東北人はガマン強いのか【石田 治・フリーライター】

「東北人は粘り強い」というニュアンスが被災地の様子を伝える報道には散見されるが、それは本当なのか。宮城県在住のフリーライターがその真実に迫る。

「東北人は粘り強い」というニュアンスが被災地の様子を伝える報道には散見されるが、それは本当なのか。宮城県在住のフリーライターがその真実に迫る。

東北の人の気質を表すとき、「東北人は粘り強い」とか「ガマン強い」という言い方がよく使われます。多くは“称賛”の文脈の中で使われていますが、でも、ほんとうに東北の人は粘り強くてガマン強いのでしょうか。

今回の大震災に関する報道でも「東北の人たちは未曾有の大惨事に遭遇してなお、秩序を守り、困難を耐え忍び、ガマン強く生き抜いている」といったニュアンスで、被災地の人々の様子が海外にも報道されました。

暴動が起きるでもなく、われ先に物資を奪い合うでもなく、助け合い、譲り合い、東北人(=日本人)はたくましく粘り強くがんばっている―。海外に発信されたそんな報道を、密かに誇らしく感じた日本の人たちも多いのではないでしょうか。

だけど、そんな「粘り強い」「ガマン強い」といったイメージが、逆に被災者が、自らの行動を規定してしまってはいないだろうか、と思うこともあります。「そうだ、オレたちはガマン強い東北人なんだ」と、外部から当てはめられた感傷的な美意識のワクに、あえて自ら、はまってしまってはいないかと。

昔からあった「粘り強い」イメージ

「東北人は粘り強い」という“評価”は、案外昔からあったみたいですが、人口に膾炙したのは高度経済成長期の頃といわれています。当時、東北からは、中学校を卒業したばかりの多くの若者が、いわゆる「集団就職」で上京し、東京の町工場などで熱心に働き、日本の高度経済成長を支えてきました。皆がそうではないにせよ、東北人は口ベタで、感情を露出させず、グチや文句も言わずに黙々と働いた人が多かったといいます。そんな東北人の姿を、都会の人は「粘り強い」とか「ガマン強い」と好意的に受け止めてくれたのだと思います。

東北人もまた、そうした“評価”をプラスに解釈し、励みとすることもあったでしょう。でも、時にそれは偏見となって、東北人に「縁の下の力持ち」的なポジションを強いることもしばしばでした。

東北は“悲劇”と“敗北”の歴史がつきまとう「ガマンを強いられてきた土地」でもあります。古くは、蝦夷の族長・アテルイが坂上田村麻呂に敗れ、安部貞任が源頼義に討たれ、奥州藤原氏が源頼朝に滅ぼされ、近世では、東北諸藩が「賊軍」に貶められた戊辰戦争がありました。そのため、維新後は「白河以北一山百文」と雑把に括られて国の施策は後回しとなり、冷害や飢饉、身売りなどの“悲劇”は昭和まで続きました。

日露戦争では東北の部隊は最前線に配置され、また太平洋戦争の終戦間際、関東軍に見捨てられた満州にも東北出身の移民が多かったといいます。集団就職が行われたのも、東北に働く場所がなかったからです。

「ガマン強い」ことと「ガマンを強いられる」ことは違います。

今回の震災で、東北地方は、地震・津波という“天災”と、原発事故というダブルの災害に襲われました。福島県では、原発から漏れ出した放射性物質のせいで集団避難を余儀なくされた多くの人たちが、再び“悲劇”の中で「ガマンを強いられ」ています。

一次産業への従事者が多く、大自然という機嫌が定まらないものを相手にして暮らしている東北人は、自然災害や逆境に耐えうる、ある種の粘着力を身に付けているのかもしれません。けれども「粘り強い」とか「ガマン強い」とか、何かにつけてそう言われる“偏見”とも、東北人は、時に戦わなければいけません。

「東北人は忍耐強い。秩序を守っているのはすばらしい」的な報道は、被災者を称えることで被災地からの批判を封じたいのでは? なんて思ってしまうのです。ステレオタイプな“称賛”の報道に「あなたたちはガマン強いんでしょ?(だからガマンしてよね)」みたいなニュアンスを感じてしまうこともあります。

(5月18日 記す)

バックナンバー

おかげさま【石田 治】

第3回「東北人はガマン強いのか」(5月18日)
第2回「“先輩”から届いた宝箱」(4月10日)
第1回「おかげさま」(3月30日)

石田 治

石田 治
Ishida Osamu

1960年岩手県生まれ。大阪芸大芸術計画学科卒。編集プロダクション、新聞社勤務などを経て93年からフリー。宮城県富谷町在住。地元情報誌や行政刊行物、周年誌などで活躍中。