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離島シリーズ①悪石島:ワイルドな仮面神が暴れまわる島

斎藤 潤【Profile】

[2017.10.24] 他の言語で読む : ESPAÑOL |

九州の南に浮かぶ屋久島と奄美大島の間に、南北に連なる7つの島々からなる日本一細長いトカラ列島(十島村)がある。恐ろしげな名の悪石島(あくせきじま)は、その真ん中に位置する。謎の仮面神、島グルメ、野趣あふれる温泉など、魅力たっぷりの島だ。

お盆に現れる謎の来訪神ボゼ

1975年に初めて悪石島を訪ねた時、泊まった民家でアルバムの写真にくぎ付けなった。能面に代表される日本の面とは対照的な、荒々しいエネルギーにあふれた姿がそこにはあった。まるで巨大な仮面が立っているかのようだ。高さが1メートルほどあるので、そう見えた。

洗練とはおよそ無縁なビロウの葉に包まれた姿は、熱帯の森に潜む精霊のよう。一連の盆行事の最後、旧暦7月16日の午後に出現するボゼという魔を祓(はら)う来訪神だった。ぜひ会いたい。一目で魅せられてしまった。

翌々年、ボゼを目当てに悪石島を再訪した。昼食後、テラ(寺院の跡地)と呼ばれる広場へ行くと、ボゼの面が3つあった。竹籠で骨組みを作って紙を貼り、墨と赤い泥(アカシュ)で縦縞(たてじま)模様に彩色したという。

形は滑稽でグロテスク。ギョロ目の上に大きな耳が付いている。鼻は天狗(てんぐ)のように突き出し、乱杭歯(らんぐいば)をむき出しにした大きな口。3面とも微妙に違っていて面白い。やがて3人の男が、面を付け、体にビロウの葉を纏(まと)い始めた。腕や足に巻きつけ、胴体も巧みに覆う。さらに、手足の一部にはビロウの樹皮も巻きつけた。

テラ(寺院の跡地)から出て公民館に向かうボゼ

公民館の前の広場に行くと、男たちが本土伝来の盆踊りをしている。踊りが一段落したところで、呼び太鼓が響き渡った。3体のボゼが、手にアカシュを塗ったボゼマラ(男根を模した棒)を握りしめ、無言で乱入してきた。周囲を威嚇するように足を踏み鳴らし、体を震わせる。ビロウがガサガサと不安をかき立てる音を発し、耳は大きく揺れてゴソゴソと不気味な音を立てる。

無言劇を破るように、一番小さいボゼ(サガシボゼ)が奇声を上げて、泥足のまま公民館の広間へ飛び込んだ。他のボゼも、広場で女性や子どもたちを追い駆け回し、ボゼマラで突こうとする。怖がって逃げ回る幼い子どもたち。女の子たちは、突かれると縁起がいいと言われているので、まんざらでもない様子。広間の畳は、たちまち泥だらけ。誰もとがめる者はいない。どこも悲鳴や嬌声(きょうせい)で興奮のルツボだ。大暴れするだけすると、ボゼたちは体を震わせ、腕を振り上げながら去っていった。20分間の出来事だった。

公民館の前の庭で暴れる3体のボゼ

真夜中近くなって満月に照らし出された小学校の校庭へ行くと、奄美伝来の十五夜踊りが延々と続いていた。月影を震わせるような透明な女の声と、潮風に鍛え上げられた張りのある男の声が、孤島の夜空に哀調を帯びて響き渡り、潮騒の中に溶けていく。南洋の神が息づくこの島には、万葉時代の歌垣がまだ残っているように感じられた。

40年前、門外不出だったボゼは徐々に有名になり、今やトカラのシンボルとなった。10年ほど前からボゼ見学ツアーも組まれ、今年の3月「悪石島のボゼ」として国の重要無形民俗文化財に指定された。ただ、神代の時代を彷彿(ほうふつ)とさせる夜を徹して翌朝まで行われる十五夜踊りは、いつの間にか絶えてしまった。

