特集 和食を彩る
「和包丁界の救世主」ビヨン・ハイバーグと職人の絆
[2017.05.03] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية |

職人の技によって作り出される鋭い切れ味で、和食作りには欠かせない「和包丁」。大阪と東京で刃物専門店を営むビヨン・ハイバーグさんは、和包丁にほれ込み、その魅力を世界に向けて発信している。

うま味を閉じ込めて切る

まずは和包丁の切れ味をご覧いただきたい。左が一般的なステンレス製包丁で切ったニンジン。右が、和包丁を軽く押し出しただけで寸断されたニンジンの断面だ。

「切れない包丁を使うと、ニンジンの繊維をつぶしながら押し切る感じになります。でも、和包丁は軽く押し出すだけで、なめらかな美しい断面を作ることができるのです。柔らかい物を切る場合も同じで、切れない包丁でトマトを切ると果汁が吹き出しますが、和包丁だとほとんど汁が出ません。つまり、食材の組織を壊さず、風味を閉じ込めたまま切ることができるのです」

そう解説してくれたのはデンマーク育ちのカナダ人、ビヨン・ハイバーグさんだ。ビヨンさんは23歳の時に来日し、日本人女性と結婚。英語教師などを経て、ヤスリ業者を営んでいた頃、営業先の大阪府堺市で土産にもらった和包丁の切れ味に魅せられた。その後、刃物メーカーに9年間勤務し、日本各地の包丁職人と交流を持ち、その熟練した技にほれ込んでいった。そして、2011年に大阪府大阪市にある新世界の通天閣タワーの足元に和包丁専門店を開業。店名はずばり、「Tower Knives Osaka」とした。

ビヨンさんの夢は「世界中のキッチンで和包丁が使われる」こと

「自分が職人になるのは、とても無理だと思いました。その代わりに和包丁の魅力を世界中に伝えようと考えました。それは、包丁屋の販売員たちの説明が、私から見ると下手くそだったからです(笑)。全然、和包丁の魅力を伝えられていません。特に外国人が来ると、しどろもどろになって逃げていってしまう。だから、自分で刃物専門店を始めたのです」(ビヨンさん)

ビヨンさんが最初にほれ込んだという堺市の打刃物

和食文化の発展を支えた和包丁

2013年にユネスコの無形文化遺産に登録されるなど「和食」が世界中に広まる中、それに合わせて「和包丁」の人気も高まっている。しかし、その特長や利点については、あまり知られていない。そんな状況を、真の意味での「和食文化の普及」ではないとビヨンさんは言う。

「例えば、刺身包丁を使えば、生魚の組織を崩さずにきれいな断面となります。そのため、醤油(しょうゆ)をさらりと付けることができるのです。でも、切れない包丁を使うと、つぶれた繊維から醤油がベッタリと染み込んで、食材の味を殺してしまいます。つまり、和包丁を使わないと、本物の刺身や寿司は味わうことができないのです」

実演でお客さんに和包丁の魅力を伝えるビヨンさん

そもそも、日本人が生魚を食べる習慣があることにも、和包丁が大きく関わっているという。それは、鮮度と保存期間の問題だ。

「切り口がデコボコしていると空気に触れる部分が増え、つぶれた繊維からは菌などが入り込みやすくなります。それに対して、なめらかな切断面は空気との接触面積が小さい。そのため、和包丁で切った食材は、鮮度が保たれて腐りにくいのです。冷蔵庫もなく、氷も手に入りづらかった時代から、生魚を食べて和食文化を築けたのには、和包丁の力が大きく関わっていると思います」(ビヨンさん)

「Tower Knives Osaka刃物工房」と通天閣をバックに笑顔のビヨンさん

日本刀の切れ味と耐久性を継承

和包丁の名産地は、かつて日本刀が製造されていた地域が多い。戦乱が鎮まった江戸時代、廃刀令(1876年)が発布された明治時代と刀の需要は減っていった。そこで、刀匠たちは包丁やハサミなどの家庭用刃物を製造し始めたのだ。

日本刀の製造技術を継承した和包丁は、「切れ味」と「耐久性」を併せ持つ。鋭い切れ味を持つが脆(もろ)い鋼の刃を、衝撃に強い軟鉄の地金に貼り付け、何度も火入れをして叩き、なじませるように鍛え上げる。そして、丁寧に刃を研ぎ、別ごしらえの柄を取り付けて完成となる。

日本刀同様に、片刃の物が多いのも特徴。片刃だと切る時に刃先は少しずつ左に流れていくため、切った物が刃から剥がれやすく、作業効率が上がる。また、出刃包丁や刺身包丁、菜切り包丁などさまざまな種類があり、特定の食材専用の物やサイズも豊富なのが西洋包丁との大きな違いだ。

「Tower Knives Osaka」に陳列される多彩な形状の和包丁。商品説明には英語も併記されている

日本有数の技術を持つ職人が登録される伝統工芸士の資格を持つ藤井さん

「Tower Knives Osaka」で包丁づくりを披露している堺市の包丁職人・藤井啓市(ふじい・けいいち)さんは、和包丁が世界に広がっていくことを願っている。

「確かにドイツなどにも良い包丁があります。でも、それはジャガイモやニンジンなどの堅い具材を大きめに切ることが多い、ドイツ料理に適した包丁なのです。当然、桂むき(※1)にドイツの包丁は向きません。繊細な作業が強いられる和食の料理人からの要望を受けて、和包丁は進化してきたのです。その結果、和包丁にはたくさんの種類が生まれました。私は今後、その多様な切れ味が、海外の料理に応用されていくと思っています」

(※1)^ 輪切りにした大根、キュウリなどを、皮をむくように薄く長く帯状に切る和食の技法

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  • [2017.05.03]
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