディアとして写真集を第一に考え、表現の到達点としてきました。写真家とデザイナーとの付き合いはとても濃く、デザイナーを通して情報が行き交い、写真家たちは刺激し合っていました。80年代以降、各地に写真専門のギャラリーや写真部門を持つ美術館ができたことで、写真家たちが目指す方向も多様になりましたが、依然として写真集は重要なメディアであり続け、デザイナーは写真家たちをつなぐハブとなっています。

また、歴史的に日本の写真家は言葉に対して意識的で、批評的な言説も数多く発表してきました。それに比べて、90年代の写真家は作品のコンセプトなどを言語化してこなかったように思います。本人たちがどこまで意識していたかは分かりませんが、言葉を駆使する世代に対する反動として、写真だけで見せていきたいという思いが強かったように思います。ただ、単に「言葉に興味がない」「写真だけを見ろ」ということではなく、写真を言葉で表現することの危うさを深く理解し、「言葉で簡単に説明されてしまうような写真は撮りたくない」「言葉によって解釈を曲げられたくない」ということを真摯(しんし)に考えていたのではないでしょうか。

彼らが作品に込めた声にはある種の切実さが感じられます。スナップ写真を撮るにしても、同じ場所を撮影したスター写真家が既に存在したり、街も平均化していて昔あった混沌とした風景はなくなってしまっていたりする。何をテーマに作品制作すべきかを悩み、表現に対して切実な思いがあった作家が多い。それが印画紙の上で結実しているのだと思います。

90年代以降の写真作家を紹介

現在、1990年代以降の写真家たちの作品を紹介するTOPコレクション「いま、ここにいる―平成をスクロールする 春期」展が開催されています。彼らの作品は、写真集を通して紹介されていても、展覧会を通してまとまった形で見る機会はあまりありませんでした。写真集も今では絶版となり、手に入らないものが少なくありません。

彼らの仕事の意味をきちんと理解するにはまだ時間がかかりますが、今回の展覧会をきっかけに、90年代の写真家たちへの関心がさらに高まり、さまざまな議論が生まれていってほしいと思っています。

最近、海外の写真関係者と話していて、日本の90年代以降の写真に興味を持つ人が増えてきているように感じます。海外からも多くの方に来ていただき、日本の90年代の写真の面白さに出会ってもらいたいですね。

取材・文=松本 知己(T&M Projects)
写真撮影=高橋 宗正

総合開館20周年記念 TOPコレクション
「いま、ここにいる―平成をスクロールする 春期」展

会場:東京都写真美術館
会期:2017年5月13日(土)~7月9日(日)
観覧料:一般500円、学生400円、中高生・65歳以上250円

詳しくは公式HPをご覧ください
東京都写真美術館

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