特集 和食を彩る
最高の切れ味を世界のキッチンへ—藤次郎の包丁
燕の金属産業②
[2017.07.03]

新潟県燕市は人口8万人の小さな町だが、日本有数の金属加工製品の産地。現在は隣の三条市とともに、高い技術力を生かした商品を「燕三条ブランド」として国内外にアピールしている。包丁メーカー・藤次郎と燕市産業史料館を訪ねて、燕の金属産業が発展を続ける理由を聞いた。

職人技と最新技術の融合

燕市は江戸時代中期から和釘や煙管(きせる)、鎚起銅器(ついきどうき)作りなどの金属産業で栄え、現在でも多くの金属加工メーカーがある。国内シェア90%以上を誇る、金属製洋食器の生産は特に有名。2001年に発売された初代iPodの背面を、鏡のように磨き上げた小林研業もここが拠点。「世界一の金属研磨技術を持つ地域」として海外でも知る人が多い。

1991年「ノーベル財団設立90周年」を記念した晩餐会で使用された燕のカトラリー(燕市産業史料館展示)

包丁メーカーの藤次郎株式会社は、伝統的な職人技と革新的な金属加工技術を見事に融合させた「燕らしい企業」だ。昔ながらの和包丁である打刃物と、ステンレスを用いた最新の抜き刃物、両方の製造技術を持っている。「藤次郎ナイフギャラリー」の責任者を務める小川眞登(まさと)さんは、自社の強みをこう語る。

「金属板から金型で打ち抜いて成型する抜き刃物は、安定した品質と効率の良い生産が可能です。藤次郎では、その製作工程や仕上げを、鋳造の和包丁を手掛けられる職人がチェックし、手を加えています。その結果、抜き刃物でも高い切れ味が実現できているのです」

(左上)展示と販売を行う「藤次郎ナイフギャラリー」の外観 (右上)ギャラリー責任者の小川さん (下)ギャラリー内部。包丁の価格は3000円~16万円で、売れ筋の価格帯は8000円くらいという

日本刀から継承する最高の切れ味

同社の包丁は現在世界50カ国で販売されており、これまで90カ国への輸出実績がある。業務用包丁が特に有名だが、家庭向け商品も充実しており、自社製品で1200品目、OEMを合わせると3000にも及ぶ包丁を製造している。ヨーロッパの超有名包丁メーカーも、最上位モデルの製造は藤次郎に委託しているというほどの高い技術力を持つ。牛刀などの洋包丁も多数手掛けているが、メーカーとしての最大のこだわりは、日本刀の製法を引き継ぐ和包丁の持つ「最高の切れ味」だと小川さんは言う。

藤次郎が得意とするダマスカス鋼鍛造は、硬度の異なる2種類のステンレス鋼を幾重にも鍛造することで優美な波紋が現れる高度な技術。柄と鞘に漆仕上げを施した最高級品。

「江戸時代以前の日本人は体格が小さく、力も弱かったため、日本刀は切れ味を追求しました。それに対して、体格の良い西洋人が使ったソードは、甲冑の上から叩いても折れない丈夫さが重要視されたようです。その違いが、和包丁と西洋包丁にも表れています。堅牢さよりも、日本の包丁の切れ味を必要としている人が世界中にいます。その人たちにしっかりと届けられるように、高い技術と安定した生産体制を両立して、世界の食文化を支えていきたいと私たちは考えています」

藤次郎の伝統的な打刃物 (左下)工場の隅に積まれていた包丁型にくり抜かれたステンレス板 (右下)主力製品であるプロ向けのオールステンレス包丁

生き抜くために磨かれた金属加工技術

なぜ、燕の金属加工産業が、伝統的な職人技と最新の機械技術を融合させて、目覚ましい発展を続けているのか。燕市産業史料館の主任学芸員・齋藤優介さんは、まず「この地域の風土を理解する必要がある」と言う。

(左上)燕市産業史料館の外観 (右上)齋藤主任学芸員 (下)新館の展示室

「新潟平野を流れる日本一の大河・信濃川は、燕の手前までは勾配があるのに、燕に入ってからは急に平坦になります。そのため、信濃川とその支流に囲まれた燕は、1922年に大河津(おおこうづ)分水路ができるまで、毎年のように洪水に襲われて米作りが難しかったのです。困窮した農民は、副業で金属産業をやるしか生き残る方法がありませんでした。まずそれを理解すると、燕のことが良く分かります」