潮で固めた豆腐とタケノコ

黒潮のただ中に浮かぶ悪石島は、カツオ、トビウオ、オキサワラ、イセエビ、ヤコウガイなど、海の幸に恵まれている。しかし、トカラ全体でも有名なのは、ニガリの代わりに海水で固める悪石豆腐。ほのかな塩味が豆の甘みを引き立て、香りも豊か。しっかりと水を切った固い豆腐なので、煮しめても形が崩れにくい。しかし、一番の贅沢(ぜいたく)は、水を切る前のふわふわと固まった寄せ豆腐をいただくこと。ほっこりと温かく、豆腐だけなのに具沢山のスープを食べているような満足感がある。戦前生まれのお母さんたちが元気だった頃は、運が良ければ民宿で食べることができた。だが、代替わりした今では、島の行事がある時くらいしか、作られなくなったという。

島豆腐作り。煮たてた大豆の搾り汁に凝固剤として海水を混ぜているところ

もう一つ、さまざまな行事の料理に欠かせないのが、島中に自生している大名タケノコの異称を持つリュウキュウチクのタケノコだ。鹿児島では数種類のタケノコが食されており「デメ、コサン、カラ、ハッチッ、モソ」という言い方がある。旨(うま)さのランクだ。一般的な呼び方を当てれば、琉球竹(りゅうきゅうちく)、布袋竹、真竹、淡竹〈はちく〉、孟宗竹(もうそうだけ)となる。他のタケノコも旨いと思うが、デメが一番というのには納得した。

大名タケノコの出荷風景

新鮮なものは全くアクがなく、すぐに調理できる。煮ても炒めても揚げても汁に入れてもおいしいが、一番好きな食べ方は焼きタケノコ。ガスや炭火でもいいが、できればたき火の燠(おき)の中に皮がついたまま突っ込んで、蒸し焼きにしたい。甘みと旨みが凝縮され、香ばしい匂いが立ち昇り、至福のひと時を味わえる。

一度は訪れたい秘湯中の秘湯

元々観光客の少ない悪石島だが、秘湯愛好家にとって一度は訪れたい聖地だ。定期船が着くやすら浜港の北側海岸線はいたるところに温泉が湧いているが、一度浜集落まで登りその先を左に下っていくと、入浴可能な温泉がある。

車道を下った突き当たりの海岸に、大きな温泉マークが描かれた巨岩があり、その下から熱い湯(海中温泉)が湧いている。潮が引きすぎていると熱くて入れないし、満ちすぎていると海水浴になってしまう。島人に、入り時を確認していけば間違いない。

海中温泉は、潮時を見計らって適温の時に入る

海中温泉の前を右に進めば、男女別の温泉入浴棟と露天風呂(16〜21時、200円)のある湯泊温泉だ。

さらにその奥のキャンプ場の外れにはたくさんの硫気孔(りゅうきこう)が開いた斜面があり、そのすぐ下に、砂蒸し温泉もある。指宿のように砂の中に潜るのではなく、古い毛布などを敷いて横たわるので、岩盤浴に近い。

夕日が美しい湯泊温泉の露天風呂。海岸にあるため台風などで痛めつけられ入れないことも多い

■データ

  • 交通:鹿児島本港南埠頭(ふとう)から10時間30分、奄美大島名瀬佐大熊岸壁から5時間10分。いずれも、週に2便が就航。
  • 面積: 7.49平方キロメートル
  • 人口:72人

写真と文=斎藤 潤
バナー写真=昔のテラ(寺の跡地)から出現したボゼ

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  • [2017.10.24]

フリーライター。1954年、岩手県盛岡市生まれ。学生時代から島やへき地を中心に全国を巡る。旅行雑誌の編集などを手がけた後に独立。テーマは、「島」「旅」「食文化」「農林水産業」など。南鳥島以外の日本の有人離島を全て踏破。著書に『瀬戸内海島旅入門』『ニッポン島遺産』『日本《島旅》紀行』『旬の魚を食べ歩く』『島—瀬戸内海をあるく1集〜第3集』『絶対に行きたい! 日本の島』など。最新刊は、『しま山100選』。

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