宮沢賢治のメッセージ‐悲しみに沈む世界へ【ロジャー・パルバース】

宮沢賢治作品に造詣が深いオーストラリアの作家、ロジャー・パルバース氏が、賢治が描いてきた心のふるさと、東北への思いを語る。

宮沢賢治作品に造詣が深いオーストラリアの作家、ロジャー・パルバース氏が、賢治が描いてきた心のふるさと、東北への思いを語る。

この災害から何を学ぶか

私はいま、日本人であろうとなかろうと、日本に住む全ての人々が、世界中から寄せられた深い思いやりの気持ちと支援に心を打たれていると思う。

日本は戦後数十年、海外に対して平和的でバランスの取れた外交政策を行い、惜しみない支援を行ってきた。今回の未曾有の惨禍は、そうした日本の姿勢が世界中に多くの真の友人を作ってきたことを図らずも示した。終戦以来、日本に必ずしも好意を抱いてこなかった国のメディアでさえ、深い共感と同情を寄せている。

この災害とその影響から、私たちは何を学ぶことができるのだろうか。

学ぶことができること。それは、私たちが吸っている空気、飲んでいる水、生きていくために必要なものを生み出す大地を通じて、世界が互いに結ばれているということである。

風が運んだメッセージ

少し個人的な話をさせていただこう。

2008年9月21日の午後1時半。私は花巻市の北上川の土手に立っていた。花巻市は、今回の地震と津波によって壊滅的な被害を受けた岩手県にある町だ。何より岩手県は、私が40年以上にわたって研究してきた宮沢賢治のふるさとでもある。賢治は、夢想家の詩人であり、作家、科学者、宗教的な思想家でもあった。彼は、1933年9月21日の午後1時半にこの世を去っている。

そのちょうど75年後、賢治がこよなく愛した川の土手を、突然、身を切るような風が吹き抜けた。その風は、私の中を通り過ぎていった。

賢治は、風や雨、雪や水、空気や光といった自然の要素を通じて、全ての人間が互いにつながっていると信じていた。風に吹かれたその瞬間、私は土手の上で、賢治からのあるメッセージを確かに受け取った。

そのメッセージとは何だったか。

それは、彼が生涯を通じて多くの人々に伝えてきた、自らのメッセージだった。すなわち、「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」(宮沢賢治「農民芸術概論綱要」より)ということ。

世界中が「波」を感じた

地震と津波の大きさに気づいたとき、土手の上でのその瞬間が蘇った。東京の自宅をめざして歩きながら、私は、運がよかったという思いと罪悪感に強くとらわれていた。私にはまだ家があり、食べ物も電気も暖房もある。同じ国に住む無数の人々が命を失い、愛する人々や大切な財産を失ったのに、私はなぜこれほど幸運だったのか。

私は、賢治のこと、そして彼が私たちに残したメッセージのことを考えた。今回の震災は東北地方の人々だけが被った災禍ではない。この地球上の一人ひとりが直接被った災禍だ。

私たちが将来、さらに大きな、想像を絶する災害から救われることになるなら、それはおそらく、宮沢賢治によって送られたメッセージの賜物だろう。風と、空の光を通じて、私たちに送られたメッセージの。

(3月27日 記す) 

ロジャー・パルバース

ロジャー・パルバース

Roger Pulvers

米国出身のオーストラリアの作家、劇作家。東京工業大学教授。1987年に初来日して以来、宮沢賢治や井上ひさしなど、東北地方出身の作家たちに深い愛情を抱き続けている。日豪の大学で教鞭を執る他、演劇活動も行っている。最新の著書に『The Dream of Lafcadio Hearn』がある。