人間の命を守る政治家の責任【河野 洋平・前衆院議長】

河野洋平氏は、政治家の責任という視点から、外交問題や、原発事故対応の国際社会への影響を危惧している。

河野洋平氏は、政治家の責任という視点から、外交問題や、原発事故対応の国際社会への影響を危惧している。

いまの与党には、合意形成の努力が足りないだけではなく、責任の所在が不明確であることも問題だと思う。

たとえば、会期延長をめぐる問題だ。まず幹事長会談で与野党が「50日」と合意。その後、菅総理が「だめだ。70日だ」と言うと、翌日には平気で「70日」と提案してくる。これでは政党同士の話し合いにならない。幹事長会談で合意したら、幹事長の責任で何が何でも党内をまとめなければならない決定事項だ。自民党と社会党のいわゆる55年体制の時代にも、政党間での合意が覆されたことがあったが、このときの責任者は潔く辞任している。今はだれも辞めない。

政治家の責任感不足がもたらす深刻な影響

同じことは2プラス2(外務・防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会)にもいえる。外務大臣と防衛大臣が米国側と合意したといっても、沖縄とは合意できていない。これでは国際的な合意が日本は実行できないということになってしまう。本来なら事前に沖縄の人々と話し合って、ここまでは米国に譲る、ここだけは譲れないという話をしておくべきだ。いまのやり方では、国内的にも対外的にも亀裂を深めるだろう。

河野 洋平福島第一原発事故においても、無責任な対応が目立った。特に対外的な情報提供の面では、非常に恥ずかしい失態が多かった。3月22日にウィーンのIAEA本部で行われた原子力安全保安院の説明会で配布された資料が日本語だったといわれる。当初は官房長官の会見をはじめ、政府要人の会見にも通訳が入らず、海外メディアの方は相当苦労されたようだ。これでは国際社会に日本の状況を理解してもらうのは難しい。

現在、IAEAのトップは日本出身の天野之弥事務局長だが、非常につらい立場になったのではなかろうか。天野氏自身は、事務局長になり日本にしっかりやってもらいたいと思っていただろうにこんな事故が起きた。逆に、日本の関係者たちの方は、事故が起きてもIAEAには天野氏がいると甘えて、つたない対応に終始したような気がしてならない。

自民党が認めるべき責任

私は政治家がこの問題に取り組むためには、これまで原発を国策として推進してきた経緯について、国民に謙虚にお詫びすることが必要だと考える。

この国の原子力政策を進めてきたのは自民党である以上、かつて総裁を務めた私を含め、責任を取らなければならない。しかし、原子力発電そのものを始めたことまで否定すべきかどうかはわからない。中曽根康弘元首相や正力松太郎氏が原発導入を推進した時代を振り返れば、他の資源がなくやむを得なかったという事情も考慮すべきだろう。百歩譲って当時の事情を認めたとしても、自民党政権が進めた原子力政策の中で大きな誤りがあったことは認めねばならない。

それは2001年の中央省庁再編の際に、以前は科学技術庁で行われていた原子力施設の安全規制業務を経済産業省の下部組織である原子力安全保安院に一元化してしまったことだ。原発の安全規制を行う組織が、原発を推進する立場の経済産業省の下に配置された。原子力政策の最大の失敗といえるだろう。自民党はできるだけ早く失敗は失敗として認めてお詫びをして、安全を確保する新たな体制づくりに協力してもらいたい。

福島第一原発の事故以来、脱原発論が各方面で論じられるようになってきている。しかし、現実問題として考えれば、いますぐに原発を止めるというのはそう簡単なものではないだろう。原発を含めたエネルギー政策全体を、大きな問題としてとらえた上で、原発依存度は現在のままでよいのかという原点を見直す必要がある。何よりも人間の命、家庭、社会の安全を維持し、不安を除去することが政治の役割であるからだ。

(6月29日 談)

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河野 洋平

河野 洋平
Kono Yohei

1937年、神奈川県生まれ。早大政経学部卒業後、商社勤務を経て政界入り。67年衆院議員初当選、以後14期連続当選。新自由クラブ代表、科学技術庁長官、内閣官房長官、自由民主党総裁、外務大臣等を歴任したのち、2003年から衆院議長。09年までの約6年間の在任期間は憲政史上最長。同年の衆院選挙には立候補せず政界から引退。現在、日本陸連会長、早大特命教授等。