心躍る文房具の世界

「おもしろ消しゴム」で世界に遊び心を伝える

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ランドセルや文具、乗り物、食べ物、動物ならハムスターから恐竜まで、あらゆる形の「おもしろ消しゴム」を生み出すイワコー(埼玉県八潮市)。遊び心満載の50円の消しゴムは海外でも人気を呼んでいる。

大人もほしくなるアイテム

つくばエクスプレス八潮駅から徒歩約15分。のどかな住宅街が広がる一画に24時間稼働を続ける小さな工場がある。

15台の機械から年中無休で作り出されるのは、お寿司(すし)や果物、文房具、動物たち。いや、それらを模した小さなかわいい「おもしろ消しゴム」だ。身近なモノをかたどった1個50円の消しゴムを手にすれば、誰もが「かわいい」「安い」と声を上げるに違いない。上履きや鍵盤ハーモニカ、ランドセルの形をしたキュートな消しゴムを手にして、ノスタルジーにかられる大人も多そうだ。

分解して作り直す楽しさがある点にも注目したい。一見、シンプルな作りに思えるが、お寿司ならシャリとネタ、海苔(のり)、飛行機なら胴体と主翼、尾翼といった具合に、どの消しゴムも2個から4個のパーツで構成されている。5センチメートルほどの小さな消しゴムに施された創意工夫の数々。カラフルなミニチュアサイズの消しゴムが世代や性別を超えて愛されている理由がここにある。

のり巻きと日本茶のパーツ(上)と完成品

野菜消しゴムが爆発的ヒット

「おもしろ消しゴム」の製造元は1968年創業のイワコー。創業者の岩沢善和さんは、文具問屋の “小僧”として18年間住み込みで働いた後に独立。最初に作ったのはプラスチックの筆箱だったという。

「当時は工場といっても、(千葉県)松戸で借りた二間のアパートでほそぼそと作っていた程度。ヒット作を出そうと必死でした。幸い、第2弾の鉛筆キャップは大ヒットしましたが、そのうちシャープペンが安く出回るようになって売れなくなった。なんとかしなくてはと次に作ったのが消しゴムです。いまのような『おもしろ消しゴム』を作り始めたのは1988年からですね。ただ、これで会社は大きくなるぞと、ニンジン、大根、さつまいも、キャベツ、カブの野菜シリーズを意気込んで作ったものの、どこも相手にしてくれなかった」

当初はどの問屋も「おもしろ消しゴムを相手にしてくれなかった」と語る岩沢善和さん

最初に作ったのは野菜シリーズだった

現在のラインアップは450種類におよぶ

取引をしてくれる問屋がなければ商売は成り立たない。いったん「おもしろ消しゴム」を諦めた岩沢さんだったが、5年後に「例の野菜の消しゴムをもう一度作ってくれないか。必ず売れるから」という頼もしい問屋の “援軍” が現れる。「そこまで言うなら」と野菜の消しゴムの生産を開始すると、援軍の読みはズバリ的中。爆発的なヒット商品となった。

以後、「おもしろ消しゴム」のラインアップは着実に増え、野菜はもちろん、お菓子や動物、乗り物なども加わり、その数はすでに450種類に及んでいる。

「1993年からの6年間は、1日10万個生産していました。(同様の消しゴムを作る)競合相手も2社現れてね。大変な人気でしたが、残念ながらそのうち飽きられてしまい、その2社もなくなりました」と岩沢さんは笑う。「でも、地道に作り続けていたら、また15年ほど前から売れるようになった。いまは1日20万から25万個生産しています」

パーツを組み合わせておいしそうなショートケーキの出来上がり

並べるとケーキ屋のショーケースをのぞいているような楽しさだ

「メイド・イン・近所」の完成品

人気が復活した後もコンスタントに売れ続けているのは、楽しい消しゴムを安価で提供するための努力を惜しまない企業姿勢のたまものだろう。50円という今時信じられないほどの低価格は、サンプルや金型の製作を除き、企画から生産、組み立て、検品、袋詰め、梱包(こんぽう)に至るまでの工程を全て内製化することで実現している。

工場には成型された色とりどりのパーツがあちこちに。左はバナナ、右は恐竜

「まず、私の方で『これだけのパーツで構成されたこんな大きさの消しゴムを作りたい』と職人にサンプル製作を依頼します。依頼をもとにサンプル職人が匠(たくみ)の技でサンプルを製作しますが、何度も試作を重ねますね。サンプルができたら次は金型製作。外部の会社に金型製作を依頼して、完成までにだいたい3カ月から4カ月かかるでしょうか。ここが消しゴム生産の心臓部ともいえますね」

完成した金型を用い、SBSエラストマー樹脂を材料に生産された消しゴムの各パーツは、イワコーの近所の家庭250軒に届けられる。内職を請け負っている主婦にパーツを届け、完成品に組み立ててもらうためだ。

「ご近所の方に限定しているのは、パーツを遠くに運ぶと途中で消しゴムが擦れてしまうため。おもしろ消しゴムは『メイド・イン・近所』なんです。これだけ安いと競合も現れません。まねしようとしてもできないでしょう(笑)。でも50円で売るのは大変ですよ。材料費が当初よりも70パーセント近く上がっていますから。ただ、お子さんたちに気軽に買ってもらえるこの価格はなんとか守りたいですね」

人気が高いアイテムを岩沢さんに聞いてみた。

「やっぱり回転ずしかな。最初は普通の寿司しか作っていなかったんですが、孫に『どうしてお皿の上に乗っているお寿司はないの?』と聞かれて、『もう寿司といえば回転ずしの時代だな』と思って作りました。観光地でもよく売れますね」

「回るお寿司」が好きな子どもたちのために作った回転ずしのシリーズ。パッケージ価格は350円(価格はイワコーのカタログから)

海外でも広がる人気

時には家族の意見も取り入れながら開発している「おもしろ消しゴム」のラインアップを見ると、アニメなどの “キャラクターもの” がないことに気付く。この理由は明快だ。「キャラクターものには人気のはやり廃りがあるでしょ。うちは、5年後、10年後にも売れるモノだけを作っています」

“何でもあり” に見えて、筋の通った開発方針。そんな「おもしろ消しゴム」は、販促品としても好評だ。パトカーや消防車の消しゴムは、警察署や消防署のキャンペーンに活用されたり、歯医者が子どもの患者に配るために歯ブラシや虫歯を模した消しゴムを利用したりするケースも多いという。

海外でもファンは増加中だ。子どもが食べてしまうという懸念から欧州などでは食べ物を模した消しゴムは販売できないが、恐竜や動物はユニバーサルな人気がある。

「最初は、2011年にドイツの『ニュルンベルク国際玩具見本市』に出展しました。でも、その後に出た文具フェアの方が反響がいいですね。海外の展示会で知り合った人たちを通してネットワークを開拓し、現在は一国一代理店制度で、英国やスペイン、イタリア、ドバイ、バーレーン、ポルトガル、ポーランド、韓国、中国、台湾などに代理店があります」と話すのは、代表取締役の岩沢努さん。

精巧な作りと得も言われぬかわいらしさを兼ね備えた安価な文具「おもしろ消しゴム」。次はどんなミニチュアが誕生するのか楽しみにしているファンは多い。

2017年1月文房具と事務用品の「ペーパーワールド ドイツ・フランクフルト国際見本市」に出展した際の光景(提供:イワコー)

撮影=長坂 芳樹

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