日本の「ニューディール政策」に向けて(1)【ディマ・クリスティアン 都市計画専門家】

都市計画専門家ディマ・クリスティアン氏は、東日本大震災が日本の地方を長年苦しめてきた問題をあぶり出したと考えている。

都市計画専門家ディマ・クリスティアン氏は、東日本大震災が日本の地方を長年苦しめてきた問題をあぶり出したと考えている。

巨大地震とその後の津波のために、東北地方の470平方キロ以上の面積に及ぶ地域が破壊された。死者、行方不明は合わせて2万数千人。それ以上に多くの人が避難所での生活を強いられている。多くの原子力発電所の稼動停止は、かつてないエネルギー危機を引き起こし、日本経済のみならず世界経済にも深刻な影響を与えている。災害の余波は、直接の被災地から遠く離れた地域にまで及んでいる。

震災による惨状は、もちろん恐ろしい限りだが、これらの地域に忍び寄っていた構造的な危機をさらに悪化させただけだと私は考えている。東北地方は、震災以前から人口構成、社会、環境、経済上の問題を抱えていた。復興の取り組みがこうした問題の解決に役立つよう、総合的で長期的な戦略が必要であることを提言したい。

「3.11」以前の災害

まず指摘したいのは、東北地方が直面している危機は、広く言われているような3月11日の地震とその後の津波、そして原発事故の「三重の災害」だけではないということだ。こうした誤解は、被災地が何十年も前から深刻な構造的問題に苦しんできた事実を見えにくくしてしまう。しかも、この状況は東北地方に限ったことではない。阪神圏、中京圏、首都圏の人口稠密な大都市圏以外ではどこも似たような状況である。

今回の震災を阪神淡路大震災と比べると、人口構成の違いがくっきりと浮かび上がる。1995年の阪神淡路大震災は、神戸という人口稠密な都市で発生した。神戸市の人口は150万人、65歳以上の住民の割合は13.5%だった。一方、東日本大震災の被災地は主に農山漁村地域の海岸線数百キロにわたり、人口は700万人弱、高齢人口の比率は22%となっている。

日本の地方では、東京で進学や就職をするために多くの若者が故郷を離れる。その結果、人口構成に偏りが生じ、地方では65歳以上の高齢者の割合が急速に上昇して地域経済が衰退している。また、農業、漁業、林業の就労人口も減少しており、その結果、日本の食料自給率は低下し、食品輸入が増加している。

地方ではエネルギー集約型で車中心の都市開発パターンが一般化し、増加した大型ショッピングセンターが古くからあった街の商店街の最後の力までも搾り取ってしまった。後に残されたのは、荒廃し、衰退した中心街と、その中で孤立するお年寄りと身動きの取れない人々である。

画一的で低コストの建築物は、かつては個性的だった街並みを破壊し、地方の個性を消し去っただけではない。断熱材がないため、夏は冷房、冬は暖房による大量のエネルギー消費を必要とする。

過去の教訓:壮大なビジョンはあれど、支持は得られず

地方の空洞化と対をなすのが、政府機能、企業の本社機能、教育機関による首都圏への一極集中である。政治、経済、文化の中枢が首都圏に集中している。こうした中、専門家は、首都圏直下型地震が来ることは間違いないと口をそろえる。問題はいつ来るかだけだという。この国の首都であり、象徴的存在でもある世界最大の都市・東京とその周辺には、3,500万人もの人々が集中し、危険と隣り合わせで暮らしている。日本経済の将来は極めて危うい。

東京で最初の近代的公園である日比谷公園(1903年開園)を設計したのは本多静六だが、彼は1923年の関東大震災の後、帝都復興院に計画書を提出したとき、公園、歩行者・自転車専用の緑道、水辺の散策路などを精密に配置する構想を描いていた。復興全体を指揮していた内務大臣の後藤新平は、現状をそのまま復活させるだけでは意味がないと考えた。目標は、東京が将来、秩序ある持続可能な発展を遂げていくための新しい基礎を作ることだった。しかし、省庁間対立や各種利害の相反から紛糾し、公園の建設予算は90%も縮小された。なお悪いことに、公園や学校、街路、歩道など、緊急に必要な公共施設のために所有地の10%を寄付することを嫌がる民間の地主もいた。寄付すれば結果的に土地の価値は上がるところだったが、彼らは、より大きな公共の利益より個人の利益を優先させたのだ。

それから20年以上後の1946年、今度は戦争で焼け野原となった東京の戦災復興計画を、もう一人のビジョンを持った都市計画家、石川栄耀が手がけた。後藤や本多と同じように、石川も、東京23区の周囲に都民が憩いの場として活用できる広大な緑地帯を作るため、公園や運動場、市民農園などを配する高度な都市計画を提案した。20年後、緑地のほとんど全てが消えていた。ここでも政治や制度、法律、世論の後押しが無かったため、壮大な構想は頓挫した。緑地帯では、農家が金銭的利益を得ようと土地を売却し、それにより住宅などの建設用地を確保できた民間企業が開発を進めることもあった。

このように、個人の利益優先や世論の無関心が重なり、大胆なビジョンは実現しなかった。構造改革が成功するためには、広く社会の支持を得ることが必要であり、国民が、ただ政府の計画に従うというのではなく、自分もそのビジョンの一部だと思えることが重要である。

次のパート2では、日本の「ニューディール政策」のあり得る姿をいくつか描いてみることにする。被災地・東北の再建と復興の具体策を細かく羅列しようというわけではない。日本の地方が直面している全般的な問題に対する総合的な将来のビジョンをいくつか探りたいと考えている。もちろん、今は被災者に一刻も早く仮設住宅が行き渡るようにすることが最優先である。しかし、前例が示すように、一時的な仕組みがそのまま定着してしまうことが多いため、復興は、全体のビジョンを構築するプロセスに基づいて行うべきである。それには多くの人々による息の長い持続的な取り組みが必要であり、復興の議論には専門家だけではなく国民全体が加わらなければならない。

(5月1日 記す。パート2に続く 原文英語)

ディマ・クリスティアン

ディマ・クリスティアン
Christian Dimmer

ドイツ、カイザースラウテルン工科大学の学際的な空間・環境計画課程を卒業し、東京大学で博士号を取得。都市設計コンサルタントとして、磯崎新アトリエなどの建築事務所や三菱地所などの不動産デベロッパーに協力している。2006年に設計事務所「フロントオフィス東京」を共同設立した。現在、早稲田大学国際教養学部で持続可能な都市化と都市計画の理論を教えているほか、東京大学の特認研究員でもある。ツイッターアカウントは@Remmid