日本が再び底力を発揮するときが来た【近藤 誠一・文化庁長官】

近藤誠一文化庁長官は、日本の自然と文化によって形成された日本人らしさが、今後の復興と国家再生のカギを握るという。

近藤誠一文化庁長官は、日本の自然と文化によって形成された日本人らしさが、今後の復興と国家再生のカギを握るという。

日本人はじわじわと訪れる危機(creeping crisis)のハンドリングは下手だが、大きな危機には総力挙げて立ち向かい、成功することは歴史の示すところだ。

19世紀の近代化の遅れを察知してもうまく対応できなかった日本は、黒船の襲来で思い切った政策を採った。戦前の列強の対立の中ではうまく立ち回れず、墓穴を掘ったが、大戦の敗北は、戦後の高度成長へのエネルギーを生んだ。

高度成長期に石油の中東依存の高まりの危険性を知りつつも対応できなかったが、石油危機には見事に反応して世界一のエネルギー効率を達成した。産業廃棄物の垂れ流しを企業も社会も見て見ぬふりをしたが、水俣病というショックで環境対策が大きく進み、世界一の環境基準を導入した。

そして今はバブルの崩壊や少子高齢化、気候変動というじわじわと迫る危機に適切に対応できているとは思えない。1995年の阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件のショックはその突破口にはならなかった。今回の大災害はどうだろうか?

無常観と美意識に育まれた日本人らしさは、復興への力となるか

どの国民にとっても、長所と短所は同じコインの両面である。日本人は仏教的無常観と日本的美意識を融合させて、ものごとに執着しない諦めの良さを持っている。常に移り変わる四季や、自然の恵みがその下地になった。

鴨長明の「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶ泡(うたかた)は、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためし無し」(『方丈記』)という一文は、日本人が中世の時代からこうした思想を持っていたことを示している。ヨーロッパは、ヘラクレイトスの「万物は流転する」という思想を継承しなかった。

この日本人の、ものごとに拘らない淡泊な性格は、グローバル化の下での激しい競争においてはしばしば弱みとなっている。しかし東北で被災した人々が苦難に対応するに当たっては、この性格からくる諦観(「自然の業なのだから仕方がない、誰かを非難しても始まらない」)が大きな力になっている。

世界が賞賛した被災地での「優しさ」

日本人のもう一つの性格は「優しさ」である。人はすべて自然の一部であり、お互いに持ちつ持たれつの関係にあるので無駄な争いは避ける、という思想は、国際交渉での厳しいやりとりや、国際機関でのアジェンダ作りにおいてしばしば日本を守勢に立たせてしまう。

しかし、世界が称賛した東北での避難民同士のいたわり合いと秩序はそこから生まれた。略奪や、行列を乱す暴力が起こらなかったのは、それが法律に反するからではなく、彼らの思想に反したからなのだ。多くの途上国から支援の手が伸ばされたのも、日本の援助が無用に厳しいコンディショナリティーを課さず、常に相手の立場にたって提供されたからだ。

日本人が今後の復興や国家再生の過程において、これらの性格の長所たるところを十分に認識し、発揮していけるか否かは21世紀の世界にとって重要であろう。私が参加しているいくつかの非公式の勉強会は、それが現実になり得ることを示唆している。

(5月10日 記す)

近藤 誠一

近藤 誠一
Kondo Seiichi

1946年神奈川県生まれ。72年外務省に入り、広報文化交流部長を経て2006~ 08年ユネスコ日本政府代表部特命全権大使。08年デンマーク大使。10年7月から文化庁長官。
文化庁長官のサイトhttp://www.bunka.go.jp/commissioner/index.html