燕では17世紀前半に和釘作りが始まり、18世紀の初頭にヤスリ、後半に煙管や鎚起銅器が作られるようになった。明治時代に洋釘の輸入が始まると和釘産業が衰退し、職人たちは他の産業に吸収されていった。第一次世界大戦が勃発すると、ロシアから『銀食器を作れないか』という相談が来る。それまでの洋食器の主な生産地が、敵対国のドイツだったためだ。まず、スプーンなどの基本的な造形は、鎚起銅器職人が作った。そして、煙管職人が彫金技術などを応用して、装飾部分や大量生産用の金型製作を担当した。そうして始まった洋食器製造が栄え、ステンレス製品の加工技術の発展につながった。

「煙管を磨いていた技術でスプーンを磨き、次にiPodを磨き、最近は日産GT-Rのマフラーを磨いているのです。時代の変化などでひとつの産業が衰えてしまうと、その生産地全体がさびれてしまうことがよくあります。でも、燕は伝統技術を継承しながらも、伝統にとらわれ過ぎず、新しい産業に挑戦し続けるたくましさを持っているのです。それは、生きていくために金属産業を始めたからだと思います」(齋藤さん)

燕市産業史料館に展示される煙管。成形、彫金、磨きなど多くの技術が使われている。

技術の交流で新しい価値を創造

燕では、自社だけの生産技術や経営方針にとらわれず、企業や工場同士の協力・提携を盛んに行う。近年は、隣の三条市ともタッグを組んで、高品質な金属加工製品を「燕三条ブランド」として国内外へ発信している。

「鎚起銅器職人と煙管職人が力を合わせてスプーンを作ったように、『お前のところの技術で、こういう部品できないか?』という感じで周りを巻き込んで、燕の企業はどんどん仕事の幅を広げていくのです。僕はこうした産業活動を、 “技術のキュレーション(※1)”と呼んでいます。これは今後、日本の中小企業が、世界で生き残るためのキーワードになるかもしれません」(齋藤さん)

(左上)左側が和釘 (右上)鎚起銅器の工場も再現 (下)金属産業の歴史がよく理解できる燕市産業史料館の展示

工場を公開して商品価値を守る

近年、藤次郎ではアジア諸国生産の安価な包丁に脅威を感じているという。高い人件費が掛かる日本製品は、価格競争においては不利となるためだ。そこで、客と製造現場をつなぐために、2017年7月から工場を日常的に見学可能にする。

(上)丁寧に刃の具合をチェックする熟練の職人 (左下)刃付けの作業は何度も繰り返される (右下)溶接部分を磨き上げる女性の職人

「鎚起銅器の玉川堂さんや、三条市にある世界的アウトドア・ブランド『スノーピーク』さんは、日常的に工場などを開放することで商品価値を高めています。燕三条には、経営面でも企業が生き残るための良いお手本があるのです。最近はアジア諸国の包丁も見た目が良くなっています。最高峰の技術までは簡単に真似できませんが、お客さんがそれを見極めることは難しい。だから、自社工場を公開して、高度な技術と丁寧な仕事を知ってもらい、周りにも伝えてもらいたいのです。そうすることで今後も、最高の切れ味にこだわった包丁づくりに邁進できると思っています」(小川さん)

見学者用の通路(右側)から、職人たちの作業が見られる

写真=コデラ ケイ
取材・文=ニッポンドットコム編集部

【施設情報】

藤次郎ナイフギャラリー

  • 住所:新潟県燕市吉田東栄町9番5号
  • 営業時間:午前10時~午後6時
  • 休業日:日曜日 ※公式HPで確認
  • TEL:0256-93-4195
  • 公式HP:http://tojiro.net/

燕市産業史料館

  • 住所:新潟県燕市大曲4330-1
  • 開館時間:午前9時~午後4時30分 (最終入館午後4時まで)
  • 休館日:月曜日(祝休日の場合は翌日) 、祝日の翌日、年末年始
  • 入場料:大人300円、小人100円 ※団体割引などあり
  • 公式HP:http://www.city.tsubame.niigata.jp/shiryou/

(※1)^ キュレーション=情報を収集して、つなぎ合わせ、新しい価値を創造して共有すること

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